鳴かぬ烏の声

鳴かぬ烏の声

存在を秘密にしている雑誌に掲載 2000年1月

高柳 蕗子

……歩道に乗りあげたワゴン車が行く手をさえぎっている。自転車を降りずに、ワゴン車の尻のあたりで身を傾け、首をのばして対向車をうかがうと、すぐそこにバイクが迫っていた。

このとき、歩道の端の傾斜面にかろうじてついた片足がどうも頼りなく、バランスがじりじり崩れはじめた。やばい、転ぶ、バイクが来る。あのバイクには、ワゴン車の影で私が倒れかかっていることが見えていない。なんとか持ちこたえなければ……。

(こういう出来事があると、まるで実況中継をするみたいな語り手が頭の中にあらわれる。そして、出来事が済んだあとも、テレビのニュースみたいにいくども場面を再現して、リポーターみたいなものがナレーションを入れる。このナレーションは、納得がゆくまで添削される。そうやって出来事は言葉で語りなおされ、整理される。

たぶん誰の頭の中にも、そういうリポーターがいるはずだと思うが、いかがだろう。ひどくおしゃべりで、スイッチの切れないラジオみたいにうるさい奴が。)

……バイクをやり過ごし、ほっとしながら転んだ。轢かれてあっけなく死ぬこともあり得たのだ、と思うとぞっとする……

「カット!。『轢かれてあっけなく死ぬこともあり得た』とは考えたが、あのとき「ぞっと」なんかしなかったぞ」

(ここでもう一人登場した。「カット」が口癖だから監督と呼ぼう。これが介入すると、リポーターはおおむね素直に語りなおす。)

……死ぬこともあり得たのだ。だが、恐怖は薄かった。そのとき思い浮んだのは夜店の紐籤だった。事実は起こり得るすべての事柄の中のひとつにすぎないのだが、その枝分かれする可能性の籤引きのどれかが「凶」と出て、引いた私が死んだとしても、なんだか他の籤紐を引いた私がそれぞれに生き続ける。そんな図を思い描いたためだろう。

「これでいいスかね」

「少し近くなったようだ」

(という具合だ。リポーターは何でもどんどん言葉になおしてくれる。それをときどき、監督が言い直しさせる。どうでもいいことだが、私の場合、二人は男で、漫才のようにやりあっている。)

……しかし、実際には可能性は一瞬一瞬、決してやりなおしできない事実として、ひとつだけに確定されてゆく。私は一人だけだ。こうしている間にも、こうしていることが選択され、こうしている以外の可能性のすべてが消失し続けている。だから、

闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば生まれぬ先の父ぞ恋しき

「え? おい、なんだよ、妙な短歌をやぶからぼうに」

「勝手に口をついて脈絡なく出てきちゃったスよ。どういう連想だろう。これはたしか作者不明の、なんとなく世に知られている歌スよね」

……こういう現実離れした歌にはときおり実用性がある。例えば、百人一首をやるとき、声ならしにカラ読みした、と聞いたことがある。それはともかく、この歌には、普通の狂歌のような掛詞は見当らず、ギャグに落ちない変なナンセンス感は、ただの戯れ歌にとどまらない印象を読後に残す。

(監督はさもじれったそうに耳をいじっている。)

……ナンセンスに徹して作った歌のようでいて、何かのセンスが働いている気配がある。例えば、なぜ母ではないのかと問い詰めると、カラスの声はカアカアで、母が恋しいのはあたりまえすぎるから、父にずらしたのだ、とかなんとか歌が言い抜けるような、そういうふうにどこまでもとぼける感じがあって、えーと、何というか、かえって裏返しに、どこまでも深遠な、鳴かぬ、生まれぬ、非存在の世界を感じ取らせる。

(監督がほほうという顔をする。)

……鳴かぬカラスの声と生まれぬ先の父の並立する、えーと、えーと……、

(監督の片眉がひくひくする。)

……この歌のナンセンスで理屈っぽい言葉の情況……内容じゃなくて言葉の情況。その情況から行き掛かり上出現したかのごときこの父は、そんじょそこらの……ううん、つまりそのう、

「だめだ、オフレコ。つまり、自分が生まれる前の若い父や前世の父といった、どこかにいた父ではないってことを言いたいっスよ。非存在のかなたの父とか……。でももう、降参っス。ちょっと『狂歌鑑賞辞典』を調べませんか」

「(前略)もともと禅問答的な歌であるから、理詰めにはいかないが、「闇夜の烏」とことわざにもいうように、黒白を弁ぜず、物の形も見えない世界、すなわち未生以前の世界(そこに烏がいるか否かも定かでないが)、そうした世界で聞く烏の鳴き声は、魂を呼ぶ声のように神秘的で、前世の親との出会いが感得されるという意になろうか。しかしそのように宗教的に解さず、理屈に合わぬ、人をくったところに面白みを味わうべきであろう。(後略)『狂歌鑑賞辞典』鈴木棠三」

「どう思う?」

「どうって。ふうんそーか、そんならそれで僕はかまわないって感じ」

「おまえは、前世の親ではないと言ってた」

「うっ、そーだっけ。もう忘れちゃったもん」

「辞典の記述では、遡るのが前世になっているけれど、どうかな、前世の親って恋しいだろうか」

「作者は恋しかったんじゃないの」

「作者はどうでもいいんだ。俺には、前世の親とは思えない。作者が生きた時代は前世というものに親しみが深かったんだろう。だから、この辞書のような解釈もわかるが、俺にはおまえが言いかけた、非存在方向に遡るうんぬんの方がかっこよく思える」

「そんな小難しいこと言ったっけ」

「言った」

「じゃあ、非存在は取り消し。生まれる前は前世じゃないという思いから、つい勢い余って出てきた言葉っス。それに、僕は非存在を語れるほど存在ってやつに詳しくない。というわけで、未存在に訂正するス」

「未存在? 何だそれ」

……私たちの感覚では、前世は今の自分に関係ない別の人生だ。また、前世の父は、前世の一個人にすぎない。だが、「闇の夜に鳴かぬ烏の声」は、そんな前世の一個人を懐かしむ手がかりと言えるだろうか。「鳴かぬ烏の声」と「生まれぬ先の父」との並列は、声の一歩手前、生まれる一歩手前に遡る感じであって、別の世、別の人生まで遡りはしない。この微妙な遡り方をした時点の父ならば、おそらく個を超越した概念の擬人化であろう。未存在から存在に向かって飛び出す手前の地点で、いわば個人の本当の始まりに関与するような、そういう父性ではないだろうか。

「と、こんな感じでどうでしょ」

「始まりに関与?」

……未存在時点の私たちの始まりに関与した、父母のような二つの要素があったと想定してみよう。母は命を用意する。これから生きるための仕組みを備えた身体に遺伝情報を詰め込んで、基本的素材を用意する。そして、その命をそらいけと送り出す力のようなもの、前進する力を与えたものがあるとすれば、それが父なのだ。生きものは常に前進しとどまることができない。これを誰かのせいにしたくなったときは、生まれる前の父みたいなもののせいにするしかないから。命は弾丸、父は鉄砲……、

「カット。前世の父よりはずいぶんましだけど、おまえの話の方が歌より面白くなっちゃってるよ。もう少し歌に即して語れよ」

「あーもう。またオフレコでいきましょ。ここにわけのわかんない歌がある。僕らは、辞書で読んだ解釈の背景である、仏教的世界観を受け入れないわけでしょ。それならば、新しく背景を想定しなきゃならない。僕なりに努力して、鳴かぬ烏の声をふまえた上で、前世うんぬんに遜色のない別の背景を想定したんじゃないスか」

「遜色ないかなあ。じゃ、その未存在時点の鉄砲の父なんかがどうして恋しいんだ?」

……自分自身に対して抱く不安には、そういえば二種類ある。さっき分類した意味での、母に帰する不安と父に帰する不安とだ。素材面の不安、生れつきの素質に関する不安は母に帰す。それに対して経過面の不安、つまりズドンと送り出されて空中を飛ぶ不安、弾道の不確かさといった不安は父に帰す。鉄砲玉でもミサイルでも、できるものなら振り返って、お父さんこれでいいのと聞きたいのさ。誰だってときどき、はるかな出発点で、うぶな僕らをそら行けっと送り出したものを、いないと知っていながら懐かしみたくなる。空想の父性だの母性だのってのは、しばしばこういう甘えの産物なのさ。

「だからこの歌は照れてすっとぼけてるっスよ、きっと」

「なんかこう論証が不自然なんだよな。それに俺は、非存在って線も捨てがたい」

「非存在で読み解くための背景情況なんか、僕の教養じゃ想定できない。難しい本をいっぱい読まなきゃなんないスよ。無理無理。それに、……おおそうか、わかった! 今日は絶対に未存在で読み解かなけりゃいけません。この歌が出てきたきっかけを思い出してくださいよ」

「そういえば、いったいどうして、転倒事件からこの歌が出てきたんだ」

「そりゃあ、一瞬一瞬に、多くの可能性の中からひとつだけが事実として確定している、という話をしたからっスよ。忘れたんスか」

「覚えてるさ。あれがどう関係するんだ」

「父に帰する不安に関係あるスよ。自転車で転んだとき、命の不安、母に帰する不安はあんまり感じなかった。そのかわり、やりなおしできない本番を生きているという心細さを感じた。これは父に帰すべき不安でしょう、どっちかといえば」

「だったら、非存在なんて寄り道しないで、はじめから歌と転倒事件を結びつける形で、父不安と母不安の話をすればよかったのに」

「連想というのは、風が吹けば桶屋が儲かるぐらいの紆余曲折をすっとばすものっスよ。桶屋と風の関係を推理するとなれば、当てずっぽうの仮説のブーメランを投げながら、あやしげな論証をするのも仕方ないでしょう。僕もたった今、この歌と自転車転倒事件との関係がわかったんだから。あー、くたびれた、眠くなった。少し休ませてよ。むにゃむにゃ」

(しゃがみこんだリポーターは、ぐったりと力を抜いて、腹話術の人形になってしまった。)

「やい、根性なし!」

(などと監督は叱咤したが、やがてあきらめ、リポーター人形の隣に横になった。)

「なあよう、非存在って方もいつか考えようぜ」

(とつぶやきながら、彼も力が抜けてゆき、目を閉じたとたん腹話術の人形になった。)

(十秒ほど間があった。リポーターの人形が薄目をあけ、小声で語りだす。)

「みなさん、文章が続くかぎり、僕が休んでいるはずはないんですよ。鳴かぬ烏の声といえば、僕が語りだす前みたい。ふふふ、僕なんかにも父はいるのかな。……パパ、僕は良い子だよね」