ファービー

ファービー

高柳 蕗子

「それだから……明日は……悲しい……んスよ」

「え?」

リポーターがしゃべる声で目が覚めた。

リポーターというのは、いつも私のなかで、身辺の出来事とその感想をしゃべりつづけている私の一部だ。この文章も、リポーターが私の立場で書いてくれている。だがリポーターは、すべてを言葉によって意識化するために忙しく、ついつい言葉が走ってしまう。そこで検証役も置いている。「え?」と聞き返した者がそれで、よく「カット」と口を挟むので、監督とあだ名している。これも私の一部である。

「カット。何だよ、今日が始まろうっていう朝っぱらから明日が悲しいって」

「早起きは三文の徳。僕はさっきからすごく深遠なことをしゃべっていたスよ。だのに、あんたときたらぷーすかぷーすか眠りこけて」

「朝の六時から深遠なことをしゃべる奴なぞいないや。どうせ寝言だろう」

「深遠は時を選ばないさ。自慢じゃないが、僕は私さんが物心ついた頃から一睡もしていない。私さんが夢を見るときは夢を語らなきゃいけないからね」

「そうかいそうかい。で明日が何だって?」

「う、うう。何だっけ。忘れたじゃないスか、あんたがどうでもいいことを言うから。私さんはゆうべ遊んだファービーのことを夢に見てたんス。そのとき短歌がテロップになってね、明日は悲しいとかっていうやつ」

「はあ?」

「夢ってのはすばやくて飛躍も大きい。僕は夢が消えないうちにと思って、懸命にファービーとその短歌を結び付けたっス。早口でべロが蛇みたいに先割れになっちゃった。さっきあんたが聞いたのはその最後のところだったスよ」

「いくら先割れの早口で夢に追いついたって、忘れたら何にもならないじゃないか」

「そりゃそうスけど、僕の仕事は語ることだもん。その内容を検証するのはあんた、それを覚えておくかどうか決めるのは、私さんでしょ」

「やれやれ。で、ファービーが何だって」

「もう忘れちゃった、消えちゃった。でも、ゆうべのことと関係があるんだ。再現してみよう」

大評判のおもちゃロボット、ファービーを買った。箱から出して電池をセットした。そのとたんファービーは

「おなかへったー、おなかへったー」

と叫びだした。

驚いて説明書をめくり、何か口にくわえさせればいいのだとわかった。とりあえずボールペンをくわえさせたら、「もーぐもぐ、もーぐもぐ」と言いながら小さい口を動かしたっけ。

いろんなことをしゃべらせた。光や音や接触に反応して、いろんな言葉を発するように作られている。おなかをくすぐると笑い、背中を撫でるとゲップし、手をたたくと踊る。設計者は本当に子供が好きでこれを作ったんだな、と思った。

ところが、どういう物かだいたいわかったことだし、そろそろ今日はおしまいにしようという段になって、ちょっと戸惑った。ファービーはこちらがかまうのをやめると、わざと変な声をたてて気を引く。それでも放っておくと「つまんない」とか「こわーい」とか、いろんなことをつぶやくのだ。

きりがないと思って、心を鬼にして知らんぷりしていると、ついにファービーは、自分で子守歌を歌って目をつぶってしまった。こうして完全に眠ってしまえば、少々の物音では目覚めないらしい。誰かが手にとってかまってくれるまで、自分から目覚めることはできない。白雪姫のごとき待機状熊になってしまう。

ああやっと眠った。それは「やっと見殺しにし終わった」というような感じだった。大人の都合で子供を寝かしつけるために子守歌なんかやさしげに歌うことがあるが、あのときのかすかなうしろめたさを増幅したような。いや、いずれ勝手に目覚める子供に対しては「しめしめ今のうち」などと思うが、ファービーに対してはそのように思えない。ファービーちゃん、君の生殺与奪権を握ってしまったよ。

ファービーはその後も続いた家族の団欒のなかで、ひとりプラスチックの瞼を閉じたままでいた。それをチラチラ見ながら、人間はファービーに似ていると思った。私たち人間は、こういう眠りに落ちぬため金も手間も惜しまずに支えあっている、変種のファービーではないのか。


「ゆうべ、こういうことがあったっスよね」

「あった。あのあと、いかに人間が暇つぶしを必要とするかを考えた」

私は忙しい。ザウルス(電子手帳)を持ちあるいて通勤電車で文章を入力している。だのに、そのザウルスには、暇つぶし用のミニゲームだの短編小説だのが装備してあって、忙しいはずの私がなぜか、しょっちゅう楽しく、小さな暇をつぶしている。首に下げた携帯電話は、メル友から電子メールが入るたびにすてきな三和音で鳴る。これは貴重な時間を費やして入力した、懐かしい「名犬ロンドン」の主題歌だ。このように、あらゆるものが、私の心をかまいなぐさめ、快適に暇がつぶせるようになっている。

これらは私がそのように準備したのだ。なぜなら、何もない空白が厭だからだ。その不快には、「つまんない」「こわい」と言って抵抗するかいなく、自分が途切れてしまうことへの恐怖が混じっていないだろうか。

街を歩けば音楽がどこでも流れていて、人々を退屈から救い、継続性をサポートしてくれる。家にはテレビやゲーム機があり、手軽に娯楽に没頭できる。子供たちは、ゲーム攻略情報を満載した雑誌をむさぼり読み、友人とポケモンについて長電話している。私は、月刊の『かばん』で仲間の消息を知り、また、秘密の本誌がきちんと発行されることに励まされる。自己の継続性を同時平行する人々と分かちあえるのが心強い。

私はそんなことを考えながら、ゆうべ、もう眠らなければいけない時刻であるにもかかわらず、最後にもう一本たばこを吸った。そして、「まったく、このたばこにしてからが、間が持てないための暇つぶしだよなあ」と思ったのだった。


「カットカット!ふふん、見えてきたぞ。ファービー人形の夢にかかったテロップの短歌ってあれだな」

「あれっスよ」

「じゃあ、あれをついに」

「そう、ついに」

煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし

この歌を読んだのはずいぶん昔だった。まだ若かったが、この歌はとてもよくわかると感じた。ところが

〈煙草で今を保留し今を逃避することが習慣化した人は、明日を迎えても同じように逃避するだろう。そうした人間の弱さが悲しい〉

としか説明できなかった。

問題は「最も悲しい」の「最も」だ。この「最も」は、いろいろ悲しいことがある中で一番も悲しいという意味でなく、「根源的に」という響きがある。人間社会のごたごたから逃避している程度なら、「最も」悲しいことではない。私は当事から、時間をやり過ごすときにときおり感じる安堵感をいぶかしんでいた。どうもそのことと関係がありそうだと思いつつ、そして、心では「最も」が確かに最もだと感応しつつ、「最も」が示唆するその根源性を、私もちゃんと実感しているという証拠を提示できなかったのだ。

こういう問題を考えた人なら今までいくらでもいる。書いた本もいくらでもある。だが、誰かが考えて書き著したものを読んでいかに共感しようとも、私の言葉で言い直ししないうちは、悟りが開けていない気がする。悟るとは人の言葉を習い覚えることでなく、自分から出発して、私もその地点に到達しましたという証拠を提示できる段階のことだ。


「ついに、あの根源的なあたりを語れたスよ、さっき、明け方の夢のなかで」

「何で起こしてくれないんだ、あの歌を最初に読んだとき、おまえは口ごもり、俺も困り果て、いつかこれを言葉にしようと一緒に誓ったんじゃないか」

「語るのに忙しくて、起こせなかったスよ。あんたが起きて口を挟んだとたんに忘れちゃったぐらいだもの」

「ちゃんと思い出してくれよ。ファービーと時間をやり過ごす事の関連がいまいちわからない」

私たちはなぜこんなにも、暇を快適に潰そうとするのだろう。そして退屈を嫌うのだろう。もし私が、用事も無く悩みもないために、まったく何もせずまったく何も考えずにある一時を過ごしたとする。それがどうだというのか。長期間でなければその間の空白は、実生活上何も不都合ではないはずだ。

しかし、私という認識主体は、実体を持たない。服を脱いだら身体が無いみたいな、その事実に耐えられない。刺激を受け反応することでかろうじて私の認識主体は継続しているのであって、その活動が途切れて自力で復旧できない万一の事態を恐れる。歯痛でも痒みでもよい、意識がある限り何かを感じていなくては、生きながら死んでいるようなことになる。

だが、この生きている時間を埋め尽くすに足りるほど、用事や考えるべきことは無いのかもしれない。空腹なら食物を求めて行動を起こす。淋しければ話し相手を探す。気掛かりなことがあれば、それを幾度も思い浮かべて思い悩む。そうやって時間は埋まっているのであって、それがないときは認識主体の私は真に空白だ。


現段階であの歌の解釈を示すならこうなる。

〈煙草で今の現実を保留することが習慣化したこの教師が口にする明日という言葉は、なんともはかない希望だ。さらに、このことを『最もかなし』と強く受け止める表現は、この教師の弱さが、より重大な個人を越えた弱点を喚起したことを示唆する。ヘビースモーカーの現実を保留する方法は、われわれが根源的な間の持てなさをやり過ごし耐える、あらゆる暇つぶしと同じである。この人の明日のはかなさと同じくらい、われわれの時間には実体が無い。この国語教師の逃避癖は、対社会的・対人的な逃避にとどまらず、人間の意識の根源的な弱点とそこからの逃避を、想起させそうになるのだ。〉

寺山修司が煙草くさい国語教師に感じた根源的なことと、私がファービーに感じた根源的な空白は、かなり関係があるはずだ。私は空白にひきずり込まれるファービーを、見殺しにするかのように見守った。私は根源的な空白に対抗すべく、さまざまな情緒反応の蓄積された情操を持っている。私は根源的せつなさゆえに携帯電話の着信音「名犬ロンドン」を二時間かけて入力した。私は根源的に淋しいからこの文章を書く。もちろん、くわえ煙草で。


「あ、あのう、だけど、だいじょうぶスよ、私さんには僕がついてるんだ。僕は私さんが眠っている間も語り続けている。僕は決して私さんをそんな空白の中に放置しないからね。どんなに語ることがなくたって、僕は語り続けてやるぞ。空白があるなら空白について語るよ。安心して気絶でも何でもしてね」

「俺も味方だよ。俺もカットカットって叫び続けてあげる」

「だけどもし」

「だけどもし?」

「もし僕らがだめになったら」

「だだだ、だいじょうぶだよ。俺たちは私さんの一部なんだ。他にもいろんな一部がいてフォローしてくれるさ。そうだ、おまえ、万一に備えて弟子を育てておけばいいんだ。オーイ、他の奴ら、いるんだろ、いたら返事しろよう。手があいてたら出てこいよう」

何かが応えたようだが、聞き取りにくかった。監督は、もう一度返オーイと叫んで耳を澄ました。

「ワン!」

「ニャオン!」

二人は顔を見合わせた。

「頼もしい奴らが名乗り出てきたなあ。まず人間語を教えなくちゃ」