枕詞といえば古代のレトリックだ。ほぼ決まった語に装飾的に冠する。例えば「ぬばたまの」は主に黒、夜、闇にかかる。(「ぬばたま」は〝ひおうぎ〟という草の黒い実のことだが、枕詞として用いる場合はモトの草の実のことまでは意識しなくていい。)
さて、古代のレトリック枕詞を現在も見かける。どんな表現欲が満たされるのか? 読者は何を享受するのか?
和語や古語を昔の姿のまま愛している?
和歌のフレーバーとして味わう?
昔の衣装をはおるように言葉のコスプレを楽しむ?
違いはあるけれども、みんな日本語への愛に根ざしてはいる。
枕詞の数は一説に千を超えるとも言われるが、枕詞一覧などに集められるのは二百ぐらいで、その大部分も死語である。
ところが、学校で習うとか、語感が現代人をも魅了するとか、なんらかの理由で、今も命脈を保つものがある。
私の短歌データベース(近現代の歌、約8万5千余首)で枕詞を使った例を探し(枕詞辞典を見ながら一語一語検索)てみたところ、約480首あった。
その480首のなかでも、多かった上位5位は次の通り。
※その次は、19首の「うつせみの」、18首の「わかくさの」。枕詞なら「うつせみの」は命・人・世、など「わかくさの」は妻などに続くはず。よく読んでみたら単に「空蝉」「若草」という単語に助詞の「の」がついただけらしいケースが1,2首含まれていて微妙なライン。18首の「あしひきの」、14首「たまきはる」、13首「たまかぎる」、13首「ははそはの」と続く。その他は10首以下だった。枕詞かどうか迷う例もあった。「ほのぼのと」は「明石」かアカに似た語に続かなければ枕詞でないと判断した。
※上位は色のイメージを帯びたものが目につく。
ぬばたまの黒、あかねさす赤、しろたえの白とくれば、「あをによし」もランクインかと期待したが、2首しかなかった。(笑)
「ぬばたまの」の解説は冒頭に書いた。
うばたま、むばたま、烏羽玉、射干玉、野干玉などの表記もある。普通は、黒、髪、夜、闇などにかかり、転じて「月」「夢」などにもかかる。
「ぬばたまの」は語感として現代でも好まれているようだ。
古代からの「黒」「夜」にかかるというしきたりを破り、意外なもの(例えば食べ物)、現代的なイメージで用途を拡げる。
開く前の黒い花火玉を「ぬばたまの」で表現。孤独と「ぬばたま」の相性も良く、闇にまぎれて気配を消して昇っていく姿はたまらない。忍者っぽいひたむきさも良い。
「ぬばたまの」のあとには何か黒いものが出てくるはず、と思って読むと、見つからないことがある。何が「ぬばたま」を引き受けているのか、と考えさせるレトリックだろう。
「ぬばたま」が草の実だというのはあまり意識されなくなった。現代のこういう用例から「ぬばたまの」という語を覚えた人たちは、古代の枕詞というレトリックであることぐらいは知っていても、「ぬばたま」をどう受け止めるだろう。
おお、この状況、「ぬばたま」は〝ぬばたまっとした気配〟の名称になりつつあるのではないだろうか。事実、「ぬばたま」が草の実の名だと知っている私でさえ、既にそうなりかけている。
一方「ぬばたまの」といえば「黒」にかかる、という学校で教わる知識は、それなり共有されてもいる。だから、「黒」じゃなくて「クローン」にかけるというダジャレ系の用法も効果はある。
この歌はただのダジャレにとどまらなくて、「ぬばたま」とクローンが、暗い雰囲気だからなのか、妙にマッチしている。
もとは黒い草の実だったわけだが、いったん枕詞となって元の意味から離れた「ぬばたま」は、こんどは枕詞から逆に新しい名詞に進化しそうである。すごい現象ではありませんか!
「あかねさす」は、赤い色で美しく照り輝くイメージ。「日」「昼」「紫」「君」などにかかる。
辞書の「赤く照り輝く。日、昼、紫、君などにかかる」という説明を見て、ん? かかる先は赤くないのね、と思った人はいませんか?
私は思いました。ところが、現代の「あかねさす」は赤いものにもかかる。
(というか「あかねさす」は今や何にでもかかるのだが、目についた赤いものをピックアップしておく。)
※召集令状は赤い紙なので「赤紙」とよばれた。
前項の塚本の歌には召集令状が出てくる。
気のせいか「あかねさす」は戦争への連想脈がちょっとあるかもしれない。旭日旗のイメージが多少関係あるだろうか。
※テールは「照る」とかけてるんでしょうね。個人的にはゆく車(カー)に惚れた。
「あかねさす」は何にでもくっつきそうでおもしろい。戦争と付くのも意外だが、ときに滑稽感を漂わせるのも意外な特徴だ。
「ひさかたの」は天空に関係のある天、雨、空、月、日、昼、雲、光などにかかる。「都」にもかかることがある。
「しろたへ(白栲・白妙)」は白い布、衣服。あるいは白いこと。枕詞の「しろたへの」は、衣服に関する語、衣(ころも)、袖、袂、帯、紐、たすきなどにかかるが、白いもの、月、雲、雪、波などにもかかることがある。
(詞書:ヒエロン2世の命)※シュラクーサイ=シラクサ(イタリアの都市)のギリシア名
ごめん、どうしても、「私も作ったよ-」って言いたくなった。
「たらちねの」(垂乳根の)は「母」にかかる枕詞。
「たらちね」は語源不詳だが、逆に枕詞の「たらちねの」から転じて、「たらちね」が「母」や「親」をさすようになり、更に母は女だから「たらちめ」、父を「たらちを」というようにもなったそうだ。言葉はそういうふうに逆向きに成長することがある。最初にあげた「ぬばたまの」から「ぬばたま」が新たな意味を帯びて名詞化する、という仮説も事実になるかもしれない。
(以上)