2015年1月作成~
(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用したものです。)
★実際の作者
足裏の影飼いならし堤防をあるけばいつか着く春の国 桐谷麻ゆき
着地した足の裏から朝になる繭をほどいて洗面所まで 法橋ひらく
足裏にあかるい氷あてがわれわたしから離岸していくわたし 田丸まひる
テーブルの脚のくらがりひそかなる沼ありてひたす日々の足裏を 内山晶太
健康なる五月の夜はふたひらの足の裏どこへ向けて眠ろう 杉崎恒夫
透明な硝子のうえに夜がきて花のごとくに守宮の足裏 入谷いずみ
生じろいわが足のうらを見てゐるとあの蛇のやうに意地悪くなる 前川佐美雄
足裏を離れ地上で踊るのはもう死んでいる自分の影だ 作者不詳(進撃短歌)
★実際の作者
口に火をくわえて向かう人ひとりだめにするため使う言葉と 雨宮真由
誕生日(はしゃいではだめ)これからをしまい込んでおく冬の棚 井上法子
妻と車は似ているんだといいながらあなたは回転恐怖症でドアノブもだめ 飯田有子
渡されたロープ睨んでみるけれどダメあれはもう飛行機雲だ 法橋ひらく
鹿の角は全方角をさすだめな矢印、よろこぶだめな恋人 雪舟えま
触れちゃだめ正夢だもの 夏の夜こびとが嘗めにくる塩だもの 佐藤弓生
玉手箱ぎゅっとしばった組み紐をほどいてはだめですよ、ソムリエ 東直子
忘れ去るべきは温度で寒椿そんなところで燃えるのはだめ 桐谷麻ゆき
★実際の作者
過ぎた駅が薄いグレーになっているわたしに期待してもいいのに 兵庫ユカ
七階のあかるい部屋に染みているよくわからないグレーのにおい 鯨井可菜子
恥ずかしいプレゼントを容れ黒っぼい、いや白っぽいグレーの鞄 中沢直人
灰色の三面記事を切り抜いてそこから見える十代の膝 藤本玲未
キリン象みたこともない動物をクレヨンで描く 檻は灰色 榎田純子
三億年の歳月海を漕ぎいたる鮫の裸身のかなしき灰色 井辻朱美
ただひとり引きとめてくれてありがとう靴底につく灰色のガム 野口あや子
灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形 飯田有子
★実際の作者
だまし絵のしっぽの置き場にしゅたしゅたとふしぎなしろい日がさすようだ 井辻朱美
もう頭・首・胸・腹はいっぱいな新幹線のしっぽに座る 木下龍也
わがしっぽのびゆくごとし満月を見上げてわたる横断歩道 糸川雅子
あたたかい十勝小豆の鯛焼きのしっぽの辺まで春はきている 杉崎恒夫
冬生まれの小川先生革製のベルトはしっぽ焼く匂いする 杉山モナミ
絵のなかで尻尾をつけた動物と見つめあう一枚のおじさん 笹井宏之
貝になりたいといふなら巻貝になりなさい 尻尾の苦い 魚村晋太郎
私から降りてゆくのは草臥れた尻尾の垂れた不器用な夢 江田浩司
★実際の作者
ぞっとするぞっとするわと自【し】が下肢の薄くなれるをひとは見るたび なみの亜子
しょーもない夢から覚めてほっとしてちょっとしてぞっとするこの傷 増尾ラブリー
眠りながら口笛を吹くその深さを聖夜はぞっと兆すのだよ 高柳蕗子
ふるい手紙をひらいたら消しかすががたっと動いてびくっとする 雪舟えま
ときどきはぴくっと動くこの鳥の最後のことをひかりのことを 岩尾淳子
なめてたらひくっとしたね海底にまいあがる砂きみはくぷくぷ 加藤治郎
お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた 杉山モナミ
髪を掴まれてひっと言い、あわれな弱いもの振りまわされている フラワーしげる
★実際の作者
鳥の巣のように溜まっていく髪を排水口からひっぱり上げる ながや宏高
月華燦々孤独はついに木の耳をひっぱったりしてたわむれにけり 渡辺松男
右こめかみと左こめかみ白糸でひっぱりあっているような頭痛 古野朋子
おとうとに髪ひっぱられ姉ちゃんは六十年後のはつなつの顔 佐藤弓生
天頂の月にあたまを引っぱられ冬の小さな町を歩くよ 吉川宏志
一枚の布だとしたら引っ張ってこちらを雨にしたいような日 木下龍也
ゲームセンター跡地でちょっと彼女らが靴下留めをひっぱった夏 早坂類
湖が秋という名の空を抱きその風景がわれを引っ張る 吉野裕之
★実際の作者
ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス 光森裕樹
夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいに歩くたったひとりで 木下龍也
夕焼けのゼブラゾーンを渡り来る善人悪人みな夕映えて 香川ヒサ
影もたぬものもの往けり踏みしめることなく朝のゼブラゾーンを 佐藤弓生
空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道【ゼブラゾーン】に立止まる夏 梅内美華子
描きかけのゼブラゾーンに立ち止まり笑顔のような表情をする 穂村弘
盛衰史。渡り切れずにご先祖が、横断歩道【ゼブラゾーン】につくった町の 鈴木有機
死者として素足のままに歩みたきゼブラゾーンの白き音階 大塚寅彦
★実際の作者
袖口を水に濡らしてしまうこと雪の日ならばさみしいだろう 吉野裕之
ここにある関係すべて水ならばすずしいだろう 楽なのだろう 榛葉純
かたちあるものなら蔓が巻いていくだろうに蔓が心に刺さる 溝井亜希子
わたくしはたぶん紫外線なのだろうもしも未来が虹色ならば 松木秀
飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば 木下龍也
夜 空がおんなのこならば指先で突いてるだろうかがやくほくろ 柳谷あゆみ
ふれたなら幼い耳であるようにとれそうなノブ、ふれたのだろう 加藤治郎
あの青いストッキングに触れたならぶん殴られたりするんだろうな 望月裕二郎
★実際の作者
この川は記憶を甘やかす川と雪柳もうすこしだけ見てる 吉岡太朗
むしろもう少し世界を狭くしてしまうべきではないのでしょうか 辻井竜一
とてもよくしてくれたミシンかかえてもう少しあなたを待ってみる 笹井宏之
もう少し太いパスタがよいのだがするする進む論を巻き取る 中沢直人
もうちょっと滅茶苦茶な生活がいいはずだったのに何していたの 辻井竜一
あと少しの寒さとおもうオーバーの碇もようの大きなボタン 杉崎恒夫
あとすこし、すこしで星に触れそうでこわくて放つ声――これが、声 佐藤弓生
あと少しのぼれば空が見えますよ抱きしめているもの捨てなさい 東直子
★実際の作者
海辺には町も言葉も熱もあるけれど足りない心中理由 田丸まひる
甘い水のみほして終点に立つわたしたちには空が足りない 藤本玲未
双腕に接岸する喇叭あかるさがいますこし足りないようだ 井辻朱美
吸えるだけ枯葉のかおり吸いこんでわたし、かなしみかたがたりない 佐藤弓生
色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず 佐藤弓生
話し足りないように降る三月の雪に離陸をはばまれており 中沢直人
寸法のすこし足りないカーテンに寄りそうような箱庭の春 北川草子
水を裂く舳先どこまであいしてもあいしてもあいしてもたりない 村上きわみ
★実際の作者
いきなり齧ってはだめ深紅のりんごはどこも痛点だから 杉崎恒夫
バランス良く林檎を齧り合いながら「こころがあるのはこころにわるいね」 鈴木有機
夕暮れに齧る林檎の嚙み跡のあなたの感情は担わない 堂園昌彦
齧りゆく紅き林檎もなかばより歯形を喰べてゐるここちする 光森裕樹
りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型 山田航
摘み取られたことにこの子は気づかない、まだ夢みてる苺を囓る 穂村弘
あの日々の歪んだ時間ととのへてゐるかたはらで檸檬を齧る 荻原裕幸
予感といううすいふくらみ唇をぬらしてアプリコットをかじる 東直子
★実際の作者
玻璃の戸をがりがりとかじる夜の風の白き歯すごし我は見むとす 北原白秋
ぶどうパンと信じて齧る一塊にぶどうなかりしような夕暮れ 松村由利子
美術史をかじったことで青年の味覚におこるやさしい変化 笹井宏之
その日その風の中にて生徒らとともにかじりし焼きソーセージ 俵万智
すわりなほして独活かじりつつおもへらく晩年と呼ぶうら若き年 塚本邦雄
妄想が低く飛ぶ夜はぐにゃぐにゃのかばんを齧る齧って眠る 横井紀世江
コーンの先を齧ればなみだするアイスクリームのわが愛しかた 杉崎恒夫
むせながらドーナツかじる制服のこどもかなしいことばかりある 佐藤弓生
★実際の作者
つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
かげろうを消え入りがてに描いてみせるエミール ガレってずるいんだから 杉崎恒夫
ズル休み朝に流れるせせらぎの(親子愛ってなあに?)だってさ 白辺いづみ
「二組だけ国語の時間に合唱をやってずるい」と陽だまりで泣く 千葉聡
無神経ずるい最低不誠実ゆびをなめたらにんげんの味 鯨井可菜子
透し細工の鉄看板が掲げられている魔法の青空〈ずるい狐亭〉 井辻朱美
ずるいから黙つてゐたのくちびるに触れてちつとも湿らない指 結樹双葉
いやな女くそ蝿のような女ずるい女また得をしてあんなきれいな顔 フラワーしげる
★実際の作者
空の青保つ役きて地球の蟻は水星人のパズルになった 青山鉄夫
抱きあえば夜明けの床に蝿と蝿叩きのジグソーパズルばらばら 穂村弘
えびせんの袋がひらききっている深夜のパズルピースの私 笹井宏之
欠けてゐるピースの位置を知るためにあをきパズルをふたり黙して 光森裕樹
1ピースなくなるだけでこんなにも大きな穴があく子のパズル 浅羽佐和子
永遠に完成されない空があるひとつ足りないジグソーパズル 門馬真樹
退屈を好めり天子 ノイシュヴァンシュタイン城のパズルを崩し 佐藤弓生
霊能を集めて一家がかきまぜるジグソーパズルの父の肖像 高柳蕗子
★実際の作者
生物が触手を持った怪物に襲われている場面に出会う (偶然短歌)
まみの生理を食べている怪物が宇宙のどこかに潜んでいるわ 穂村弘
のびすぎた菜の花を摘むアルバイトわが怪物が悦んでする 雪舟えま
ああ怪物 みんな見あげているくせにいま壊れたよ潰れていたよ 柳谷あゆみ
街角にHotto Mottoが増えていきお帰りなさい僕の怪物 天道なお
怪物が出ると思えば夏が来て あなたは飛んだりしないんですか 森屋和
「怪物が生まれてくるよ」すぐそこで大道芸が繰り広げられ、 藤本未奈子
ヴァンという塩の湖【うみ】には怪物が潜むと聞きぬきけば安らぐ 斉藤真伸
★実際の作者
なんだねえ子供みたいに 背をたたく母しゃっくりはまだとまらない 北川草子
しゃっくりの「しゃ」でかたまった自分から服剥いで着るあかねさす朝 ていだきねこ
しゃっくりのためにふたたびずり落ちるプリマドンナの細き肩ひも 飯田有子
しゃっくりの止まらぬ身体もてあましたましい空のアンテナに干す 東直子
新しいベビードールでしゃっくりも止めずに眠る夜のシュビドゥバ 柴田瞳
こんなんじゃダメだとおもうこのごろはしていないからしゃっくりさえも 松木秀
しゃっくりをする度きみの部屋にある人体模型の眼を思い出す 藤本玲未
500グラム減ったとかしゃっくりが止まんないとかってだけで今会えたらな エリ
★実際の作者
火の舌という名前の植物を民話のなかの老人になって引きぬいている フラワーしげる
さびしいりゆうがなくてさびしい 子供たち集めて名前ひとりずつきく 三好のぶ子
おやすみなさい途中まで線対称なあなたの名前おやすみなさい 堀静香
春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる 服部真里子
うたがひを知らないきみの心臓にきみとは違ふ名前をつける 結樹双葉
粉雪が頭に降る春の鉛筆のおしりを削り名前をいれた 東直子
千々石【ちぢわ】ミゲル、さみしいなまえ夏の夜のべっこうあめのちいさなきほう 加藤治郎
あなたからわたしの名前匂うから家族になろうなんて間違う 田丸まひる
★実際の作者
てのひらにきみの名前を書いてみた 手袋はづしいつも読んでる 新井蜜
おみくじは半吉とあり前【さき】の世の夫の名前のやうな半吉 笹谷潤子
高層のビルがおのおの全身で名前を付けて保存する街 山階基
その名前出てこぬ人の顔のみが大きく浮かぶ夜の頭に 小島ゆかり
感情に名前をつけるおろかさをシャッター音ではぐらかしてく 秋月祐一
介のつく名前の武士が大量に死んだであろう戊辰戦争 松木秀
天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ 木下龍也
名を削り「くん」「ちゃん」をつけ流れだす友情という名前の大河 千葉聡
★実際の作者
俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています 柴田瞳
いまだ遠き希望のごとく店先の春の和菓子の名前見てゐつ 横山未来子
夏の朝なんにもあげるものがない、あなた、あたしの名前をあげる 佐藤弓生
封筒に名前を書けば雨が降る願いのように祈りのように 俵万智
呪文のように名前を綴りひりひりと整えてゆくきつねのこころ 東直子
紙に書くあなたの名前花びらのような形の日本の文字で 入谷いずみ
夜の駅に溶けるように降りていき二十一世紀の冷蔵庫の名前を見ている フラワーしげる
伊勢エビに名前を問えばナツガタノキアツハイチと応え給えり 穂村弘
★実際の作者
天気予報聞きのがしたる一日は雨でも晴れでも腹が立たない 俵万智
超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日 曇り 穂村弘
サムライが天気予報を聴きながら描いた渦巻き、天国は夏 穂村弘
よく手をつかう天気予報の男から雪は降りはじめたり 高瀬一誌
軽くキスして僕たちは天気予報どおりの淡い雨さえ笑う 千葉聡
天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない 渡邊志保
液晶に指すべらせてふるさとに雨を降らせる気象予報士 木下龍也
埼玉は雪の予報で寒がりな切手の中の鳥に聖歌を 柴田瞳
★実際の作者
梵鐘のフェルマータひとつ暮れ残し世界の底に沈みゆくかな 井辻朱美
アフリカの大き夕焼けはバオバブのどんな巨木も沈めてしまう 杉崎恒夫
氷塊が海と静寂【しじま】に沈みゆく テレビの中の南極おやすみ 柳谷あゆみ
あなたは遠い被写体となりざわめきの王子駅へと太陽沈む 堂園昌彦
落日の大音声を纏うときわたしはたれの夫人であろう 佐藤弓生
西方の山のあなたに億兆の入日埋めし墓あるを想ふ 石川啄木
わが埋めし種子一粒も眠りいむ遠き内部にけむる夕焼 寺山修司
山火事のように山染める夕焼けをめくって紙芝居が始まる 望月裕二郎
★実際の作者
玄関に靴を浮かべて沈まないように祈ってから乗りこんだ ながや宏高
雪そそぎ縄文の遺跡沈みゆくぽつんと青斑【あおふ】のわれが訪いたり 梅内美華子
葦辺にて鯉が擦れあふ音たかく河骨の花浮きて沈めり 嶋田恵一
髪飾り波に漂う 落雷にうたれて沈みゆくマーメイド 穂村弘
薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ 岡井隆
川波は夕日に鱗たたせつつ「ありんす。ありんす」と沈みし女 梅内美華子
セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても 雪舟えま
どこからも等しく遠い真ん中で、ご飯に半ば沈む梅干し 佐藤理江
★実際の作者
静かなる湖底に沈むピアノあり隠れて祈ること美しき 松村由利子
いくつもの前世の自分が集まって祈ってくれているような朝 前田宏
フライパンしずかにまわす(そのような祈り)あぶらはうすい煙に ていだきねこ
春の土ひとしくしめり生命のゆびさきが編む祈りのもよう 東直子
バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい 杉崎恒夫
赤羽の立ち飲み屋にてお祈りを済ませたらあとは川も賛美歌 増尾ラブリー
こんなにもふたりで空を見上げてる 生きてることがおいのりになる 穂村弘
折り重なって眠ってるのかと思ったら祈っているのみんながみんな 飯田有子
★実際の作者
あなたへのてがみはぜんぶひらがなでげんじつかんをうすめるために 加藤千恵
では というひらがなの底まるく書きあいさつ深く終わらせてゆく 本田瑞穂
ひらがなっきゃ読めないひとの手をひいてあかるいあかるい月の道です 穂村弘
ひらがなは音のする文字枯れ草に月の光がぶつかるような 坪内稔典
ひらがなは漢字よりやや死に近い気がして雲の底のむらさき 大森静佳
ひらがなは和紙のようなりいかりつつこんごうはゆく日本海まで 加藤治郎
にんげんと平仮名で書くとしらけるが片仮名で書くと皮肉が過ぎる 松木秀
やまのこのはこぞうというだいめいはひらがなすぎてわからなかった やすたけまり
★実際の作者
真夜中をものともしない鉄棒にうぶ毛だらけの女の子たち 東直子
恐ろしいのは鉄棒をいつまでもいつまでも回り続ける子供 穂村弘
きらきらの霜の鉄棒にぶら下がり青年の愛朝を研がるる 佐佐木幸綱
休日の鉄棒に来て少年が尻上がりに世界に入つて行けり 佐藤通雅
鉄棒に少女一匹ひとしきりむらさきいろの痣を咲かせて 佐藤弓生
一月の霜置く鉄棒大衆がファシズムを握りしめる力は 山田富士郎
かわきたる唇【くち】に触れたるくちびるに冬鉄棒の味はるかなり 花鳥佰
鉄棒に一回転の景色あり身体は影と切り離されて 鳥居
★実際の作者
唐突に「ゆるされますか?」「ゆるされます。」筋肉質の闇に応える 杉山モナミ
つよがりの筋肉たちをストーブのまえでややありえなくしてみた 笹井宏之
ペガサスの筋肉のように 往く雲の光暈のように 皓い言葉を 井辻朱美
柴犬のむっちり臀部の筋肉がドーブツドーブツ歩いています 久保芳美
右腕のつけねのやわい筋肉は夕立に似たにおいがしてる 山崎聡子
左手には飲【おん】、右手には食【じき】ありて拍手は顔の筋肉でする 大松達知
身体には筋肉、心には青い帆をかかげつつこの世をわたる 松木秀
尾久なんか筋肉であり溜まってる貨車も客車も乳酸なのだ 増尾ラブリー
★実際の作者
どの山の地図ひらきても静脈の色つばらかに川流れたり 大西民子
注射針刺さる静脈 官能の端末として舌は游ぐも 藤原龍一郎
ジーンズを脱げばたちまち静脈の支線の絡みあえるさみどり 藤沢螢
翼痕のいたみを忘るべく抱くと淡く刺青のごとき静脈 大塚寅彦
大海【わたつみ】はなにの罪かや張りめぐるこの静脈に色をとどめて 大滝和子
静脈をたどっていったらこの人の起源を知ってしまうのだろう 雨宮真由
掃溜めのあをいライトのしたにゐて静脈をもうさがしだせない 雨谷忠彦
静脈をしなやかな根とおもふとき背中に生やすなら葡萄の木 光森裕樹
追記2020・5・27: 大滝和子さんの「大海……」のお歌の上の句を長い間誤記しておりました。失礼いたしました。
本日、下記のように修正しました。
誤:大海【わたつみ】はなにの罪ありや
正:大海【わたつみ】はなにの罪かや
★実際の作者
一時間仰ぎ見たけど満開の桜に鳥は一羽も来ない 奥村晃作
エアコンを〈一時間後に切る〉にして抱き合う 漫画の続きのように 千葉聡
一時間六百円で子を預け火星の庭で本が読みたし 大口玲子
とほうもなきしじまを残し母はゆけり一時間ほどのみ空のけむり 渡辺松男
飛行機で一時間新幹線で四時間電話で一瞬「帰る」 後藤葉菜
仏壇に苺六粒供えしが一時間後は三粒になりぬ 藤島秀憲
朝のうち一時間あまりはすがすがしそれより後【のち】は否【いな】も応【う】もなし 斎藤茂吉
小一時間煮込んだあとのおとうふに私をぜんぶぶつける覚悟 笹井宏之
★実際の作者
歌声……と思えば窓を喉ほそくながくななめに奔りゆく雨 佐藤弓生
梅雨づもり睡き窓辺になめくぢは過去世【くわこぜ】のぬめりひきて這ひたり 斎藤史
雨の中をおみこし来たり四階【よんかい】の窓をひらけばわれは見てゐる 小池光
をちこちの窓いつせいに閉むる音ああいきいきと白雨ゆふぐれ 小島熱子
窓はじく雨のたどりて来し高さ見上ぐるごとき愛にとまどふ 小野茂樹
蝌蚪のごと雨滴が窓をすべりゆく還らぬ母に逢ふ春の駅 中川昭
ガラス窓に驟雨【あめ】はあがりていたけれども口惜しなみだのごとき一条【ひとすじ】 福島泰樹
窓に映るわたしは雨に流れつつビーフカツレツぐつと引き寄す 澤村斉美
★実際の作者
物語の中にさわさわ風が鳴り和紙にふれたる親指の発光 井辻朱美
朝霧のしづくの野辺に残されて人間くさし鬼の親指 永井陽子
たぶん誰でもよかったのです缶詰の桃のくぼみに親指が沿う 佐伯紺
おやゆびの先にちひさき棘が透く 春のひかりに溶けるのはゆび 小林幸子
いくつかの名前を持つた戦争の/新聞に折り目つければ親指の黒 千種創一
親指がささって卵ゆるみつつでもいつか花のようにひらく 田中濯
音もなく道に降る雪眼窩とは神の親指の痕だというね 服部真里子
親指をナイフもて切る所からはじまる優良図書の『坊っちゃん』 松木秀
★実際の作者
たくさんの空の遠さにかこまれし人さし指の秋の灯台 杉﨑恒夫
野にたちてひとさし指をたかくあげとまる小蜻蛉【こあきつ】とらへけるかも 小熊秀雄
うしろからプリマの人差し指が来てわれの背中の位置を直せり 中川佐和子
夕ぐれの書架にらびて寡黙なる白秋を呼ぶひとさし指で 近藤かすみ
ばか、やめれ 遠くで母の声がする 人差し指で人を差すとき 柴田瞳
いたいのが飛んでゆきますソマリアの少年兵の人差し指へ 木下龍也
似た文字でたましいを信じゆくべき人のひとさし指で汚した金貨 瀬戸夏子
ひとさし指に誰もとまらぬ夕闇やわたしのせいではなき雨の降る 鈴木英子
★実際の作者
雪の中の小鳥ゆうらり くれよんの白がすきなあのひとの中指 北川草子
中指を立てる千年先からも空色の爪がよく見えるやうに 魚村晋太郎
なかゆびのゆびわがひかる急に日が落ちたとおもう鏡の中で 本田瑞穂
熱水にひたす手のひら 中指のあたりで泳ぐきんいろのえら 笹井宏之
望むまま世界は歪む中指を立てて眼鏡を押し上ぐるたび 光森裕樹
なかゆびに君の匂いが残ってるような気がする雨の三叉路 木下龍也
中指を縦に切り裂き噛みしめるおまえの怨み受け継いでやる 本多忠義
中指の付け根の白い傷跡の痛みを思ひ出せないでゐる 新井蜜
★実際の作者
なにをしに戻ってきたのかおもいだせないが蒼いこの世にめくれるページ 井辻朱美
月の夜に変電所で見たものは象と、象しか思い出せない 千種創一
体中かゆくてかゆくてかきむしる「かゆくない」が思い出せない ふらみらり
約束を思い出せない短夜に練り歯みがきの真ん中を押す 田丸まひる
廃校のジャングルジムに跨がれば君の名前が思い出せない 伊波真人
一時もあなたを知らない一時も思い出せないだから会うんだね 柳谷あゆみ
使用済みテレホンカードの穴冴えて思い出せない会話いくつか 俵万智
一番悲しい日にどれを持っていたのか思い出せないかばん 西本摩耶
★実際の作者
すうすうと薄荷のにおいの薬指舐めれば苦い夏のクリーム 榎田純子
ビットとデシベルぼくたちを明るく照らし薬指に埋め込んで近づいていく フラワーしげる
いちばんさびしいゆびつて足のくすりゆび葉陰にかくれてゐるやうな指 渡辺松男
薬指くわえて手袋脱ぎ捨てん傷つくことも愚かさのうち 穂村弘
流麗な筆跡なぞる薬指ついに指輪は貰えないまま 溝井亜希子
中指と薬指とに囚われたカシオペイアを君も見ていた 本多忠義
左手のなじかは知らねど薬指彼方此方の安置所に無い 笠井烏子
もぎ捨てる 誰かにとんでもないことを打電するあたしの薬指 高柳蕗子
★実際の作者
三日月に切り取られてる右小指からおだやかに意識を止めて 間宮きりん
どうやって暮れていいのかわからずに今日の終わりにむすんだ小指 芹沢茜
これからも一緒なんだし約束が苦手だったら小指をもいで 佐伯紺
ふせられている土鍋から小指ほどの希望のような虫がでてくる 笹井宏之
田芹つめば小指つめたい、ふいと人間の寂しさにうたれる 前田夕暮
たのもしげな名前だからバンドエイド小指にまいてすこし得意 北川草子
二日月君が小指の爪よりもほのかにさすはあはれなるかな 芥川龍之介
やはらかに小指朱肉に押しつけて心かすかにほめく時あり 安永蕗子
※ほめく=ほてる。熱くなる。
★実際の作者
さっきから耳をふさいでいる水の温度はたぶん涙と同じ ながや宏高
愛というこの世の温度ぬぐわれて天青【てんせい】の涯【はて】をゆく飛行船 井辻朱美
平熱は割と高めでありますが温度の低いヒトでありたい 久保芳美
身と皮をはなす手ごたへ 夕まぐれ都市の温度をそれぞれ帰る 魚村晋太郎
忘れ去るべきは温度で寒椿そんなところで燃えるのはだめ 桐谷麻ゆき
浅ましいですよ 温度のない声に蒸発しそうな遺伝子である 柴田瞳
月の温度、星の温度、瞳の温度を束ねて輪ゴムをかける指先 瀬戸夏子
花屋よりパン屋の窓があたたかい初冬の街の体感温度 杉﨑恒夫
★実際の作者
ベランダで夏の子どもがさよならの練習をしている昼日中 笹井宏之
おとなりの若い父親が練習するショパンでわたしたちは踊った 雪舟えま
夏眠【かみん】からさめれば秋は痛いので「生きたい」と言う練習をする 千葉聡
夕立を風がさらっていくときに練習室に生まれる温度 船越瑤子
ちちははの葬りおこなひかなしみの予行練習してをり夢に 梅内美華子
きみに王、私に皇帝 八月の練習帳【カイエ】に国土描き合っている 北山あさひ
ねつとりと膣口色に照らされて練習どほり ゆつくりと脱ぐ 鳥居
それは見ることも難しく触れることもかなわなくて貴族の隣にいるコヨーテを捕まえる練習 フラワーしげる
★実際の作者
サラダ菜のひとつに伸ばす手のしろさ記憶をえらぶことはできない 魚村晋太郎
見切り品の漬物に手を伸ばす父 カゴに入れさせまいとする母 鯨井可菜子
呼ぶ声は夢からも手を伸ばしきて父掻き毟りやまぬおびえか 江田浩司
炎天に架かる梯子へ手を伸ばすあなたを守るすべを知らない 山階基
有線にまたやすやすと泣かされて遠いあなたに手を伸ばしてる 柴田瞳
包丁を持てば船ゆうれいのごと手を伸ばしくる並行宇宙 雪舟えま
西口のゴディバのあたり幸せな人たちが手を伸ばす おぼれる 法橋ひらく
まず性器に手を伸ばされて/悲しみがひときわ濃くなる秋の夕暮れ 林あまり
★実際の作者
馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る 安立スハル
ごんごんと力を内に巻きひそめエメラルド色の世界のキャベツ 井辻朱美
青空に満ちくる声を聞きながらバットでつぶす畑のキャベツ 奥田亡羊
棲みたきは全て隠喩の読み解ける世界例へば(キャベツ=キャベツ)の 荻原裕幸
さみどりのキャベツをきざむ春の歌赤ちやんがきた赤ちやんがゐる 河野洋子
口癖を指摘された日きざみゆくキャベツの左脳にかたき芯あり 光森裕樹
壁ぎわに影は澄みゆく芽キャベツがこころこころと煮えるゆうべを 佐藤弓生
安売りのキャベツめがけてふってきた流星王子/流星王女 笹井宏之
★実際の作者
キャベツの結球がふいにかなしくてひとつひとつを抱えてみたり 柴田瞳
おしよせて来しかなしみはざくざくざんざくざくざんとキャベツを切りぬ 小島ゆかり
幾重にも重なる闇を内包しキャベツ、僕らはつねに前夜だ 千種創一
キャベツのなかはどこへ行きてもキャベツにて人生のようにくらくらとする 渡辺松男
見開けばはり裂けそうな星だったキャベツ畑にキャベツは生きて 東直子
あのひとのキャベツを剥いて心臓にふれそうになるお元気ですか 藤本玲未
かなしみに顫へ新たにはぢけちるわれはキヤベツの球【たま】ならなくに 北原白秋
うす紅くおほに開ける河馬の口にキャベツ落ち込み行方知らずも 中島敦
★実際の作者
つちいろの器のやがて温かくゆがんでゆこう山の結婚 三好のぶ子
結婚衣装縫ひつづりゆく鋼鉄のミシンの中の暗きからくり 塚本邦雄
死のうかなと思いながらシーボルトの結婚式の写真みている 穂村弘
ひとの痛みは解るまいこんなにも歯が痛いんだ結婚しようよ 無頭鷹
虹に触れた青葉みたいに結婚へ揺れ落ちてゐるけどどう思ふ? 荻原裕幸
純白に満ちてて、結婚は汚れうる色で、君と砂漠まで逃げてきた 千種創一
一番最初に出てきた人と結婚したの小さな遊覧船の上で手を振ってて フラワーしげる
路に濃き木立の影にむせびつつきみを追へば結婚飛翔【ナプシャル・フライト】にか似む 小野茂樹
★実際の作者
あいたいを噛みちぎってたあいたいは分解バラバラ歯形のパズル イソカツミ
夜明け 林檎の歯型みるみる鮮やかになりて恋敵の秘密知る 魚村晋太郎
齧りゆく紅き林檎もなかばより歯形を喰べてゐるここちする 光森裕樹
りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型 山田航
少年のつけし歯形の深手から青いりんごは回復しない 杉﨑恒夫
どこをほっつきあるいているのかあのばかは虹のかたちのあいつの歯形 服部真里子
永遠に補修をされることがないビート板には誰かの歯形 木下龍也
気に入ったページは歯形つけるでしょ これはいもうと これはあたしの 雪舟えま
★実際の作者
あかねさす紫野【むらさきの】行き標野【しめの】行き野守【のもり】は見ずや君が袖振る 額田王
あかねさす蟹のはさみのあひだほど海かがやけよぼくの発つ朝 嶋田恵一
あかねさす紫野ゆきロイホゆきチャリンコ・ベルを巡る朝焼け 穂村弘
ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね 飯田有子
春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状 塚本邦雄
ゆく車【カー】の流れは絶えずあかねさすテールランプを海渡しゆく 沢田英史
知足とは死の謂ならむあかねさす鷹の爪の種噛みしめにけり 佐藤元紀
あかねさす瑞花を、春を見送って乗り遅れても拾える風だ 井上法子
★実際の作者
あかねさす昼の光の尊くておたまじやくしは生【あ】れやまずけり 斎藤茂吉
あかねさす IKEA へゆこうふたりして家具を棺のように運ぼう 岡野大嗣
あかねさす小嶋陽菜【こじはる】の才うらやみて人まばらなる終電に揺る 吉田隼人
あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず 光森裕樹
鳥や樹は君の話を聞くだろうあかねさすイデオロギーは素直なる嘔吐 江田浩司
あかねさすマルクス全集この中に何が書かれてゐなかつたのか 香川ヒサ
あかねさす虚無によろしく 銀行の番号札を貯めて置くから 佐久間章孔
あかねさすひかりに出でて死にたりしかの髪切蟲(かみきり)を父ともおもへ 小池光
★実際の作者
空っぽのパンの棚弁当の棚 根こそぎ持ち去った力を思う 加藤治郎
ギャル友が私の残す浅漬けをいつも引き取る購買弁当 柴田瞳
死ののちもこの家族なり春彼岸ぱんぱかぱーんと弁当ひらく 小島ゆかり
二十一品目弁当、世界にものもうす/こんなに/ゆめはとどかなくても 杉山モナミ
親からも子からも自由である人のアルミの弁当箱を開きぬ 東直子
弁当のワゴンは五回通過してラストシーンのような夕焼け 木下龍也
ビル街の弁当屋まで 吐く息の白さにわれを滲ませて行く 田村元
独身【ひとりみ】の鮭弁当のレシートをレイモンド・チャンドラーの栞に 荻原裕幸
★実際の作者
角偏に触れては消える子供たち収めてよるの軌道図書館 鈴木有機
雲の底に図書館はある 同僚の会話は遠く木立の向こう 法橋ひらく
夕立とわたしの中の夕立が図書館の玻璃はさみて鳴れり 目黒哲朗
ついに暗転なき恥の日々図書館の窓より冬の塑像見ている 藤原龍一郎
あぢさゐのやうにふつくらしたきみのひざがしらなどさむい図書館 渡辺松男
群れるときわたしは消える図書館の深くに史書の眠るみたいに 田中ましろ
図書館をもっと昇ろう僕達を邪魔する人のいない場所まで 秋元裕一
この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい 笹井宏之
★実際の作者
杉山に雨がふりだす 軍手にて目を覆われし女のように 吉川宏志
ヘルメット被る男のなす作業軍手の動きは音楽である 五所美子
ロベルトに軍手を貸せってせがまれて 私は冬の洞窟なのに 笹井宏之
会社勤めの日々遠くあり軍手はめハリセンボンを捌きゆくとき 松村由利子
シャベルも軍手もマスクも持たずふるさとに背を向けて働く私は 齋藤芳生
豌豆の支柱に被せ干されゐる軍手だらりと空をゆびさす 水田よし枝
撤収の指示を出したる指先は軍手嵌めてもまだ貴族的 生沼義朗
機械油の染みし軍手が日毎増え春がだんだん膨らんでくる 時田則雄
★実際の作者
機械城しずかに更けてぼくたちの夢はかなった 降ってこい雪 井辻朱美
夜の子供よ目をみはれぬいぐるみのキリンを機械の手が掴むまで 穂村弘
てのひらにすくった雪が塩ならばこのてのひらはこわれる機械 佐藤弓生
6月は抱擁機械。だれもみな抱かれて歩くことを恥じない 杉山モナミ
はろかなる星の座に咲く花ありと昼日なか時計の機械覗くも 前川佐美雄
巻くときの機械の力一瞬に解けて螺旋をなすカタン糸 大西民子
君は君のうつくしい胸にしまわれた機械で駆動する観覧車 堂園昌彦
アスファルトを行く僕は月に繋がれて機械が悲しいことを知ってる 望月裕二郎