ちょろぱ

回文短歌など

今はコレクションしていません。もっと新しいのがあると思います。

回文、アナグラムのような遊びは、一生に一度ぐらいやりたくなることがある。

あなたが歌人や俳人だと短歌や俳句になる。

※自分(=歌人)の経験では、なんとなく創作が不調なときそういうことにハマる気がする。自力でなく、言葉遊びによって意図せず出てくる言葉に出会おうとする。そんなことをしているうちに立ち直るので、まあまあ効果はあるようだ。

自作回文句 薄暮集

通常の回文は、意外な言葉の出会いで意外なフレーズができるから、それをおもしろがるという鑑賞ができる。

だが、回文の定型詩は、一見ふつうの短歌や俳句に見えるように作ろうとすることが多くて、黙っていれば気づかれず、言ったら言ったで、

「へえ、回文ですか、よく作りましたねー」

とねぎらってもらえるだけで、鑑賞されずに終わりがち。(笑)

通常の作品のように鑑賞できるなら、それはそれで名作回文だが、回文歌や句の場合の鑑賞は、作者がどのように言葉に出会ったか、という点を見るのも、一法と思われる。

●回文短歌

★昔からある有名な回文歌

長き夜のとおの眠りの皆目覚め波乗り船の音のよきかな

回文の短歌と言えば有名なこれをまずは冒頭に書いておきましょう。

探せばいっぱいあるもので、以下は歌集などで見つけた回文歌のコレクションです。

★成瀬しのぶ

行かせてもつねに記憶の音かすか 遠のく沖に熱もて世界

白砂や青がえるいて水鏡磨かず見ている笑顔あやなすらし


★松原未知子 『恋人(ラバー)のあばら』

はかなさの落葉焚きてみしかどなどか凍(し)みてきた中庭(パティオ)のさなかは

人知れず遠き悲(ひ)を超(こ)えしことよとこしへ孤(こ)をひき訪れし問ひ

然(しか)れども漂ふ鳥ふるさとへと去るふりとふよ、ただ戻れかし

ものみなは浮かむ黄泉(よみ)も室戸までまどろむも見よむかうは波の面

ねがはくは白波かろくドレスを擦れど黒髪ならし履く鋼(はがね)

けだるさを待ってさみしき恋人(ラバー)のあばらきしみ、さて妻を去るだけ

な忘れそ越える旅路を田舎の家内をちびたるエコー、それ吸はな

メランコリィはそこに酔(ゑ)ふかな否否(いないな)カフェにこそ入りこむらめ

レダは飛び退くめり「悲劇(トラジディ…泣かないで白鳥(しらとり)め愚の人はだれ?」

馬(むま)の墓おほきな芝の地に立った 虹の橋なき大河呑まむ

かの草で(まづい!)裾切るな花の名はナルキソスいつまで咲くのか

イタリアできのふ狂(たぶ)れし男のことを知れ、葡萄の木でありたい

宿世の罪にやあらむ、ほ、呪ひのいろの炎(ほむら)あやに見つの性(セクス)

日々の暮らしを飼ひならし留めの方法(メトード)知らない顔、シラクの狒狒

稲妻はドームの上(へ)かなた遠いおと店替へのムードはまづない

★さいかち真 『東林日録』より

ニシン現に食べたよ痛いアジアいたいよ食べた人間死に

今朝女(をんな)だまされて革命めくかテレサまだ難を避け

冬の夕(ゆふ)みがかぬ鏡、や、誰だ、や、みがかぬかがみ、冬のゆふ

★西王燦『バードランドの子守歌』より

※さかさに読むと別の歌になる

木樵り切る欅・からまつ・榎の枝 妻ら牡蠣焼けるキリコ忌

里は雪、汝れさめざめと斧焚き 讃岐崎々『鷺荘』のみなみ

南の兎座・きさき座・絹座・北の乙女座召されな 消ゆ鳩座

この歌集には他にも回文歌がいくつもあるようです。

★正岡子規

戻ったぞ時鳥はや来つ鳴けな月やは杉戸とぼそ立つとも

※正岡子規もこういう遊びをしたんだなあ・・・

★小輪尼 「悦目抄」(藤原基俊の歌論書)

むら草に草の名はもし備わらばなぞしも花の咲くに咲くらむ

惜しめどもついにいつもと行く春は悔ゆともついにいつもとめじを

★藤原隆信(1142-1205)「藤原隆信朝臣集」

白波の高き音すら長濱はかならず遠き方のみならじ

茂る葉もかざして石間闇くだく深山はいでじ坂もはるけし

長き夜の野も遥かにて杣暗くま袖にかるは物のよきかな

★藤原隆祐 「藤原隆祐家集」

なか遠き方は南のすごき崎越すのみ波は高き音かな

御垣より翳(かざ)す枝には木の花は軒端に絶えず盛りよき神

日頃よのともしきすみか望むらむそのかみ過ぎしもとのよろこび


★石田未得「吾吟我集」

白雪は今朝野良草の葉にもつも庭の桜の咲けば消ゆらし

また飛びぬ女と男とあはれ主知らじ死ぬれば跡をとめぬ人魂

冬らしき景色おもしろ岩の木の葉色霜おき繁き白木綿

身の留守に来ては折り取るこの花は残る鳥をば敵にするのみ

★中島随流「水車集」

円(まる)くすみはなよとめぐり北野どのたぎりくめよと名は水車

(これは回文千句連句集で、回文句で連句をしています。

その巻頭の渦巻き状の狂歌だけ書き抜きました。

なお、俳諧でも回文がかなりはやったとみえて、

このほか、「毛吹草」1638(俳諧の方式の書)など、

回文の発句連句を収録した文書がかなりあるらしいです。)

●回文句など

★土屋耕一 回文句

戸をノックする家居留守靴の音

★井口吾郎 回文句

ゴジラ飼う 週刊俳句 Haiku Weeklyより


柿むきし僧のその嘘子規向きか

百舌石に止まる昼間と西出雲

雄生揉や消えし西駅闇もなお

何億代来て霧笛抱く女

黒きのこ汁有り或る事故の記録

快楽は毛布荷風も舶来か

ふうふうと豆腐和風と問う夫婦

早起きな冬至小姑亡き親は

鳴門にて勇魚見なさい手に捕るな

春よ遠からじゴジラ飼うと夜は

★長岡裕一郎 さかさに読むと別の句になる

鳥は舞ひふとやるせなし羽繕い

魚族(いろくづ)は詩成せるや問ふ向日葵と

★宮﨑二健 回文句

建った小家は公用語は英語だった

汝が痛し毬動いた大航海時代かな

馬頭分路漕ぐコロンブスめ

無畏施疎んじて人頭税務

水粥布く搾取かすみ

夫婦別姓異説へ夫婦

迎合部隊浮いたふう濃い毛

そこばれず慰安愛すればこそ

夜這いや結局良き付け刃よ

かばい合う湯蟻とパトリア友愛ばか

油脂赤い毒濃いは売国奴以下亜種

華鬘よチロ君反グロちょんまげ

左翼運動はうどん浮く世さ

うそ右翼野次は恥役様相

夢吸う九尊見てこそそこで民族薄め湯

箪笥に多神教預金し他に住んだ

帰化のコンセンサス増す参戦後の柿

いかんぜメンミ枸杞の実の国民目線かい

卯呑んでムーン神武天皇

かくして懐く国体で布くか

宮崎二健さんは他にも多くの回文句を作っている。

ブログ「回文迷宮」をご覧ください。

★宮﨑二健 回文詩

玉手箱はてまた


二戸果て木天蓼の蔓は無体かな

石ぼとけ濡らし萩咲く湯の町へ

柿たる熟れ後酢の恐れかな

鷹や苧環の変貌を知りえて

爺もお伽退店後決まり早や

遣る瀬ねえから口添えもしたわ

村の祠の笑み守るか

紙魚も場の床溜め霧戸に出ず

木は淋しさの葉先読めず秋雨

咲く魑魅の道添いならやるや

渓谷美しく裏は鎌やり切れず

桔梗夜汽車感じるかい

走る車窓の走馬灯よ

風と悔い皆と因果より組んで

旅館も痛し身も逆さか

がさがさ紅葉台門下より

天狗旅館営み幾年か

酔うと舞う祖の嘘矢印は

怒る人家や四季容与聞き

擦れ切り山が笑う奇し靴浮く小池

やるやらない素地見の道草

芽咲き明日芽良き鯖の刺身捌き

既に取り決めた言の葉紅葉

刈るもまみえ野良後仄らむ

私萌え措置鞍替え値競るや

やはり巻き込んでいたきと重石

低利子負うボンベの木又親方

流れぞ自ずと荒れ売る滝か

糸瓜の行く先は知らぬけど欲しい

長いダムはルーツ延びた玉手箱に

●アナグラム

★南条ゆう

行く春に鳥啼き魚や目尻拭け (「ふる雪や明治は遠くなりにけり」のアナグラム)


現在コレクションしていません。さがせばいっぱいありそうです。