刀身製作
刀身製作とは、いわゆる刀本体を作ることです。
日本刀は普通の西洋鉄ではなく「玉鋼」という和鉄でできています。
はるか昔、日本にはまだ鉄を作る技術も資源も無く、当時は大陸から鉄の板を輸入していました。
しかし、中国地方の花崗岩地域では磁鉄鉱やチタン鉄鉱の砂鉄が得られ、これが土砂と共に河川で運搬され砂鉄鉱床が形成されました。
これを比重の違いで分離する方法(鉄穴ながし:比重選鉱)で多量に集め、多量の樹木から木炭を作って熱し、赤らめた時の酸欠状態で発生した一酸化炭素の還元作用を利用して鉄を生産したのです。
古代日本では中国地方などで資源とエネルギーが得ることができたので、鉄の生産が盛んに行われていたようです。
・・・簡単に書くとこのようになりますが、よくこのような方法を考え付いたものだと思います。本当はまだ色々な試行錯誤があって鉄の生産ができるようになったのですが、それはまた次の機会に。
こうして、砂鉄から鉄を作ることができるようになりましたが、この鉄には均一ではなく様々な不純物が含まれていました。
例えば、鉄の劣化に関わる硫黄、硬さに関わる炭素などの含有は、同じ炉の中の鉄でも異なります。
中でも不純物を殆ど含んでいない鉄が「玉鋼(たまはがね)」です。
また、玉鋼にも高純度のもの、少し不純物が入ったものなどの差があります。
品位の良いものを集めて使ったり、不純物を叩き出す作業を行ったりして品質を高めます。
刀匠が赤らめた鉄を叩くと火花が散ります。あの時にそういったものが取り除かれているのでしょう。
鉄の鍛錬は不均質な鉄をできるだけ品質を上げ、その過程で鉄の層を作り出し、日本刀に仕上げていくのは勘と研究の成果だと思います。
このような努力が現在の日本の科学技術の礎になっているのは間違いないと思います。
上の写真は私の刀の刀身を作ってくれた国忠刀匠です。
福岡県大牟田市で作刀されています。これも濃州堂さんからお借りしました。
今では製鉄といえば、新日鐵住金のような製鉄所で作るイメージですが、はるか昔は小規模な炉で多くの人達が知恵と力と試行錯誤で作っていたのでしょう。製鉄会社の方達も昔ながらの和鉄づくりを行っているという情報を時折目にすることがあります。
古代の人の知恵は今の人達とあまり大差はなかったのでしょう。
無かったのは、高度な自動機械やコンピュータくらいかもしれません。