2-3 芦太川筋谷津の地形発達史
2-3-1 谷中分水界と浅い谷
② 谷中分水界
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【谷中分水界の発見】
滝ノ清水から東南800m程のところに谷中分水界がありますので紹介します。
この谷中分水界は旧版1万分の1地形図を眺めているとき発見したものです。
旧版1万分の1地形図「大久保」「三角原」部分
北から伸びてきた芦太川(印旛沼水系)の浅い谷が、長作川(東京湾側水系)の猪田谷津によって頭を切られたところにあります。
現代の地図を次に示します。
谷中分水界付近(数値地図2500[空間データ基盤])
次に、現代の地形を3Dレリーフ図で示してみました。
3D表現すると、読図という翻訳作業を頭脳に強いなくてもよいので、直感的に地形を理解できます。その分地形の意味や成因など本来考えるべき事柄にエネルギーをより多く使うことができます。
谷中分水界3Dレリーフ図1(5mメッシュ+カシミール3D)
谷中分水界3Dレリーフ図2(5mメッシュ+カシミール3D)
参考 上記谷中分水界3Dレリーフ図は次の基本色区分に基づいて、色と色の間のグラデーションを利用して標高1m毎の異なる色のレリーフで表現しています。
谷中分水界3Dレリーフ図の基本色区分
この谷中分水界の存在から、次の2つの興味が発生しました。
ア 人文的興味
谷中分水界を起点に発する放射状の道の意味はぜひ知りたくなります。
この場所が峠にあたり、古代から交通の要衝であったに違いありません。この場所の交通など、人との関わりの歴史資料を探したくなります。
しかし、ざっと調べた限りでは、資料は見つかりません。どうするか?
イ 自然的興味
この谷中分水界がなぜできたか、知りたくなります。
この谷中分水界の形成史を考えることは、印旛沼水系と東京湾水系の地形的せめぎあいを考えることであります。この場所から東1.3㎞には花見川があり、河川争奪の現場になっています。
花見川河川争奪の成因仮説を検証するためにも、この谷中分水界の地形発達を考えることに興味が増します。
これまでに獲得できたいくつかのスキルを有効活用して、自分としてはすこし突っ込んだ検討をしてみたいと思います。
このブログでは当面、次の項目で谷中分水界に関する記事を連載する予定です。
1 谷中分水界の地形事実
・断面や縦断、現場の様子など。
2 谷中分水界の利用
・放射状の道、峠、野馬土手など
3 谷中分水界の成因
・地形面、崖、浅い谷と深い谷、花見川河川争奪との対比
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【谷中分水界の位置】
芦太川が東京湾側水系の長作川(花見川支川)によって頭部を切られた部分を3D表現してみました。
芦太川截頭部(立体地図表現)
5mメッシュ+カシミール3Dによる
芦太川截頭部(地形レリーフ表現、1m単位)
5mメッシュ+カシミール3Dによる
この図を使って谷中分水界の基本的な説明をします。
芦太川截頭部の説明図
小崖
この附近では下総上位面(下末吉面相当)が東西方向の高さ3m程度の小崖によって区切られて、高度が異なって存在しています。
この小崖は北側で隆起し、南側で沈降した地殻変動を表現しているものと考えられています。
以前、東京湾北縁活断層の一部と考えられていたものです。ただし、東京湾北縁活断層の存在は近年否定されました。
この小崖は花見川を越して東側の台地にも連続して観察できます。
小崖 天戸町
芦太川の想定延長部
この小崖のところでたまたま長作川の谷頭侵食により芦太川の浅い谷地形は一旦なくなります。
芦太川の浅い谷地形は小崖ができる前からあったものですから、小崖の南にその断片がある可能性が濃厚です。
地形レリーフ図から小崖南側に浅い谷地形の断片があり、これが芦太川の上流部である可能性が濃厚です。
谷中分水界の位置
谷中分水界の位置は道路が放射状に発達する起点となっている場所で、ここが印旛沼水系と東京湾水系の地形上のもともとの分水界となっています。
現在の道路も同じ場所で6差路となっていて、「花見川三小西側」交差点となっています。
道路やビルの盛土によって事前の情報がなければ谷中分水界とは誰も気がつきませんが、事前の情報があれば、谷中分水界を体感認識できます。
谷中分水界の北側
遠方で道路が下っている。
谷中分水界の西側
道路が上っていて、谷斜面が迫っている。
谷中分水界の南側
道路盛土によりこの場所からは認識できないが、南に移動すると道路が下る。
谷中分水界の東側
道路が上っていて、 谷斜面が迫っている。
谷中分水界付近でだけ、芦太川の浅い谷が間近に迫った狭い谷になっており、この附近で最も隆起が激しかったことを想像できます。
別の谷中分水界
なお、この谷中分水界とは別に芦太川の西側の支川の源頭部も谷中分水界となっていて、高津川の支川の谷にそのまま移行しています。
地殻変動にかかわると考えられるこの現象も興味を誘いますので、いつか検討してみたいと思います。
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【谷中分水界の地下構造】
5mメッシュ情報に基づき、谷中分水界の縦断図(A-B線)と横断図(C-D線)をカシミール3Dにより作成しました。
断面線は現在の道路に沿って設定しました。
断面線位置図
谷中分水界の縦断図・横断図
縦断形状は花見川三小西側交差点付近を最高点(24m)として北方向(A方向)が下流であり、その方向に下ります。
一方、上流方向(B方向)も長作川支谷(猪田谷津)谷頭侵食部まで下り、谷中分水界の確認ができます。
横断形状は花見川三小西側交差点付近を最低点(24m)とする谷形状をなし、西側の台地との比高は5m、東側の台地との比高は4mとなっています。
千葉県地質環境インフォメーションバンクの情報を検索したところ、花見川三小西側交差点のボーリング資料を見つけました。
この資料を上記地形横断図に垂直方向のスケールを同じにしてはめ込み合成しました。
谷中分水界の地下構造
整理番号12613の資料で、孔口標高TP24.17m、上から深度0.35mまで表土(黒灰)、深度2.80mまでローム(暗褐)、深度4.00mまで凝灰質粘土(乳灰)、深度5.35mまで凝灰質粘土(乳暗灰)、深度6.5mまでシルト混り細砂(暗緑青灰)、深度21.50mまで細砂(暗黄褐)、以下深度33.45mまで記載があります。
このボーリング資料を見て、次のような第一印象を持ちました。
ア 約2.5mのロームの堆積があり、芦太川上流の浅い谷は一種の化石谷であると言えるだろう。
化石谷化した理由は上流部が地殻変動によって失われたためと考えたい。
イ 凝灰質粘土は谷中分水界の上流に広い流域があった時代の谷底の堆積物にちがいない。
従って、凝灰質粘土は下位のシルト混り細砂・細砂と不整合だろう。
幸いこの資料の他に、道路に沿って縦断方向のボーリング資料が多数あることもわかりました。
そこで、芦太川の谷津について地形(5mメッシュ+カシミール3Dで1m単位の地形レリーフ図を3Dで作成できる)とボーリング資料を詳細に対比させれば、有用な情報を得られる可能性がありますので、作業をすすめてみたいと思っています。
そのようなある程度広域的な検討に基づいて、この谷中分水界の地下構造について自分なりの解釈をしてみたいと思います。