運命なんだよ
英二はそういった。
運命のヒト
英二とたまには羽を伸ばそうと休日に遊ぶ約束をした。
最初は駅前のゲームセンターへ行こうか、新しく出来たショッピングモールへブラブラ出かけようかと話していると
たまたまそこを通りかかった河村から自分の家へくるかと誘いがあったのでそれにのることにした。
「乾も誘う?」
「えー!あんなの誘ったらまた汁だぜ?やめとこうよー」
酷いな英二。アレそんなに悪くないのに
まぁせっかくの貴重な休日に英二の悲鳴を聞くのもと思ったので、続けて英二と仲がよさそうなメンバーを上げていく。
「桃城たちは?」
「桃たちは用事あるんだってーおチビちゃん家がどうのっていってたけど」
「うちは何人でもいいよ」
狭いけどさ、と続けて、はははと笑う河村に共通の友人の名を上げる。
「大石は?」
「んー、大石忙しいみたいだからぁー誘ったらくるかもしんないけど」
歯切れの悪い英二に不思議に思ったけど。
「眼鏡もついてくっかも……」
だって。
せっかく羽のばすのに保護者はいらないっといってるわけだ。
英二の指す眼鏡の彼を想像して少し笑った。
□ □ □
「不二ぃー、それなにもってんの?」
母さんに持たされた箱を抱えた僕をみて英二が素っ頓狂な声をあげた。
箱の外観と朝のキッチンの匂いと今までのパターンからいって想像する答えを口に出す。
「中身はなんだろう……多分、今の季節だからレモンパイかな?」
お邪魔するんだし、と手渡された旨を告げると
「えー!俺なんももってこなかったよ。どしよ~」
英二はちょっとまっててと手を振ってコンビニへ入っていった。
数分後、山盛りのお菓子を抱えた英二がでてきた。
何回もきている河村の家で勝手知ったるように寛ぎだす英二を横目に、もってきた箱を河村に渡すと、河村はそれを開けてお茶請けにもってきたスイカを切るための包丁で器用に切り分けていく。
「おもたせで悪いんだけど…」
「別にかまわないよ」
切り分けたパイを配っていく。
「あーちゃぶ台は落ち着く~」
ちゃぶ台にへばりつく英二を嗜めつつ、お茶を呼ばれる。
お寿司屋さんのお茶ってウマイんだよね。
他愛無い話をしながら僕も寛いだ。
一息つくと河村がサイコロを振りつつ言った。
「モノポリーでもやる?」
「へぇ、そんなのあるんだ?」
河村の家くるのは初めてではないけれど、実際よく話すようになったのは最近の話で、彼がレギュラー入りしだすようになってからだ。
先輩たちが卒業してから黄金ペアの相手として彼や乾と組んで練習するようになってからは関わりあうことも多かったけれど、大勢で遊ぶことが多い彼とは話すタイミングが合わないときが多かったから。
もう少し
「なんだこりゃ?しゅうすけって書いてあるよ?」
英二が指差したその字には見覚えがあった。
これは……
幼い頃に単身赴任でニューヨークにいた父親からモノポリーを贈られた。
父はやっと生まれた長男の投資のセンスを鍛えようと思ったのかもしれない。
今はすっかり成長した弟が字を覚え、手当たり次第の周りのものへと名前を書き出したときに、彼は自分のものには自分の、姉や兄のものにはその名前を書いて周りのひとたちを感心させたものだ。
しばらくは夢中になってモノポリーで遊んだものだものだけど、父親の手配ミスで翌年のクリスマスも同じモノポリーを送られた。
だから余った一セットをバザー送りにしたのだ。
「母さんが姉さんの高校のバザーへ出したんだよ」
「あー、それフリーマーケットで買ったんだ」
僕の言葉と河村の言葉が被る。
繋がった糸に吃驚する。隣の英二も面白そうにニシシッと笑っている。
「タカさん~、箱の落書き気付いてる?」
英二が尋ねると
「ああこれ?多分前の持ち主の名前なんじゃないかなぁ?」
気付いてないんだ
僕は何故だか判らないけど少し残念な気分になった。
「あ、そういえば不二の名前と一緒だね」
河村に頬を人指し指で掻きつつ微笑まれた。
英二がもぞもぞしてる。気のせいかその赤い跳ねた髪にふさふさしたものが見える。
耐え切れなくなったように英二の手と口が動いた。
なぜかガッツポーズで。
「きっとさ、運命なんだよ!」
「・・・・・・運命?」
たまに乙女なことをいうとは思っていたけどここまでとは……。
変な漫画読んだりゲームのやりすぎなんじゃないだろうか。
そういやお姉さんがいるっていってたっけ。
少女向け漫画の読みすぎなのではないかな?
河村がぽかんと英二をみていた。
「英二がスピリチュアルなことに興味があるとは知らなかったな」
「すぴ、り?」
「ファンタジーとか好きじゃない?漫画でも読んだの?」
「ちっがーう!」
うるせぇよ!星の王子様とか読んでいるヤツにいわれたくないよ、と続けて
「えっと、うまく言えないけど引力なんだ!運命なんだよ!例えばくっついたり別れたり腐れ縁みたいになってるやつらとかさ、絶対運命なんだって!引力が二人を離さないの」
英二のいうことはたまによく判らない。
河村のほうに首を傾げて見せると同じような反応が返ってきた。
「だからぁ!タカさんの運命のヒトは不二なんじゃないかって!」
「は?」
たまに英二は僕の思考の許容量を超えて話をする。
せめてここにいつもの通訳がいればよかったんだろうけど、生憎彼は我らの部長殿と一緒だろう。
「え?えっ?これって不二の?」
河村は今更別件で驚いていた。
「……多分そうだと思う。6歳のときだったかな?」
姉の高校の文化祭で売れたよ、と告げると。
心無しか河村が落ち込んだ顔をしたのはなぜ?
そんなに前の持ち主が自分だったのが嫌なんだろうか。
「そっかー不二だったんだ…ははは」
というか、あの子やっぱ河村だったのか。なんとなくだけど初めてあった気がしなかったんだよね。
「すっげー!やっぱ運命だ」
目をキラキラさせる英二に、運命の人でも男だし、と指摘すると
「だから男とか女とか関係ないんだって!」
オレの予感は当たるんだぞっと拗ねる英二に、客足が落ち着いて様子を見に来たおばさんがやってきたのでその話はそこでお仕舞となった。
帰り際、
「河村、またアレしにきてもいいかな?」
アレが何を指すのか河村にはすぐ理解ったみたいで、笑って頷かれた。
□ □ □
「英二」
「なんだよ?」
「英二って乙女だったんだね」
河村の家からの帰り道、行きと同じように肩を並べて歩く。
「ぶ」
ずっこけそうになっている英二を起こして言う。
「だって、運命とか……」
イマドキ、有り得ないよ?と続けると
「スレてんなぁー」
「英二よりピュアだよ」
「オレがさ、大石と組んだときのこと憶えてる?」
英二と話しているとこんな風にたまに話題が飛ぶ。
いきなり出された彼の相棒の話を
「憶えてるよ……大石からいわれたんじゃなかったっけ?」
大石が手塚や河村に何度も語っていた黄金ペアの結成劇。
よほど嬉しかったのか何度も聞かされたそれを忘れるわけがない。
「そそ」
だから何なのかな?
繋がりがよく判らないよ。
「あれからいっぱい喧嘩もしたし、いまだに意見もあわないときもあるけどさ……大石とだと他のヤツと組んだときとは違う感覚がオレを支配するんだ」
多分オレの運命の人って大石だと思うんだよね
といつもとは違う大人びた表情で続ける英二に僕は理解した。
そういうことだったのか
「なんだ。運命ってそういう意味だったんだね」
「……不二。なんだと思ったんだよ」
「……」
「なんかヘンなコト考えてただろ!?」
慌てる英二に微笑むと何故か彼は青褪めた。
□ □ □
あれから、僕は頻繁に河村の家へ遊びに行くようになった。
表向きの目的は僕から河村にいったモノポリーだったけれど。
まぁ目的はそれだけじゃないんだけど、
全国大会へ向けての……それは今はまだ二人だけの秘密。
最近、なんとなくだけど英二や大石の気持ちがわかる様になった気がする。
コートの上で一緒に戦う仲間がいるのはよいものだ。特に連携が上手くいったときの感覚はシングルスじゃ味わえない。
河村はラケットを離した瞬間に足引っ張ってない?とかネガティブな言動をしていたけれど、正直僕は勝敗よりもテニスを楽しみたい。
楽しんで且つ勝利すれば最高だと思う。
帰り際の部室で彼に問う。
「今日の帰りも寄っていいかな?」
「別にいいけど……」
困ったように頭を掻く河村にふと気付く。
河村の家の平日はお袋さんが店にでているから夕食が遅い時間になる。
寛ぎたいところに息子の友人が遊びに来てては迷惑だろう。
「やっぱ迷惑かな?」
「うちは迷惑なんかじゃないけど……アレそんなに気に入ってたんだ」
河村は慌てて手を振り否定する。
「もって帰る?」
僕は首を横に振る。
「河村の家になきゃ意味がないんだ」
「えっ?」
目をぱちくりとさせる河村に僕は笑った。
fin