「ルヴァ」
「ディアじゃないですか~!?」
Desire 2
夜の帳が下りる頃、ルヴァは私邸でいつものように本を読んでいた。
もっとも今日正式に即位したアンジェリークのことを考えると、本の中身は頭には入ってこなかったが……。
数回のノックの後、執事が訪問者の取次ぎをしに訪れる。
(こんな時間に珍しいですね…)
旅支度をしたディアが入ってくる。
「ディア、もういってしまうのですか?」
「ええ……。あまり残っているとお別れが辛くなりますから。陛下も……いえ、アンジェからも宜しくお伝えするようにと」
「お二人とも、いつまでもお達者で」
「ありがとう。貴方にも祝福を」
ひとしきり思い出話を咲かせた後に、突然、ディアが切り出した。
「貴方はまだあの子のことが好きですか?」
「ななななな、なんで貴女にまで!」
「答えてください、ルヴァ」
「アレくらいで嫌いになれるのであれば最初から好きになってませんよ…」
まさか、ディアにそのような問いをされるとは思ってもみなかったルヴァは、真剣に尋ねられて、つい本当の思いを打ち明けてしまう。
ディアは女王候補だったときと同じ懐かしい無邪気な微笑を見せながら言った。
「女王の間にいくつか抜け道があるのはご存知でしょう? アンジェリークは即位式の夜は女王の間で過ごすはずです。貴方にこれを差し上げます」
そういって鍵を渡してくるディアに、ルヴァは慌てる。その鍵が何を意味するのか知らない男ではなかった。
「あー、ディア。私は既に振られているのですよ」
「知恵を司る地の守護聖様がアンジェの真意が判らないとでも?」
「……判るから嫌いになれないのです」
「でしたら最後のチャンスですわ」
「参りましたねぇ…」
頭を抱えていたルヴァだったが、やがてディアから鍵を受け取ると決意をこめて告げた。
「頂きます」
その言葉に、ディアは微笑んで。
あの子を救ってあげて、と聞こえたのは自分の都合の良い妄想か。
しかし、決意してディアを見つめると、あながち間違いじゃないような気がして、ルヴァはがんばってみます、と頷いた。
即位式が終わったアンジェリークは明かりを落とした女王の間でただ独り佇んでいた。
闇から人影が現れる。
衛兵を呼ぼうと声をだそうとするが僅かな月明かりから見知った人物を確認できたため、その人物の名前を呼んだ。
「ル、ルヴァ様!?」
「こんばんはー…」
「どうして、ここに…」
「私は貴女が…」
「!」
「貴女が思い悩んでいることは知っていました。だけど私は自分の気持ちに折り合いをつけるのに必死で、それに気付かないフリをしてました。貴女が宇宙を――私を救ってくれたんですねー」
「……」
「よく笑う貴女に、笑顔が見えなくなったのはいつからでしょうか」
「ルヴァ様…」
「私の隣で明るく微笑む貴女が好きでした。できれば私だけの天使にしたかった。だけど、そんなことをすれば宇宙は崩壊してしまう。恋に狂った愚かな私にはそんな簡単なことも判らなかったのですね」
「ルヴァ様、ごめんなさい…私の選択で傷つけて…」
「いえ、いいんですよー」
うんうんと頷いて、謝るアンジェリークの頭を撫でてやる。
穏やかな春の海のような瞳に強い光を宿して。
「しかし、アンジェリーク」
「……?」
「愚かな男の話の続きを知りたくないですか?」
「え?」
「結末は選べますよ。……愚かな男は至高の存在となった天使に再び愛を告げます」
「そんなの無理だわっ」
「宇宙の危機は去りましたよ」
「だけどっ!」
「貴女が望めば、なんだって叶いますよー。貴女の望みを聞かせてください」
私の望み…と呟くアンジェリークの肩をルヴァは優しく抱きしめる。
今度は拒絶されることなく受け入れられるそれにルヴァは内心ほっとする。
小刻みに震える小さな身体から、張り詰められた力が抜けるのが判る。
「……ルヴァ様と一緒にいたい。……傍にずっといたいです」
「あー、やっといってくれましたねー。アンジェ…私も同じ気持ちです。たとえ、この先どんな困難が待ち構えていようとも、これからは私が貴女の盾となり守ります。なのでどうか、この先も、私と一緒に……」
「はいっ! よろこんでっ」
久しぶりに戻ってきたアンジェリークの笑顔にルヴァも同じように微笑むと、隙間ができないほど強く抱きしめた。
256代神鳥の宇宙女王にて新宇宙の初代女王アンジェリーク。
彼女の治世は、歴代の中でも大きな事件に巻き込まれることが多く、数多くの史書ではその事件の数々が記された。
しかし、項目の末尾には、歴代の中でも揺ぎ無い力に溢れ、光り輝いた治世だったと語られる。
歴史書のごくわずかに一部であるが、このような記述が記されていたという。
256代女王アンジェリーク。彼女の傍らには、常に地の守護聖の青年がいたという。
257代女王への交代後、彼女と青年は同時に姿を消した。
fin.