「ここにいたか」
馴染みのある声が聞こえて。
私は寒さと疲労で強張っていた顔を緩ませると振り返った。
「三日月、今日は馬当番だったのかい?」
長引いた戦いを終えて共に駆け抜けた馬を厩に納め飼い葉を与えていたら。
三日月宗近が厩の扉を開けて入ってきた。
私の記憶では三日月は今日は畑当番だったと思うけれど何かの都合で交代したのかもしれない。
彼は手ぶらで世話をするための道具も見えず、普通の内番服だ。
そう思って尋ねたのだけど……
「いいや、お前を探していたんだが。燭台切が石切丸であれば厩にいるというのでな」
ここへ来た理由を告げる三日月に私は首を傾げながら問う。
「私を?」
先程まで同じ部隊にいた光忠さんが私の行方を三日月に告げたようで、私を探していた三日月はここへ来たらしい。
しかし、私と三日月は同室だ。部屋で待っていれば会えるだろうに、わざわざここまで来る理由が分からない。
「疾くお前に会いたかった」
隣にゆるりと立ちながら告げる三日月に私は嬉しくなって応える。
三日月の真っすぐな愛情表現は私にとってとても大事なもので、それをこの様に惜しみなく与えられるたびに神に捧げられたということも忘れそうなほど彼を愛おしいと思ってしまう。
「私もだよ」
少しの罪悪感を抱えながらも自らを欺くことができずにそれを返せば。
三日月は花が綻んだ様に笑むと私との距離を更に詰める。
冷たくなった手が当たった。
真冬だというのに外套も着ずに外を走ったのだろう鼻先が赤くなっている三日月に私はいつものように世話を焼く。
「ああ! ……こんなに冷えて」
先程まで動いていたものだから割とこの身は温かく、冷え切った三日月の両手を私の両手で包んで温めてやる。
三日月は年のせいか(私もそう変わるわけではないのだけど)寒がりだ。
そんな彼が私に少しでも早く会うために、この寒空の下駆けつけてくれたのだ。
その彼を労わずにいられない。
はにかみながら私に手を差し出していた三日月が言う。
「先程まで雪が降っていたんだが……お前とみようと思ってたんだが止んだな」
「雪?」
「そうだ、雪だ」
それは珍しい。
我が本丸の審神者は寒がりで日々の季節を愛でることなく桜舞う景色を気にいっていたから。
例え、現世の季節が冬であっても桜舞う日があるくらいで。
この身を得てから雪化粧された本丸を見たのは数えるほど。
「石切、もうすぐ肉の身を得て一年になるぞ」
「うん?」
急に変わった三日月の話に疑問符を浮かべながらも緩く頷く。
三日月の冷えて白かった手に自然な赤みが戻ってきた。
だがまだ冷たい。
「二度目の冬だな」
「私たちが呼ばれたのは春だよ」
「この身を得て暦より実際の四季の方が大事だと気付いた」
確かに……私たちがこの本丸に呼ばれたのは暦の上では春だったけど寒い日で、本丸の案内が終わって与えられた部屋に戻った後でしきりと寒がる温室暮らしの三日月のために、その手足を温めてあげたものだった。
そのときは同じ巡りで呼ばれた、同じ刀派の仲間でしかなかったのに。
三日月と共に過ごす日々の中で抱えた想いを抑えきれず告げ、妖しの恋なれど叶った。
物として生じてからのことを考えると、たった一年も前のことでもないのにやけに懐かしく感じてしまう。
そんなことを考えながらあの日のように三日月の手を温め続ける。
三日月が顔を天に向けた。
「雪だ」
「あ……」
私の頬にもふんわりと冷たいものが乗って水となる。
降り出した雪に空を見上げる。
ああ、本当に雪だ。
視線を落とすとゆっくりと舞い落ちる雪が三日月の上に降っていた。
はらはらと舞う白い雪が彼の長い睫毛に乗り溶ける。
水を含んだ睫毛の黒が深くなり、彼特有の月を含んだ眼が更に強調される。
しばらく見惚れていたけど三日月の声で我に返った。
「来る年もそのまた明くる年も共に居たいなぁ」
「そうだね……」
常日頃感じている想いを彼も抱いていると口に出されて、身は冷たくなっていくのに内は温かくなっていく。
「しかし、愛しいという想いがこんな難儀なものとは思わなかったなぁ……」
三日月の小さなつぶやきが聞こえた。
堪らなく心の臓を掴まれたような心地になったけれど。
何も言わず私の手の中にいた彼の手を強く握り直す。
三日月の手も私の手を強く握り返してきた。
すべてが終われば離れ離れになる定めだと二振りとも分かっていたけれど、
せめて今少し、この時間が続いているうちは、
共に在りたいと私は珍しく己の願いを神に祈った。
その夜のこと(大人だけ)