目醒めてすぐに隣を探す。
指先に触れるのは冷えた布の感触のみ。
共寝する刀が昨夜より遠征に向かったことを思い出し、吐息を零す。
新たに開放された地区には身体の大きな刀たちが向いてなかったからか、短刀、脇差たちが借り出され、その他の刀たちは内番や遠征部隊に回されていた。
特に第一部隊(だいいいっせん)で活躍していた大太刀は上がりきった能力と高い錬度ゆえ遠征に回されている。
それは太刀三日月宗近の同室の大太刀石切丸も同じだった。
乱れた寝巻着のあわせもそのままに天を見つめ想いに耽る。
顕現してから暫く経つ。
本丸の中では古参ともいえぬがそれなりに長くなる。
世話をしてくれる刀は今では多くなった。
それでも褥の中で三日月の衣に触れるのはただ一振りだけ。
その刀さえいればこれも直してくるのだがと三日月は薄く笑った。
誰も居ぬ隣に寂しく思い、いつも居る刀を反芻する。
自らに笑いかける仕草、短刀(こども)に向ける柔和な笑み。
厳かな神への祈りの声、褥での少し切羽詰ったような囁き。
三日月の支度を手伝う柔らかな手が岩をも断つような打撃を生み出すのは何度見ても見惚れてしまう。
動作は遅いが頼れるあの背や戦化粧を落としたあどけないかんばせ。
そうだな。戦で剣を奮うときの荒ぶるあの目が良い。
三日月は順繰りに石切丸を瞼の上に思い浮かべては誰もいないのに頷いていた。
同じ生まれの刀は他にもいる。
ただ強い刀、ただ美しい刀であれば他にも識っている。
心を許す刀とて数は少ないが他にもある。
共に在った期間であればこの刀たちのほうが遥かに長いというのに、
たかが肉を身を得ただけでこのような感情が芽生えるとは。
不思議なものだと三日月は一人ごちる。
喉に触れて。肉のこの身に触れてほしいのはただ一振り。
三日月は石切丸が触れたことのある自らの部位を辿っていく。
瞼に唇。頬から首筋にかけて。
途中で気づいて自らに呆れてしまう。
石切丸が己の身体で触れたことがない箇所がないことに。
残った心さえも触れ合っているのではないかと思いながら、愛された痕跡を辿ってしまったことに気づく。
それに伴い石切丸との閨事を思い出し頭を抱えてしまう。
欲を覚えてしまったが、それを散らすことのできる刀の帰還は明日のはずだ。
一刀でしたことはなかったがこのままでは眠れそうもない。
明日も恐らくいくさにでることはないだろうが、そろそろ遠征に当たるかもしれない。
睡眠不足で刀を思うまま振るえぬのもかなわん。
肉の身の不便なところは欲を抑えきれないところだと思いながら、三日月は上体を起こした。
寝巻きの帯を解き開放する。
側面から緩くまらを握り込むとやわやわと擦る。
それだけでも血が集まりはするが足りない。
三日月は石切丸の手を思い出して、自らの指で円を作り上下に動かす。
少しきつく裏から頭のほうへ押し出してやれば立派に反り返った刀身がみえる。
丸い先の部分を石切丸がするように揉み込めば知らずに声が上がる。
「ふぅっ、やっ…」
溢れ出る先走りを掬いながら更なる高みへ昇るために、己の窪まりへと指を這わす。
何度も情刀により愛されたそこは赤く盛り上がっている。
本来出す器官のそこへ指を一本挿しいれた。
器官のほうは慣れているとはいえ、己の指を入れるのは初めてだ。
いつも指などとは比較できないくらい大きな太刀を受け入れているにも関わらず、動作は緩慢なものになってしまう。
その動作がまたあの刀の速さを思い出して胸が想いで溢れてくる。
身体も連動するのかいつもの大太刀を待ち侘びるように三日月の二本目の指を飲み込んでいく。
「はっ、あぁ…んっ!」
三本の指で中を掻き回すと腰が揺れる。
しかしその腰を抑えて更に快楽へ落とそうと突くものは今はいず。
漏れる声を吸うように合わされる唇も、
後ろから包んでくれる温かな胸も、
紅のように染まった胸の飾りを弄ぶ指も、
すべてない。
恋しい恋しい恋しい。
物だった頃には覚えたことがない感情を持て余すのは初めてではない。
初めてではないが溢れ出る感情に抗いきれず、手は欲を満たしながら眼と心は涙を流す。
「おや?」
「い、石切丸!」
そっと開けられた襖に気付かなかった。
少し疲れた様子の石切丸がぽかんとした表情で立っている。
「おぬし奥州にいったのではなかったのか?」
「いや、本能寺だよ。朝に長谷部殿が言ってたのを聞いてなかったのかな?」
石切丸の返答に三日月は近くにあった布団に潜り込む。
ここの所、自らの出番がないため朝の集まりでの当番の宣告時には夢現だったとはいえない。
布団の中に隠れてしまった三日月に石切丸は軽く笑うとその上から覆い被さった。
急に重みを感じて三日月は慌てる。
「何をする!?」
「可愛い背(恋人)の痴態を見て平気な男がいたらそれはそれで感心するね」
言い訳のできない場面をみられてしまったことに気づくが、石切丸の誘いは吝かではなく。
「私が帰るまで我慢できなかったかい?」
無言で口篭る三日月の布団を剥ぐと石切丸は笑って三日月を直接抱きしめた。
いつもの温度を感じて。温かい。
もう冷たさは感じなかった。
「おぬしのことを考えたらああなってしまった」
そう石切丸の耳元へ囁くと石切丸の三日月を抱く力が強くなる。
「石切?」
「どうして君は! あぁ! もうこんなになってしまったよ……責任をとってくれないかな?」
そう熱くなったものを押し付けられて、三日月の喉が鳴る。
「はははっ、責任はとろう」
そう応えて石切丸の唇を舐める。
求め求められるまま互いの口を吸う。
「宗近、私の宗近…」
石切丸の睦言に幸せを感じる。
夜が明けるまであと何度愛し合えるのかと石切丸の口付けを受け入れながら三日月はその首へ腕を回した。