花が綻ぶとはこの様なことかと思った。
この本丸に呼び出されて早一年。
巡り変わる四季折々を鉄の身ではなく人の身で体験し、この器にも随分と慣れた。
始めは石切丸わたしを振るうのにもまごついたこともあれど、今は往時にかつての主たちが私を振るったときよりも馴染んで使いこなしていた。
練度もあがりきり、まだ経験の少ないものたちを優先して戦に出すため、こうして小春日よりの暖かな日差しを浴びて本丸で待機していた。
「なんだ? また小難しいことでも考えているのか」
「三日月……」
隣で茶を啜るのは同じ刀派の三日月宗近。
鋼であった頃には残念なことに合間見えたことはなかったけれど、あの日、共に呼び出され、日々の行事を共に過ごすうちに同じ形であるというのに情けを交わしてしまった。
そこに後悔などという思念はないけれども。
物である私は幾重も年を重ねて神になり、何かを得、そして失うことには慣れていたけれど、隣にいる三日月を失うことは考えられないくらいの感情を今では持っている。
私の反応が鈍いせいか、三日月は苦笑いしながら団子が乗った小皿をこちらへよこす。
三日月も私と同じく練度があがりきり、本日は非番だ。
庭に生える桜の下に敷布を起き、花見と洒落込んでいた。
お酒を用意してくればよかったと私も湯飲みを手で弄びながら団子を手に取った。
「しかし、美しいな」
三日月が前方の桜をみやると呟く。
審神者が入れ替えた春の景観の桜は確かに見事で、古くから花を見続けてきた我らにも花を愛でるということはこのようなことかと実感させる。
私は三日月の言葉に首を縦に振り笑いかけた。
三日月が天に手を翳かざす。
逆光でよく見えなかった三日月の顔が急によく見えた。
濡烏ぬれがらすのような睫毛の奥に鮮やかな青の虹彩と月。
白磁のような顔かんばせが陽光に照らされ、その美しさを際立たさせている。
そのとき、丁度柔らかい風が吹いた。
春の風に揺さぶられた桜の花びらが舞ってハラハラと散り落ちてくる。
藍と桃。
対照的な色彩が私の目まなこを覆い尽した。
ああ……なんと美しいのか。
「見事だ」
やや興奮気味に呟いた三日月の声を聞いた私のときは止まる。
抱えた思いを見透かされたようで。
「どうした? 石切?」
首を傾げて尋ねる三日月に私は思わず告げてしまう。
「いや、君があまりにも綺麗で……」
口に出して、らしくないことに気付き頬を掻く。三日月は確かに美しいけれど、同じ三条。顕現した姿は異なれど鋼の身は私と三日月二振りよく似ていた。
「あはははっ、やれおかしなこという。はははっ」
笑い続ける三日月に己の失言を恥じる。
「もう! 君に綺麗だなんていわないよ!」
私の台詞に三日月の笑いが止まった。
「別によかろう? 事実、俺は美しい」
「それはそうだけれど……」
三日月が私を見る。
「俺は花でも女子おなごでもないが……お前に愛でられるのは好きだ。おぬしに愛でられる容色でよかったと思うぞ」
そういって三日月は私をみると幸福そうに笑う。
周りの空気をも変化えるその笑みに私は……花が綻ぶとはこのようなことなのかと思った。
刀としてはただしくない思いなのだろうけれど、こんなたわいもない時間が幸せなんだと、いまだに肩を震わせて笑う三日月の肩を抱くと自分の方へ引き寄せる。
三日月は素直に私の方へ身を寄せた。
鉄の身では感じなかったその温度を感じながら、私は私の花を愛でるため、そっと目を閉じた。