蝉の音がうるさい。
大石は開けた窓から入ってくるムッとした空気に夏を感じて目を細めた。
「あっちぃよぉ!」 「仕方ないだろ? 夏なんだから」
菊丸が漏らした言葉に大石が返すと菊丸が苦味を潰したような顔をして汗を拭った。
水槽に向かってペタッと張り付く菊丸をみて、大石は涼を取りたい気持ちはわかるが後のことを考えるとやめてくれと思う。
魚たちから英二をみたらどんな感じだろう。
英二と過ごすようになってて、三周目のアツイ季節。
テニス部の仲間たちはプールに連れ立っていったり、空調の整った部屋や図書館に集合して宿題をしていたが、大石は菊丸と自室にいた。
こう暑いとぼうっとするが、そこは友の手塚がよく言う心頭滅却すればなんとかと思いながら大石は耐えていた。
相変わらず菊丸は水槽にペタペタと顔や手、腕までつけている。
水槽の温度が高くなりすぎやしないだろうかとか、英二の汗塗れになったガラスを掃除するのは俺なんだけど、とか思うけれどそれを口には出さない。
よほど暑いのかぐったりと水槽にもたれる菊丸を見ながら大石は魚たちへの影響よりも菊丸の涼みを選んだ。
不二あたりが知れば、大石は英二に甘すぎるよね、とでも言われるだろうけど。
スタミナのない菊丸は暑さにも弱く、特に暑い今日はずっとこんな風に溶けている。
そういや、英二は昨日桃たちにプールに誘われていたな。プールに行けばまだ気は紛れただろうに。
大石はそう思ったけど、菊丸は一年二年たちのようにプールにいくわけでもなく、不二たちと宿題を進めるでもなくこうして大石の部屋にいた。
「うー、でも暑すぎっ!今からこれだとヤバくね?」
そう叫ぶと菊丸はTシャツを捲り上げて、テニスでついた濃い日焼けとプールの授業で焼けてしまった薄い茶の微妙なコントラストを見せながら裾をはためかす。すっかり夏男だ。
いつもよりちょっとヘンな気持ちになるのは暑さのせいか。涼しさを求める菊丸に大石は笑いながら提案する。
「そうだ、英二。少し待ってて。冷たいお茶でももってくるから」
視線で頷いただけの菊丸に、参ったなと頭を掻きながら大石は部屋をでた。
自室の空調の調子が悪いとは伝えていたけれど大石の家に来たがったのは菊丸の方だ。
こうなることが分かっていて了承したのは自分だけど。
大石は台所に向かった。
母親は妹を連れて夕食の買い物に出ており台所には誰もおらず、戸締りのされた台所は地獄のような暑さで大石は素早く二つのグラスに氷と母親が用意してくれていた麦茶を注ぎ、氷が溶けぬよう足早に自室へと戻った。
◻︎ ◻︎ ◻︎
「英二、ほらっ」
菊丸の頬へ冷たいグラスを触れさせれば、パチリと目を開けて涼を楽しむ姿が見られる。
悪戯に硝子を揺らせば、それに合わせて菊丸の顔も揺れる。
その様がおかしくて笑うと手元が少々狂い、跳ねた茶が菊丸の顔にかかる。
その冷たさも心地良いようで菊丸は剥れることもなく笑った。
どうやら回復したみたいだな……
大石はほっとひと息つくとグラスの一つを菊丸へ渡し、自分の分のグラスを机上に置いた。
カランと氷とガラスが触れて音が鳴る。
冷たいグラスには室温との差で水滴が浮かび始めてる。
「おおいし…」
水槽の横でまだTシャツの裾を遊びながらグラスを揺らして自分を見つめてくる菊丸に大石の喉が鳴る。
風を得るため開け放たれた窓の先からは強い日差し一筋と遅咲きの梔子の甘い香りがする。
「ね、大石…」
促された大石は菊丸の方へ進む。
大石は菊丸のグラスの氷を茶ごと口へ含むと菊丸の口へと舌を使い渡す。
菊丸も応えるように舌でそれを奪いとっていく。
氷は二人の熱で水となり茶と混じり、菊丸の喉を潤した。
氷が完全になくなってからも菊丸の舌は大石の口腔を探り、その冷たさを大石へ伝える。
ずんずんと進んでくる舌を大石も夢中で追いかける。
菊丸の持っていたコップが揺れてフローリングが少し濡れた。
まだだ。
大石は菊丸の体を引き寄せて、今度は逆に菊丸の口内を貪っていく。
二つの舌が元の温度に戻るとやっと大石は口を離した。
菊丸がコップを床に置いた。大石は咎めず、菊丸を抱き寄せる。
「大石のせいで余計に暑くなっただろ……へへ、責任とってよ」
ニシシと笑って手を伸ばしてくる菊丸に大石も手を伸ばすと菊丸を抱えながらベッドのほうへ転がす。
「……こりゃ大変。責任はとらなきゃな?」
大石の返事に菊丸は満足そうに笑うと大石の首に手を回す。菊丸は刈り上げられた大石の首裏を撫でた。
何が楽しいのか菊丸はただの友達だった頃から二人きりになるたび、大石にペタペタと触れる。
菊丸の指が大石の耳朶まで進み、耳裏を撫でる。普段からそこに髪がかからない髪型にしているのはそこに触れるものをなくしたいせいだ。
そこがウィークポイントだと英二に知られたのはいつからだろう?
ゆるゆると撫でられて。
「あッ…英二……」
英二に弱点を探られて欲情してる。
自分に見えない首筋は真っ赤になってるんだろうなと大石は気付いて頬を染めた。
「大石、可愛い」
菊丸がそのまま首にしがみつき、大石の顔を引き寄せる。
今度は熱い舌が菊丸の口内を探ると菊丸もそれに合わすように自らの舌を動かす。
いつのまにかセミの音は止んでいた。
近くに聞こえるのは互いの心音と吐息と舌の絡み合う音。
温い体液が唇の端から漏れるのも気にせず、ただ舌を交じらせる。
大石が菊丸の横髪をかきあげると何かを堪えるように閉じられていた菊丸の眼が開く。
大きな目がさらに開かれて豊かな睫が汗に濡れ、瞳を揺らしている。
英二が男だとは分かっているし、ましてや女の子の代わりだとか思っていない。
世の中ではまだまだ認められ辛い関係だと分かっているけど。
菊丸を見てドキドキとしきりと大きな音を立てて脈打つ心臓を抑えて。
本当にこんなに人を好きになったのはこれが初めてで、愛の中に欲望があることを比喩でなく知った。
大きな菊丸の眼に映る自分の淫らな表情に目を逸らせば、自分と同じ表情の菊丸がいて、大石にいい表せない衝動が走る。
菊丸と肌を重ねるときのこの衝動を大石は恐ろしいとは思う。大抵のことであれば自制が効くと自覚はあるけどこれには全くそれが働かなかったから。
キスだけで主張し始めたモノをわざと腰を上げて大石に当ててくる菊丸に、大石はその腰を抱くと一気にトランクスごとジーンズを脱がす。
シーツが汚れぬようベッドの宮からタオルを引っ張り出して敷く。
ぷるんと飛び出た菊丸の性器を右手できゅっと包めば菊丸が大石の胸を軽く叩いてくる。
ゆっくりと撫で上げれば耳元に聞こえる愉悦の声。
一度イかせようかと菊丸の裏の敏感なところを撫でる。先走りでべとついていた竿を緩急をつけて擦り上げた。
先も丹念に擦れば、拳を作っていた菊丸の手は開放されていて、震えながら大石のシャツを掴む。
いつもより追い上げるペースが速いようだ。大石もそんな菊丸にかなり興奮していた。
「はぁ…っ、やだ大石! ぁあ…っ!」
英二がイった。
大石は手に吐き出された菊丸の体液を指を動かして絡める。
吐き出した後特有の気怠さに包まれてる菊丸は胸を上下させて視線はどこかに飛んでいる。
タオルに余分なモノを吸い取らせつつ、汗ばんだ皮膚が当たる感触を楽しみながら、尻を揉んでいく。
中心の窪まりまで辿り着くと拭き取らせただけでは間に合わないのか。そこは菊丸の放った精液が滴り微妙に濡れていて、残った白濁を潤滑剤代わりに揉みこめば、菊丸の孔は大石の指を二本併せて飲み込む。
大石はそこを慣らしながら自分も下着ごとジーンズを脱ぐと手を止めて、菊丸を抱きしめた。
菊丸の視線が大石に移る。
「英二……好きだよ」
まだこういう時に素直に想いを告げるのは少し恥ずかしく顔も見ずに菊丸の耳元へ囁いて、自分の胸に当たる菊丸の赤い突起を唇に含んで、慣らしを再開させる。
大石が自分に縋り付いていた菊丸の手がなくなったことに気付いて顔を上げると、外気以上に火照った顔を手で覆う菊丸がいる。
その手を優しく剥がしてまたキスを降らせば、いつもの無邪気な声ではなくてくぐもった声で返ってくる。
「俺も…俺もすき」
「英二は本当に……」
「?」
「可愛い」
「……バーカ」
もう少し蕩けさせてからのつもりだったが我慢のできなくなった大石は、菊丸をそのまま己の腰に跨らせると重力の重みで下がるそこを一気に貫く。
物理的な痛みを堪え切れなかったのか大石の腰に菊丸が爪を立てる。
「いっ……あっ! ぁあんっ…ッ!」
自分の汗ばんだ皮膚に薄く赤い血が滲むのをみても大石は不愉快に思わず。痛みに顔を顰めることすらなかった。
それどころか逆にテニスでポイントを決めた時のようなあの高揚感がして、嬉しく思うくらいで。菊丸のそこが大石に慣れるよう入れたままじっとしてると、息を吸っていた菊丸が大石の腰を撫でて催促をする。痛みを耐えていた顔が赤く染まり何かを欲しがっている。大石はこの合図のような顔をいつ覚えたんだろうと思いながら、自分も菊丸で覚えた腰遣いで動き出した。
汗が伝う。ただでさえ暑いのに繋がった部分が熱を帯びているというのに、大石が動くたび、別のモノで濡れていく。
「ァ…あ、んッ…」
「英二……英二ッ!」
□ □ □
ぼうっとしてたのが原因か、コンドームやローションも使うことがなく、いつもよりも現実感がなく終わった行為の後、菊丸が眼を閉じ出す。
「英二……もうすぐ母さんたちが帰ってくるから」
拭える部分は拭って服を着せたけど、窓を開けているとはいえ、二人分の事後のニオイは濃密で解消されるまでにはしばらく時間がかかるだろう。
「うー……オレちょっと寝る」
まだ夕方なんだけどと続けると菊丸は瞳を開け、きょとんとした表情で返す。
「出したら眠くなるんだからしょうがないだろー?」
菊丸はそういって大石に凭れかかり、すぐに寝息を立てだした。
先ほどより気温が少し下がったとはいえ、これは暑い。
暑いといっていたのは誰だったと大石は溜め息をひとつ吐いた。
カラン
頭の上の方から氷が溶けて崩れた音がして、大石の頭に、後ですっかり生温くなった麦茶を飲みながら菊丸と笑いあっている場面が思い浮かぶ。菊丸を夕飯までは寝かせてやろうと考えた。
暑い……暑いけど幸せだ。
完全に眠ってしまった菊丸を抱きしめながら大石も目を閉じた。
どうか母親が部屋を開けることが無いように祈りながら。
そんな夏の日の午後。