少し強くなった初夏の日差しが射す外廊下を歩いていたら、妙な呻き声を聞いた。
まだこの本丸に迎え入れられてから僅か二月ばかりだった石切丸はその声のする部屋への襖を開けるかどうか一巡する。
しかし、歴史修正者をすべて討つか途中で鋼に戻るかしない限りは仲間のことではないかと長年の神社ぐらしですっかりと『人』臭くなっていた石切丸は小さく踏み込むと襖を開けた。
そこに見えるのは浅葱色の特徴のある白の文様が入った羽織から、確か名を大和守安定といっただろうか?
石切丸は本丸にいる刀剣男士たちの特徴を思い出す。
そうだ、確かに大和守安定だ。
内番や食事のときくらいしか関わりのない刀に石切丸は少し控えめに尋ねた。
「大和守安定殿…?」
卓袱台へ臥せっている安定は未だにうなされており、その目元には小さな水滴がみえる。
「沖田くん……」
目覚めさせて良いのか判らなかったが石切丸とて己がみてきた歴史以外は『知ら』ない。
沖田という者が何者かも知らぬが、このままでは辛かろうと石切丸は安定の肩を強めに揺する。
「大和守安定殿? 大和守安定!」
流石に剛健の石切丸に揺さぶられた安定は目を開ける。
「おきたくっ!」
安定は顔を上げた拍子に移った影の着物に縋った。
石切丸は目を開いて驚くがその手を解かず。
安定は石切丸をみると瞳を数回ぱちくりさせて夢から覚めた。
「い、……石切丸さん?」
「ああ、うなされていたようだね」
石切丸は卓袱台に置いてあった水差しから空になっていた湯のみへぬるくなった水を注ぐと安定へと渡した。
「どうして……」
「外廊下まで声が聞こえたものでね」
安定は眉を顰めたが、身内の刀へいうようには毒づけない。
相手は自分より後から顕現したとはいえ今では立派な一軍の大太刀石切丸だ。
主の信頼も厚い。
「もう平気かな?」
「……ありがとう。もう大丈夫」
水で喉を潤し落ち着いた安定は石切丸へ礼を述べる。
石切丸はそれに頷くと襖に手をかけて部屋を出て行こうとする。
その背に安定の声が振った。
「あー石切丸さん、内緒にしてくれる?」
主や他の刀たちにこのような話を暴露されると格好がつかない。
特に加州清光に知られるのだけは勘弁してもらいたい。
石切丸は笑んで答える。
「可愛いね、子猫ちゃん」
そういうと襖が閉まって。
安定は、いつもの自分の台詞でからかわれたことに気づいた。
「首落ちて死ね!!!!!!」
雄叫びを上げた安定の声に、加州清光がやってくるのはこの後すぐのことであった。