あの時の私がもう少し彼女のおかしな様子に気付いていれば……
あのような決断なんてさせずにすんだのに、
そう考えると今でも心が痛みます。
Desire
その少し前から彼女はおかしかった。
二人きりでいても、元気が無くて。
しかし、自分の想いを自覚し、その想いを飲み込むのに必死で、ルヴァはその様子に気付かなかった。
舞台は湖。
誰もいない二人きりの絶好のチャンスとルヴァは語りかけ始める。
逆光のせいかアンジェリークの表情は見えなかった。
「女王としてでなく、私と一緒に生きていく道を選んでくれませんか?」
「ごめんなさいっ」
「…このまま貴女のこと好きでいていいでしょうか」
「やめてください! め、迷惑なんですっ」
先日までに見せた顔と正反対の氷のような表情と言葉に貫かれる。
あの温かで幸福な日々は何だったのでしょうか。
「そ、そうですか…今日はもう帰りましょう…送りますね」
「一人で帰れますから! さようなら!」
そのまま、駆け出していく少女を繋ぎ止めることすらできずに、
振り払われた手を伸ばしたまま、ただただ固まっていた。
「ゼ、ゼフェル!?」
「よ、よう…」
タイミングが悪かった。
ルヴァは人気が無いことを確認し、アンジェリークに告白したと思っていたが、
偶然裏の木の上で、ゼフェルが寝ていた。
ゼフェルだけじゃなかった。
麗らかな日曜日である。
一般人の飛行都市の市民たちもルヴァたちからは四角になっていた木陰で休んでいたりしており、突如始まったルヴァの告白劇の遭遇者はかなり多かった。
それに気づき、羞恥に固まって石のようになってしまったルヴァをゼフェルは慌てて固まったままである師の執務室に引き摺っていった。
「私の想いは迷惑だったんですねー…」
「お、おいっバカッ! ルヴァ、泣くな!」
執務室の端に大きな身体を丸め、膝を抱えてうずくまっている。
いつもであれば、鬱陶しいと邪険にするところだが、衝撃の現場に居合わせてしまった今日はそういうわけにもいかず、話を聞いてやる。
「うぅ…アンジェは私にとって、いつも新しい知識と感動をもたらしてくれる天使だったんです」
「天使のような女があっこまでこっぴどくオメェを振るかよ…」
実はゼフェルは最初から聞いていた。
ルヴァの告白初めには『オッサンやるじゃん』とルヴァを見直し、アンジェリークがその想いに答えたときには姿を現してからかってやろうと木の上で様子を伺っていた。
「しかし、わかんねぇな」
「?」
「オレから見てもよ、オッサンとアイツはイイカンジだったんだぜ…」
「ありがとう、ゼフェル」
力なくなんとか笑みを作るルヴァにゼフェルもどう慰めたらいいのか判らず、肩を叩いてやる。
片想いだったとはいえ、恋に溺れているうちは幸せだった。
急に失われてしまった存在に、半身を失ったような、なんとも満たされない気持ちを抱えるルヴァが呟く。
「やはり私じゃダメだったんでしょうかねー…」
ゼフェルはなんといっていいのか判らず、一人で泣かしてやろうと席を外した。
アンジェリークがルヴァの告白を拒否したことは、細やかな機微に疎い風の守護聖でも知るくらいに広まっていた。
年若い守護聖たちには先週までは仲良しだったのにとか、中堅の守護聖たちの間では合点のいいかない様子で、
年長の守護聖たちはあまりそのようなことが興味がないらしく知っているのかわざと話題にしないのか、ルヴァには何もいわれなかった。
アンジェリークはあれ以来ルヴァの元を訪ねてこず、それもルヴァの喪失感を拡大させた。
今日もエリューシオンへ力を注ぐ。
想いが通じなかったとはいえ、まだ好きなアンジェリークを想い、ありったけの力を。
その成果を確認し、微笑む。
次の日、執務をしていると聞き覚えのある懐かしい足音が聞こえて、うれしくなる。
「アンジェ! きてくれたのですね」
「ルヴァ様、エリューシオンにサクリアを送ってくださいましたね…」
恨みがましい視線でみつめてくる想い人に、何か悪いことをしたのかと考えるが思い当たらず、困惑する。
「やめてください! 本当に迷惑なんです」
「わ、判りましたよ…」
ルヴァが力を贈るのを止めてもエリューシオンは順調に発展し続けた。
ついに、中の島にエリューシオン側から建物が建ち、
そして奇跡は起こった。
女王とアンジェリークの手により宇宙は無事に転移し、宇宙の危機は去った。
「アンジェリーク、本当に良かったのですか?」
「いいんです、ディア様。あのとき、判ったんです。……私が女王にならないと宇宙が…みんなが…ルヴァ様も…」
アンジェリークがルヴァをこっぴどく振り、そのまま拒絶し続けていることは、ルヴァの告白の場面でギャラリーがいたために聖地に瞬く間に広がり、知らぬものが無かった。
「私はとても酷いことをしたのにルヴァ様ったらエリューシオンにサクリアを注いで下さるし、そんなに私を女王にしたいならって」
「だけど何故あんなことを…」
困った顔をしたアンジェリークだったが、やがて口を開いた。
「試験中にクラヴィス様と女王陛下の話を聞きました」
「アンジェリーク!」
「私、ルヴァ様に引き摺ってほしくないんです。ディア様は思いませんでした? 陛下はなんて…なんて残酷なことをされたんだろうって」
「……」
「ルヴァ様と…私との未来は無くなるけど、これでルヴァ様の未来が無くなるわけじゃないって」
「アンジェリーク…」
「この先、あの方の傍で笑っているのが私でなくても、あの方が生きているだけで…私はそれだけで…っ」
「辛い選択をさせましたね」
そういってディアに抱きしめられたまま、アンジェリークはその頬を濡らし続けた。