「気付いたか?」
眼(まなこ)を開ければそこには月が見えた。
いや、違う。
「三日月?」
「なんだ、まだおかしくなっているのか?」
私の目の前で三日月が手を振る。
ぶれて見えていたそれがくっきりと輪郭を持つと思い出した。
どうやら私は畑当番中に陽の当たりすぎで倒れてしまったらしい。
「俺がいうのもなんだが、おまえは少し着込みすぎではないか?」
三日月の指摘に困ってしまう。
言われなくても自覚はある。
本丸は真夏の盛り。
一歩外に出れば思わず手で顔を覆ってしまうほどの光が溢れている。
刀だった時分は気にすることがなかったけれど、四季とは酷なものだ。
夏は暑い。
これでもこの暑さを体感してから、着物の素材を変えたんだけどな。
しかし、御神刀たる私が着物を気崩すことは他の御神刀たちが平然としているのに拙いのではないかと思い、内番の装い一式は変えないままであった。
とはいってもこの姿じゃ説得力もないか。
「まぁ良い。審神者と近侍(かしゅう)にも報告済みだ。ゆっくり休め」
おそらく私と三日月二振りの休息が許されたのであろう。
そういって三日月は手に持った団扇うちわで私の元へ風を送ってくれる。
風があると体感温度というものは下がるようで、そよそよと送られる風の心地良さに私は思わず目を閉じて――
そうだ。
「三日月」
「うん?」
「お願いがあるんだけど良いかな?」
◇ ◇ ◇
「こ、このような……暑くないか?」
呆れているのか照れているのかよく判らない表情(かお)で三日月が訊いてくるのを無視して、三日月の膝に頭を置き、座りの良い位置を探す。
私が三日月に強請ったのは膝枕だった。
刀を振るうため鍛えられた身体の腿は少々硬かったけれど、三日月の膝に仰向けになり、顔が交差すると互いに微笑みあった。
私の汗で額に張りついた髪を三日月の長い指でかき上げられて、くすぐったさを感じつつ、目を瞑る。
遠くに聞こえる蝉の声と近くにある三日月の体温。
極楽などといえば宗教が違うけれど……なんというか幸せだった。
息遣いを感じて目を開けると三日月が屈んでいて、すぐ目の前に三日月の顔があった。
そのまま口付けられる。
唇が離れると、手のひらと指で順に、鼻、唇、頬の形をなぞられる。
三日月の眉根が八を描き、月を孕む眼が細められる。
「おまえが倒れたときは身も凍るかと思った」
「……月が凍るなんてすごく風流じゃないか」
「石切や、もうおまえ一振りの身じゃないんだぞ」
三日月……それはかなり語弊のある言葉だと思うけれど。
三日月の気持ちも分からない訳ではないので、手を伸ばし今度は私が三日月の頬を撫でる。
「んっ」
「共に在ると約しただろう?」
私の言葉に三日月は満面の笑みを浮かべるとまた口を吸ってくる。
私は別の意図でもって熱くなってくる身体を沈めながら、それに応えた。
病魔を切るのは得意だけれど日射とやらも払えるのかな?
払えなくても負ける気はないけれど。
そんなことを考えながら三日月を抱きしめる。
温かい熱いくらいの肉の身を。
太陽に負けて手に入れた月を手放す気なんて私には更々なかった。
そんなある夏の日。