審神者から賜った書物に人は儚くなれば星になるのだと書いてあった。
「三日月、どうしたんだい?」
ぼんやりと書物を捲っていると後ろから覗き込むように石切丸が現れる。
急に石切丸の顔が近くにあったから思わず書物を閉じてしまった。
「石切か、驚かせるな」
「君が本を読んでいるなんて珍しいから。邪魔をしないようにと思ったんだけど……気になってね」
とんとんと俺の読んでいた書物の上を指で叩く石切丸に苦笑しつつ答える。
「いや、審神者よりもらったのでな」
「面白いことが書いてあったかい?」
そう問われて、何気なく先ほど思っていたことを伝えた。
「人は儚くなれば夜空の星になると書いてあった。鋼である俺たちは破壊となれば何になるのだろうな?」
後ろの言葉は答えを得るためではなく戯れに呟いたのだが。
「三日月」
露骨に眉を顰めた石切丸がこちらを見ているので重ねて告げる。
ちょうど夕暮れ、俺の表情(かお)は逆光となって見えぬだろうから少し笑んで。
「形あるものはいつか壊れる。それは人も俺もおぬしも同じ運命(さだめ)。人の身なれば空の星となれるそうだが、我らは土塊(つちくれ)となるんだろうか……」
俺の言葉に失われてしまった刀たちを思い浮かべたのか、石切丸の表情は厳しくなった。
石切丸は少し考えていた様子だったが、ふと力を抜いて笑った。
「なるべく考えたくないものだね……宗近」
いつの間にか石切丸の柔らかな指が俺の顎に触れ、緩く持ち上げられる。
俺はそれを受け入れて眼を閉じる。
以前、眼を開けたまま口吸いを待てば、石切丸は何故か恥ずかしがってしばらく口を合わせてくれず、不満に思ったことがある。
石切丸の唇が俺のそれに触れて食まれると温かで、身を寄せ抱きしめられると互いの心の臓の音が聴こえる。
永い時を経て初めて得たそれを俺は大事に思っている。口には出さずが。
石切丸の唇が俺の首筋を這うのを受け入れながら、俺は背を畳に倒した。
*
「先ほどのことだけどね」
情事の後、放ったものも片付けずにまどろんでいた。
夕餉を食べ損ねてしまったが、身の内で食んだ石切丸に満足して本格的に眠ろうとすれば、隣の石切丸が話し出した。
「なんぞ?」
「私たちが儚くなれば鋼に戻るとは思うんだけど」
「ふむ」
元は鋼の身ゆえ、それも当然の回答だと俺は頷こうとした。
「だけどね、もし私がこの身を失ったとすれば人の子の様に星になりたいと祈るよ。加持祈祷をすれば叶うかな?」
「石切丸……俺より先に折れるのは許さんぞ」
思わず低い声で忠告すると、
「はは、そう簡単に折れる気はないよ。しかし、こればかりは神にしか分らないだろうね」
笑う石切丸を諌めようとその肩に手を伸ばせば、その手を石切丸に取られて口付けられる。
「もし、私が先に壊れて星になれたら、空からずっと君を見守っているよ」
「面妖なことを……おぬしは星になれん。ならさんぞ」
首を横に振って否定すれば、また石切丸は笑う。
「何も今すぐ、ということではないよ。いつかくるかもしれない日の話だねぇ」
君が星になった姿はみたくないななど嘯くから、だから俺はいってやる。
「いつか、の話か。ならば俺が先に折られれば星になって、おぬしの願いを叶えてやろう」
「君が星になったらさぞかし綺麗なんだろうね。だけど、私の願いはもう叶ったから君は星にならぬとも良いよ。君は月のままで良いな」
願いは叶ったというのに今でも加持祈祷を怠らないではないか。
「おぬしの願い? 何が叶った?」
不思議に思って問えばはぐらかされて。
解を得ぬまま、再び石切丸に愛されてしまう。
とくとくと鳴る石切丸の命の音を聞きながら、俺はその胸に顔を伏せた。
* * * * *
刃を振るい、敵を屠る。
あと一振り。
「三日月殿ッ!」
一期一振の声に我に返ると向かってきた敵を突く。
三日月宗近が血に塗れ、赤の飛沫が着物へまで掛かった。
「すまぬな」
苦笑して一期一振に礼を言うと一期一振は頭のみを下げて返す。
感じる視線は哀れみか同情か。
俺は刀を振り、血を落とすと嗤った。
石切丸が逝った。
いや、人ではないゆえ逝くとはいわんか。
夜戦に、現在の戦力の身内刀探し、減りもせぬ歴史改変主義者どもとの連戦に次ぐ連戦を重ねて。第二部隊を率いていた石切丸が疲労が溜まり敵の刃に倒れかけた短刀を庇い、二度と癒えぬ傷を負った。
第一部隊で大阪にいた俺は石切丸の最期を知らぬ。
戦果を挙げ本丸へと戻った際に審神者より告げられた事実と慰めの文句でそれを知った。
「しかし、三日月さんが元気そうでよかった」
「石切丸さんと三日月さん、仲がよかったですから心配していました」
「石切丸さんのことで今剣さんが岩融さんから離れなくなったと聞いていますが、三日月さんは大丈夫そうですね」
俺が近くにいることに気づかぬ童たちが影で言い合う言葉を聞いて。
あれだけ石切丸の言葉を恐れていたというのに実際に起こってみれば呆気なく取り乱すことさえせず。
ただ石切丸が居なくなって広く感じる部屋にいると身の内から湧き出る何かに掴まれそうになる。そうすると自然と刀たちが集まる大部屋で過ごすことが多くなった。
数振りのなんともいえぬ視線は感じたが。
そんな中での久々に出陣に血湧き肉踊った。
危なげな一瞬はあったものの欠けることなく満足のいく結果をだした。
大坂からの帰り道、ふと空を見上げれば夜空には満面の星。
「あの星の中に石切丸はいるのでしょうか……」
聴こえた声に後ろを振り向けば、太郎太刀。
「なんぞ……」
「いえ、すみません。彼が言っていたことを思い出して……」
太郎太刀の言葉に俺は驚いた。
「あれはなんと言っておった!?」
思わず太郎太刀の首元を掴んで尋ねたが、太郎太刀はびくともせず少し困惑した様子で答える。
「人は死ねば星になると聞き、自らも破壊されることがあれば星になりたいと。星となり愛しいものを見守り、その願いを叶えたいと言ってましたよ。あの時でも彼は神の末席であったというのに不思議な物言いをするものだと驚きました」
「そうか」
礼を言い、太郎太刀の言葉を反芻する。
太郎太刀は何故か沈痛な面持ちで首を縦に振ると先に歩き出した。
太郎太刀はあれの大太刀仲間で仲がよかったから思うところもあるのであろう。
そう結論付けて俺も再び歩み出す。
しかし……
愛しいものの願いを叶えたいか。
叶うのであれば……もう一目逢いたい。そう願えば叶えるのか? 石切よ。
俺は頬を伝う水気をそのままに歩む。
星は何もいわず、ただ輝いていた。