いつだったかなんて憶えていない。
でも確か上の姉ちゃんのトモダチだったと思う。その人が俺に教えてくれた。
「バレンタインは特別な人に特別なものをあげる日よ」
そう言って優しく微笑むその人はとてもキレイだった。
そのときの俺はその「特別な人」っていうのが羨ましくて羨ましくて、いつか俺も好きな人にこんな風に言ってもらえたらいい、と思った。
「さよならバレンタイン」
去年は不二と二人、ふざけて買ったチョコをそれぞれ世話になっているヤツに渡してみた。
そのときは冗談半分だったからチョコを渡すことに何の抵抗もなかったんだけど。
だけど今年は違う……俺そいつとそういう関係になっちゃったワケで。
でも、俺は女のコではないワケで。
どうせならチョコは貰いたい方で。
こういう場合はどうすればいいのかな?
2月13日バレンタイン前日、俺は台所で奮闘する姉ちゃんズと下の兄ちゃんを横目にテレビをみていた。
え? なんで兄ちゃんが混じってるかって?
なんでも彼女にバレンタインに凝ったチョコケーキを請求して、料理嫌いの彼女に逆ギレされて兄ちゃんの方が作って渡すハメになっちゃったらしい。
バカだよな~、兄ちゃん。
俺は”彼女”なんていなかったからバレンタインなんて関係ないと思っていた。
だから、呑気に宿題もせずにテレビをみていたんだけど……
けど、ここで俺も変なプライドにこだわらず混じって作っちゃえばよかった。
そうすればあんなことにならなかったのに――
2月14日晴れ。
当日浮かれまくる学校の雰囲気に自然と俺も落ち着かなかった。
俺も教室に入るまでにトモダチから何個か貰った。でもみるからにギリっぽい。
こういうのはもう特定の人がいてもベツっていうか俺のプライドを満足させた。
教室に入るといつも俺より早い不二がいなかった。
机を見ると鞄はあるから登校はしているんだろう。
いつもつるんでるヤツらはソワソワしてて挙動不審だったから、俺は大人しく席についておくことにした。
しばらくボーとしていると、同じクラスの女のコたちがチョコの差し入れをくれた。
礼をいって受け取って食べる。甘いチョコは俺の胃も満足させた。
チャイムがなる寸前に不二が早足で入ってくる。
俺は不二に尋ねた。
「不二~、なにしてたの?」
「あ、英二。おはよう。…ちょっとね」
苦笑いした不二の顔に俺はピンッときた。
エスカレータ式だからあんま気にしてなかったけど、今年俺たちは三年で…つまり一、二年のコたちにとっては最後のチャンスなわけ。
コクられてたのか~不二結構もてるからなぁ。
放課になるまでに何回も呼び出される不二を見てそれを実感した。
掃除も終わって帰ろうと席を立つ。
二月はまだまだ日が落ちるのも早いし寒いから俺は早く家へ帰りたかった。
そのとき、一年のコが声を掛けてきたから何となく用件の見当がついていた俺は仕方なく裏庭についていった。
案の定、チョコを渡されてコクハクされたんだけど……チョコだけ貰って断わっておいた。
女のコが去った後に、どこからか不二が現れた。
気のせいか機嫌が悪い。
「何でチョコ受け取ったのさ?」
何いってんだ?
不二のヤツ、怒ってるし。くれるっていうから貰っただけなのに。
俺が素直にそう言うと、不二のヤツ溜め息つきやがって!
「英二は本命チョコを受けとって大石に悪いと思わないの?」
「どーせ大石だってもらってるって! 不二おまえ細かい」
それを聞いた不二は目を一瞬だけ見開いて、それからすぐに笑顔を作った。
「大石は一つも受け取ってないよ。全部断わったらしいから。義理も本命も」
「ええ~! 全部断ったマジで? 大石バカなんじゃないの?」
勿体無いと呟く俺に不二はトドメの一撃を刺した。
「きっと誰かさんからのチョコ待ってたんじゃないの? 大石バカだから」
そうにっこりと微笑む不二に、俺は駆け出していた。
慌ててコンビニに飛び込んだのはいいけど……
ちょっと待ってよ? 今ここでこんな日にこんな時間にチョコなんて買うと……モテなくて自分で買って食べるヤツみたいじゃん!!
俺は羞恥に固まってしまった。
●
●
●
結局、俺は愛の力ってものに負けたらしい。
「ありがとうございました」という声を背にダッシュで駆け出していた。
物凄く恥ずかしいけど物凄く高揚した気分で走り続ける。
三回目の曲がり角を越えると携帯で大石を呼びだす。
なかなかでない。……もしかして怒ってる?
いやでもまだバレンタイン終わってないし。
しばらくしたら大石から掛かってきた。慌てて通話ボタンを押す。
「え、英二?」
ん? 何で声上擦ってんの?
それには深くツッコまないで、大石に今からあえるか聞こうとしたら、
「大石先輩?」
携帯の向こうで可愛らしい女のコの声が聞こえた。
・・・妹のワケないよな。妹なら名字でなんて呼ぶワケ、ないし。
もう日が沈む頃で。
今日はバレンタインな筈で。
その後、大石が何か言うのなんて聞こえなかった。
いや、正確にいうと聞いちゃいなかった。
俺は電話を切った。
つづく