彼女はいつも知識に新しい側面を感じさせ理解をもたらしてくれる
いつも私はそんな風に新しい理解を知り、そこに幸福を感じるのです。
謁見の間に大小の木々や色鮮やかな装飾が運ばれていくのを見て、また女王陛下が何事か思いついたのだろうと思っていました。
陛下はとても好奇心旺盛な方で、新しい知識や今までの経験から新しい流れを生み出します。
思いついた内容を実行する力は私が知っている女王陛下の中で一番でした。
実は私は少し前まで未だ安定しない聖獣の惑星に地のサクリアを送りにいっていたものですから、その実物をみたのはメインイベントであるという「クリスマス」の前日でした。
年若い守護聖たちの噂で知っていたものの実際に確認して思わず感嘆の声をあげてしまいました。
謁見の間のあらゆるところに色鮮やかな金や赤、緑の飾りつけがされていました。
中央に大きなモミの木が鎮座し、ソリや雪人形のようなオブジェが飾られていました。
モミの木自体にも色とりどりの飾りつけや小さな鈴のようなものに電飾がまきつけられており、とても華やかです。
ランディたちがいうには、明日には聖殿のシェフが腕を振るったご馳走が並び、オリヴィエが取り寄せたアルコールとマルセルが開放するカティスが残した秘蔵のワインが振舞われるそうです。
クリスマス。
私はその伝承を知っていました。
前代の女王補佐官が持っていた書物の中に同じ行事について記載のあるものを借りたことがあったからです。
彼女は今上陛下と同じ主星の出身ですから多少の時代や地域の差があるとはいえ、恐らく同じ伝承でしょう。
かつてその伝承を知ったときには特に何も感じませんでした。
正直、クリスマスという行事が私にはどういうものなのか理解できません。
生まれた惑星、過ごした時代や習慣が異なると知識として頭に入っても習慣として根付くものではありませんから。
それなのに今、初めて過ごすクリスマスに私の心は少し躍っていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大儀ご苦労様でした」
久しぶりにお会いする女王陛下に頭を垂れます。
思ったよりも到着が遅くなったためか補佐官しか傍に侍っていません。
私は聖獣であった現象を報告します。
重要な点は後でヴィクトールから文書で送られてくる筈ですから私の視点から気付いた内容を要点だけ纏めます。
私の報告を真剣な表情で訊かれる陛下を見ながら思います。
陛下は最近ますますお綺麗になられました。
宇宙の危機も去り、新しく生まれた宇宙やはるか未来から送られた大陸も落ち着いたためと思っていたのですが ……オリヴィエ曰く、恋をしているからだそうです。
その後で私を見て薄く笑われたのはからかわれたのでしょうかねぇ……
宇宙の危機がなければ彼女は私の伴侶になる筈でした。
まさか私と共に生きると告げてくれた日が宇宙が切り替わる転換点になるとは思わず、私たちの運命は大きく変わりました。
彼女は女王となった今でも私を愛してるといい真っ直ぐな想いを伝えてきます。
私にとっても彼女が本当の私を見せられるただ一人です。
彼女の想いは純粋でとても強いものでした。
私は彼女にそのような想いを返すことができているのでしょうか?
彼女を想う気持ちは誰にも負けないつもりでしたが私には自信がありませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルヴァ?」
心配そうに瑪瑙のような瞳が私を見上げています。
謁見が終わり、人払いした謁見の間から続くテラスで彼女とプライベートの時間を過ごしているところに自分の世界に入ってしまいました。
あああ~~、しばらくぶりに二人きりになれたというのに勿体無いことをしました。
「ずっと一緒にいられたらいいのに」
「アンジェ……」
「離れたくないです」
彼女の望みと不安は私と同じでした。
風に当たり冷たくなった彼女の身体を引き寄せます。
甘えてくるその仕草はかつて書物や故郷で見た父母のように恋人として正しいあり方なのでしょう。
古今東西の男たちと同じくそれは私の恋慕を募らせます。
だけど私は口下手な男ですから上手く愛の言葉を囁けません。
その代わりそっと彼女にキスをしました。
私の想いが伝わるか不安でしたが彼女は私の腕の中で幸福そうに微笑みます。
「ねぇルヴァ」
「どうしたんですかー?」
「クリスマスの日にヤドリギの下でキスをするとね、その二人は永遠に結ばれるんですって」
深夜を告げる鐘が鳴りました。
彼女は私の手の内からするりと抜けると差し込む月の光だけが明かりとなった謁見の間に進みます。
白い玉たちがたくさん生えている緑の下で彼女が振り向きました。
宿り木の下にいる女性にキスをするとその二人は結ばれ、永遠に別れることがない。
私はその伝説も知識として知っていました。
そんな伝説を信じる彼女が愛しくて。
そしてただの知識が自分の身に息づくものに変化するのを感じました。
月の光が彼女を照らしています。
彼女が蕩けるような笑顔で両手を伸ばします。
私を見る彼女の視線がぶれることはありませんでした。
近い未来に待ち受ける別れに怯えるのではなく少しでも運命に抗おうとする彼女に自分の気持ちを伝えようと 私は宿り木の下で彼女を抱き締めキスをしました。
いつか年老いて、このクリスマスが過去になっても、彼女と一緒に過ごせることを望みながら。
fin.