そばにいたかったけど……もういられないけど
みてたかったけど……もうみれないけど
元気にしてますか?
いつか消えてしまうと思っていたこのキモチは今じゃシャレになんないくらい
大きくなっていて、朝目覚めるとときどき泣いてしまう。
もうダメなのかも……限界が近いことを俺は知っていた。
その日の朝も菊丸は調子が悪かった。
一部を除く大学生の朝は遅い。多分に洩れず菊丸もそうだった。
進学した大学が都内ではないため、兄姉の援助もあって独り暮らしをしていた。
躾は完璧。朝ゴハンをつくるのもお手のものだ。
温めたフライパンに卵をいれる。菜箸でふんわりとかき廻して華を咲かせるように流し込むと数分後には好物であるふわふわオムレツが出来上がった。
鼻歌を歌いながら食べ終わると皿を綺麗に洗った後、シャワーを浴びてパジャマを着替えた。
鍵を掛けて家を出る。今でこそ慣れた行為ではあるが、大家族に育って部活で朝練があり朝早く出、夕方に帰って来る中高時代には考えられなかったことだった。
当時を思いだしつつ、大学に向かう。途中、道端に咲く花をみて心を和ませると、菊丸は視線を上げた。その先には柵があってグランドの向こうには中学校らしい建物があった。
どうやら片隅にはコートがあり、体育の授業らしく男女に分かれてテニスをしていた。
その光景がまた懐かしいあの時間を菊丸に思い出させた。
菊丸は思わず目を逸らし拳を握りしめた。
もうダメだ、会いにいこう…そう決心して大学に向かう進路を駅に向けた。
電車に乗り込むといちばん端の座席に座り、ソファに身体を預けた。
少しでも今までの寝不足を取り返そうと瞼を閉じるが浮かんでくるのは彼の人の顔ばかりでちっとも眠られなかった。
出会ってから10年近くになる。……離れてから3年以上経った。
人の役に立つ仕事に就きたい、と言っていた彼はその言葉通りに人を助けることのできるような学部のある都内からは少し外れた大学に通っていた。
ちょうど菊丸の通っている学校とは正反対の方向で、そう気軽には往き来出来るような距離ではなかった。
肉体的な距離によって精神的な距離も離れたせいか、高校を卒業してからは数えるほどしか会うことがなかった。
「~~~なんでいないんだよっ!」
思わず、金属製のドアに拳を下す。返って来る鈍い痛みによって頭は冷静になった。
って…当り前か……ガッコいってんだもんな
几帳面な字で『大石』と書かれたネームプレートをみつめながら呟くとドアに額を寄せる。そのまましゃがみこみ、途方に暮れる。
目の端には夏休みの始まったらしい中学生が数人自転車に乗って駆けて行くのが見えた。
何もかもが戻りたい過去を思い出して、菊丸は頭を振って目を閉じた―――
爽やかな夕暮れの風が吹く頃になっても大石は帰ってこなかった。
これ以上はマズイよな、菊丸が溜め息一つを落として帰ろうとエレベータに乗ろうとしたとき、入れ違いにでてきた人物とぶつかった。
「英二!? ……何でここにいるんだ!!」
懐かしい声がして顔をあげると会いたくて会いたくて堪らなかった人物が目を丸めていた。
「大石…」
久しぶりに見る大石はもうすっかり大人の男で菊丸は目を細めた。
離れた時より少し低くなった声、大きくなった肩幅、変わった髪型……変わっていないあの目。
目の前にいる大石にも自分がそういう風に見えているなんて考えは全く浮かばなかった。
「と、とにかく入れよ」
「ん」
大石らしく整理整頓された部屋に通されてキョロキョロ所在なくしていると大石に座るように促された。
出されたお茶を飲んで人心地がつくと、菊丸は急に恥ずかしくなった。
何、突然連絡もせずにきてんだよ…
大石に変に思われていないか心配で、菊丸は慌てて口からとりとめのない世間話を切り出した。
「今日でかけてたんだ?」
「あ、ああ」
「そっか~。やっぱ学校大変そうだね…」
「えーと、今日は学校じゃなくて……英二に会いにいってたんだ」
「え?」
「でも、アパートに行ってもいなくて…当り前だよな。ここにいたんだから」
思いがけない言葉に茫然とする英二を見て笑いながら言う。
その顔は菊丸の知っているあの頃の笑顔と変わらなくて
「おお、いし…」
なんだ?と視線で問いかけられて菊丸は思わず泣いてしまった。
戸惑った大石の顔はあの頃と同じくらい幼くみえた。
泣き止まない菊丸を見て大石が菊丸を抱きしめた。
大石が戸惑いつつ、だけど確かに意志を持って菊丸を抱きしめたことに菊丸は驚いた。
顔を上げて見るとその顔はやっぱり自分の知っている大石で。
そのままどちらからともなく唇を合わせた。
「久しぶりだよな」
「んっ……ふぅ」
二人の間に漏れる息と懐かしい感触に自然と身体は熱くなる。
「泊まっててもいい?」
「そのつもりできたんじゃないのか?」
長い口付けの後の菊丸の言葉に大石は口元に笑みを浮かべ答えた。二人きりになった時の少し意地悪なところも全く変わっていなかった。
「会いたくなってきただけだから」
菊丸は真っ赤になって俯くと上目遣いで大石を見上げた。過去に大石が菊丸のこの顔に勝てた試しはない。今回もその例に漏れなかった。
「うん。俺も会いたくて堪らなかった…よかった会えて」
大石の本音を訊き菊丸は満足そうに笑うと、そのまま倒れ込むようにベッドに身を沈ませた。
薄く口を開けると大石の舌が菊丸の口内に侵入してくる。
菊丸の口の端からは飲み込めなかった二人分の唾液が滴っていた。
大石が菊丸のTシャツをもどかしげにたくし上げると二つの色付いた蕾を舌で丁寧に愛撫する。
次第に聞こえてくる嬌声はあの頃を思い出させてますます甘美な媚薬となった。
大石が自身の指を菊丸の口に含ませるとその意図を正確に汲み取った菊丸はニカッと笑うと大石の指を取り、唾液を絡め始めた。
ちゅぱちゅぱという粘性の音がワンルームに響いている。
大石の指が菊丸の最奥に指し込まれた瞬間だけ身体を強張らせはしたものの大石がもう片方の手で菊丸の頬を優しく撫でるとホッとしたように身体の力を抜いた。
これ以上は焦らされているんじゃないだろうか、というくらい長い時間を掛けて解される。
「後ろだけで感じてるんだ?」
「お、お前が!…こんな風にしたんだろ…っ」
忘れたとは言わないぜ、と菊丸が睨みつけると憶えてるよ、と笑って記憶にある菊丸がいちばん天国に近くなる箇所を突いた。
大石が動く度に菊丸の背中には覚えのある甘い痺れが走る。
肌の擦れる感触も何もかもがあの頃と変わりはなくて、いいところを思い出して互いを高めあった。
しばらくして、大石によって高め上げられた菊丸が上り詰め、その菊丸によってもたらせられた快楽によって出た大石の濃い体液が菊丸の中を満たした。
久々の行為のせいか馴れるまで時間がかかったが、その分達成感は大きかった。
大石は数回目の行為が終わってもその腕から菊丸を離さなかった。
不思議に思った菊丸が腕の中から顔を上げると大石は真剣な目をしてはっきりとした口調で言った。
「英二。……大学を卒業したら一緒に暮らさないか?」
口から出た言葉はまさかある筈はない、と思っていた言葉で。
菊丸はまた泣いてしまった。
肯定の言葉を言えずにただコクコクと首を縦に振る英二に大石のキスが降りて。
会えなかった時間を埋めるように二つの影はいつまでも重なっていた。