毎度の事ながら彼女は偉大だと思う。
前回はバレンタインだったかクリスマスだったか、外界の楽しいイベントが大好きな女王は聖地に常に新しい風を運んでくる。
一部は困ることがあったもののルヴァも実はそれを楽しみにしていた。
(ジュリアスは毎度大変でしょうけどねぇ…)
四の月も半場を過ぎた頃、彼女が最も信頼を置いている補佐官ロザリアが兼ねてより想いを交わしていた光の守護聖ジュリアスと結婚することになった。
とはいっても補佐官を降りるわけではなく、彼女のプライベートを過ごす場所が宮殿の自室からジュリアスの館に変わるだけであったが。
二人が好きあっているのを知らないものはこの聖地ではおらず、結婚の知らせが聖地中に伝わると祝福のムードに包まれた。
結婚の準備のため女王の傍を離れることが多くなったロザリアから寂しがっている女王の心を慰めるために遣わされた筈なのに、なぜだかルヴァはいつも通りのんびりとしたお茶の時間を過ごしていた。
「衣装はオリヴィエに任せてるし、私は当日ロマンチックに雪でも降らせようかしら?」
「陛下、女王のサクリアをそんなことにお使いになるのは……」
いつもであれば補佐官やジュリアスが咎めるものの、二人とも通常業務に加えて新生活への準備と陛下のお膳立ての式の準備で多忙につき女王の近くにいない。
その代行としてルヴァがここにいるのだから。
もっとも日の曜日以外もこうしてアンジェリークと同じ時間を過ごせることはルヴァにとって至福であった。
「もうっ! ちょっとくらいいいじゃない」
「それに結婚式ですか? 何故こんなに急に思い立ったんですかー?」
すねた振りをしてほほを膨らませるアンジェリークにそんな表情も可愛くて好きだと心の中で思いながら、別に思っていたことを問う。
聖地では結婚式は馴染みが無い。
聖地の主役の女王が皆独身を貫いていたし、彼女に仕える守護聖もたまに例外はあるものの、おおよそは同じで。
精々が私邸などで働いている使用人の式に呼ばれることがあるかどうかくらいだった。
少なくともルヴァは聖地に来てからは結婚式と呼ばれるものに出席をしたことがなかった。
たまたまルヴァの館へ仕えるものは子育てもとうに終わったような落ち着いた年代の者が多かったからだけではあるが。
そんな中で、女王は四の月に二人から正式に報告を受けると、六の月を指定して式を挙げるように命じた。
女王を敬愛する新郎新婦の二人がそれを快諾したのはともかく。
衣装を任されたオリヴィエは生地の取り寄せだけで一週はかかるのにとボヤキながら、ルヴァの執務室へもあれこれとロザリアが主星で過ごした時代の花嫁衣裳の文献を探しに来ていた。
聖獣の聖地への招待状をもったエンジュが慌しく回廊を駆けていくのを見たのもつい昨日の話だ。
こんなにも急いで式を行う必要がルヴァには判らず不思議だった。
「え? ルヴァ、六の月の花嫁は幸せになれるって知らないの?」
「あー、それでなんですか? 確か……主星の一部で信仰されている結婚の女神の誕生月が六の月なんでしたっけ?」
ようやく合点がいく。
確かあの神話は彼女たちの過ごした時代でも既に神話として語り継がれておりとして、幾多の地域で馴染みが深かった筈だ。
「流石ルヴァ! 知ってるのね!」
女王は上機嫌で微笑むと続けて言う。
「六の月に結婚すると女神の守護が与えられて幸せになれるんですって! ロマンチックだと思わない?」
「女神の守護ですか?」
「はい! ロザリアにはもっと幸せになってほしいもの」
にこにこと親友の幸せを願う無邪気なアンジェリークにルヴァは目を細める。
しかし、続けて落とされた爆弾にその目は見開かれた。
「あ、ロザリアのウェディングロードのエスコート役はルヴァですからね。クラヴィスには断られちゃったし」
うっとりと夢見る様にいうアンジェリークにルヴァは花婿の心痛を思い苦笑いを浮かべた。
クラヴィスと並んで歩く花嫁よりも自分と歩くほうが花婿の怒りも軽減されるだろうが、それでもその後の怒りが怖い。
まぁ他に適役がいないのであれば仕方ないだろうと肩を竦めた。
にこにこと結婚式を進行を語りだすアンジェリークの左の手をルヴァが取る。
アンジェリークは不思議そうにルヴァを見るものの拒否することはなかった。
「同じ女神に誓うのであれば……」
「え?」
「私はその女神よりもあなたに誓いますよ、アンジェリーク」
そういってその甲に口付ける。
頬を染めるアンジェリークにルヴァは続けて言う。
「貴女のほうがロザリアにとっても加護はあると思いますけどねー」
「もう、ルヴァったら」
重なった指はいつのまにかしっかりと繋がれていて。
その手を握り締めたままアンジェリークが呟く。
「……いいなぁ」
アンジェリークの呟きの意図を正確に理解したルヴァはすぐに応えた。
いつもは難しい話や知識を誰にでもわかる平易な言葉に変換するために間延びした受け答えをすることもあったが、この瞬間はこれが正解のはずだから迷わない。
「いつになるか判りませんが、私の故郷の花嫁衣裳も用意しておきますね」
「……ウェディングドレスも着たいです」
そういってはにかむアンジェリークにルヴァも微笑んだ。
まさか自分が花嫁の衣装を巡る攻防をすることがあるとは思ってもいなかったが、これはこれで幸せなものだと思う。
懐かしい故郷の花嫁衣裳に身を包む恋人を想像し一人鼻の下を伸ばす。
しかし、アンジェリークの希望も叶えてやりたい。
別に衣装に拘ってる訳ではないのだ。花嫁が彼女であれば良いのだから。
「相手が私であれば何着でも着てもらってかまいませんよー」
「……いつか叶えてくれますか?」
「ええ」
いつになるか判らないその時を信じて、それを叶えてくれるという恋人の言葉に、
少し涙ぐんだ女王をその恋人は抱き寄せた。
◇◇◇
六の月。結婚式当日。
ファンファーレが鳴り響く。 世話好きの神鳥の女王補佐官と首座の守護聖の式には隣の宇宙からもたくさんの出席者が祝福を伝えに訪れていた。
聖獣の女王アンジェリークは勿論のこと、その補佐官や守護聖たち、聖天使まで勢ぞろいで、幾人かは初めての結婚式の出席となるためか緊張も交えつつ、楽しそうだ。
焦茶色の重厚な扉が開くと賑やかな聖堂が静まり返る。
花嫁が地の守護聖に付き添われ、現れた。
鮮やかな赤の絨毯を祭壇に向かってゆっくりと進む。
ロザリアの希望や神鳥の女王の意見も加味し、オリヴィエによって作られたウエディングドレスは、
それはとてもロザリアによく似合っており、見るものを魅了する。
首元から肩口にかけて、パフスリーブ状になった袖から更には手首まで長く繊細なレースが贅沢にあしらわれており、
スカートは緩やかな膨らみのまま、トレーンが長く伸びている。
ロザリアの生まれた時代の少しクラシカルな正統派のドレスは彼女に清楚な美しさを与えていた。
「ふふっ、ロザリア様。おめでとうございます」
「ロザリアさま、キレイー!」
聖獣の女王補佐官レイチェルも憧れの女性の晴れ姿を見て賞賛を述べる。
「あーあ、こんなことなら俺が掻っ攫うべきだったぜ。うちの宇宙にゃガキしかいねェんだもんな」
「ちょっとレオナード! どういうイミさ!?」
「うちの宇宙にもセクシーな補佐官がいればってな」
「なんですってー!」
「ちょっとレオナード! レイチェル! 今日はロザリア様の大切な日なんだから!」
「レイチェル様、ダメですって!」
賑やかな祝福の中でロザリアの手が花婿に渡ると二人は女王の立つ祭壇の前へ並んだ。
「とってもキレイよ! ロザリア」
「陛下……」
「幸せに」
ロザリアはジュリアスと頷きあうと、幸福に満ち溢れた笑顔で告げた。
「私、幸せになりますわ。女王陛下に誓って」
「同じく私もです」
「ロザリア、ジュリアス」
涙を浮かべそうになった女王だったが、慌ててにっこり微笑むと誓いの言葉を述べる。
立会人は女王自身だ。よほど練習したのか淀みなく言い切ったアンジェリークに夫婦となった恋人たちが少しほっとした表情をしたのは幸せな笑い話だ。
誓いの儀式が終わった。
回廊を皆に祝福されながら扉へと向かう。
ジュリアスがロザリアをエスコートしつつ、聖堂から出てくる。
入り口の階段を踏み出したところへ、ふと柔らかで温かい風が吹いた。
穏やかな風に乗って何かが降ってくる。
先に気付いたロザリアが天を見上げると、
天から降ってきたのは白い薔薇の花びら。
ひらひらひらと白い花びらが舞い散る。
一面を舞い踊るその白が。
それは優しく祝福を与えるように新郎新婦に降り注いだ。
幻想的で美しい場面に、歓声が舞い上がる。
「アンジェ……」
「陛下が祝福をくれたようだな」
ジュリアスは感極まって崩れそうになったロザリアをそのまま抱き上げると馬車へ向かった。
◇◇◇
ルヴァは二人が乗った馬車を見送ると聖堂の階段を登り始めた。
頂上には祝福の鐘がある。そこから地上が見渡せるようになっていた。
テラスへ向かう。
予想通り目的の人物がそこにいた。
「陛下」
「ルヴァ」
「大丈夫ですか?」
サクリアを遣い奇跡を起こした女王を気遣う。
天候を変えるのとは違い、少しのサクリアでできたことかもしれないがやはり心配だった。
アンジェリークは悪戯っぽく笑いながら答える。
「ちょっとだけよ。綺麗だったでしょ?」
「ええ…とても綺麗でしたよー」
ルヴァの答えに満足そうに微笑むアンジェリークに、ルヴァの中で愛しいという気持ちが溢れ出るのを感じていたが、今はいつものように抱き締めるわけにはいかなかった。
ルヴァはふいに思いついたように提案する。
「ちょっと下へ来ていただけませんか?」
「どうしたの?」
誰もいなくなった聖堂にアンジェリークを促すと、アンジェリークは意図が読めないながらも素直に一緒に降り、今度はルヴァと一緒に祭壇の前へ立った。
「今はこれで我慢してください」
ルヴァが女王のベールを持ち上げて、その額に、頬に、そして唇に口付けた。
二人を頭上のステンドグラスから差し込むオレンジが包む。
「アンジェリーク、この先どんな道が待っていたとしても……永遠に愛してます」
「ルヴァ!」
そのまま影が一つになる。
闇が周りを支配し二人の影を溶かすまで、その影は一つだった。
fin.