「お姫様には騎士が必要だと思うんです!」
「はあ…」
「聞いてました?ルヴァ」
アンジェリーク・リモージュという名を持った少女がその名を呼ばれることの無い至高の存在となってから、間もない頃。
彼女も歴代の女王のように手に届かぬ高値の花となると思われていたが、蓋を開けてみれば、古い慣習を撤廃し、こうして
地の守護聖ルヴァと、のほほんとお茶を飲んでいる。
「あー 陛下。お茶のおかわりはいかがですかー?」
「ありがとう。でね、ロザリアのナイトはどなたがいいと思います?」
「ロザリアのナイト、ですか…うーん?彼女と仲が良いのはだれだったですかねー…」
「ジュリアスでしょ。ランディでしょ。あとマルセルかなぁ?オスカーともたぶん仲良しさんだと思うわ!」
ルヴァはロザリアはどちらかというとオスカーのことは苦手だったのでは?と思うものの、自分には若い女性の機微は
到底理解るわけがないと思っているから口には出さない。
女性の嫌よ、は「いやよいやよも好きのうち」など、女性の気持ちに纏わる各種格言を言葉通りだと実感している最中だからだ。
「陛下…」
「はい?」
「何が目的ですか?」
「目的?」
「そう目的です。騎士が恋人を表すのであれば彼女が好いた男でなければならないでしょう?
単に外敵から身を守るというのであれば相手は非常に限られますし。そもそも候補は守護聖からなんですかー?」
「守護聖じゃないとダメなんですっ!そういう意味だと恋人かなぁ…女王と違って補佐官には恋人がいてもいいみたい
だし、ただでさえ補佐官なんて大変なんだから!ロザリアはああみえて意外と弱いとこあるから…支えてくれるナイトがいたらなぁって」
女王と違って、の部分にぴくりと反応したルヴァであったが、それを気取られぬよう、ゆっくりとため息を吐く。
「肝心の彼女の気持ちはどうなんですか~?」
「かな~り昔にルヴァみたいな人がすきって言うのは聞いたことあるわ」
「はぁぁ?わ、私みたいな?」
「そうよ。大人で自分だけを愛してくれる一途な人が好きなんですって、ルヴァみたいでしょ?…でもルヴァはダメなの」
「へ?私は駄目なんですかー?」
「はい!ダメです!」
にこにこと頷くアンジェリークに、そんなにナイトに相応しくないほど弱弱しくみえるのでしょうかとルヴァは一人ごちる。
肝心な情報には気付かないまま。
それを気にすることなく、アンジェリークはロザリアに相応しいナイトは誰かを検討し始める。
「ジュリアスはどうかしら?」
「彼は優しい人ですね…ただ他者にも自分にも厳しいところがありますから、恋人にはその、ちょっと、難しい人だと思いますけど…」
「保留ね。うーん…ランディは?」
「ランディは爽やかでいいですねー、そうですねー年齢もぴったりだとは思いますが…」
「が?」
「風は移ろいやすいですから」
「なるほど」
アンジェリークはルヴァの人物評を聞きつつ、手元にある書類の裏へと何かを書き込んでいく。
「じゃマルセルは?」
「まだ力不足でしょうねぇ…」
「もうオスカーしか残ってないわ」
「彼はそのう…あまり一途では…」
「一途ならルヴァなんだけど…」
「……」
「ううん!ルヴァはダメっていったでしょ!」
「あー、そんなこといわれましても…」
貴女がいったんじゃないですか、とは突っ込まない。
決して女王が怖いわけでもなく、不敬だと思っているわけでもなく、どうしてアンジェリークが自分のことを一途
だと認識しているのか、その理由を理解していて、ルヴァはそこに踏み込まれるのを避けたかった。
最もアンジェリークがそれ以上踏み込んでこないことも判っていたのだが。
「リュミエールは?一途そうじゃない?」
「そうですね、でもリュミエールとロザリアってそれほど仲良くはないんではー?」
試験中、ロザリアもアンジェリークもほぼ育成のためにしかリュミエールの元へは通っていなかった。
どちらかというとアンジェリークのほうが訪ねていった回数が多いくらいで。
というか、リュミエールはああみえて活動的で、執務室に訪ねてもあまり在室していた試しがなく、たまに
クラヴィスの執務室やルヴァやディアの開くお茶会で一緒になった程度で、親しくなる機会が無かったのだった。
「そうよねー、あ、オリヴィエ!オリヴィエはどうかなぁ?オリヴィエは素敵な人だからきっと幸せになれるわ」
「オリヴィエですか…オリヴィエはどちらかというと陛下と仲が良ろしかったのでは?」
「ふふっ、ルヴァ妬いてるの?」
「どうして私が妬くんですかー?」
「いってみただけよ…」
肩を落とすアンジェリークに苦笑いを浮かべて、
「あとはゼフェルとクラヴィスかぁ」
「両者とも貴女と仲良くてですねー…ロザリアとは、その、そんなに、仲良くなかったと思いますよ」
「……ひどい、ルヴァ」
「事実を述べたまでです」
ぐるぐるとペンを走らせていたアンジェリークが手を止める。
冷めてしまった紅茶を全部飲み干すと用紙をルヴァに見せる。
「まとめてみたわ!」
ばばんと広げられたその図にルヴァは気が遠くなった。
「なんか壮絶な図ですね…」
「この図からいくとジュリアス一択では?」
「そう?ランディもいい線いくわよ」
あーでもないこーでもないと、ひとしきり図を見て二人で話す。
何気ない会話が、とても楽しくて、平和で、この間まで宇宙の危機だったのが嘘のようだ。
これを導いた隣の少女を目で追う。
何事にも一生懸命に取り組む彼女の姿勢が好きだと思う。
こんな日がいつまでも続くようにルヴァは願った。
「もういいわ!この方に決めたわ!」
アンジェリークの決裁に、ルヴァはロザリアのことを思うと何ともいえない気持ちになったけれど、
この少女の直感をルヴァは信じていた。
ふとルヴァが気付く。そこを指差して。
聖地の関係図が落書きされていたが、アンジェリークとルヴァも描き込まれていた。
「貴女から私に続く線が赤いのはどうしてでしょうか、ね?」
「……鈍感」