女王が決まった。
有力候補だったロザリアを抑え、アンジェリークがその座を射止めたことに幾人かの守護聖たちは驚いたが、地の守護聖ルヴァは驚かなかった。
いつのころからかアンジェリークのその背に黄金に輝く純白の羽根をみていたから。
ルヴァはぼんやりと宮殿のテラスから日が沈む様子を眺めていた。
今でも思い出す。
告げなかった想いと告げられなかった言葉と。
水色が白みを帯びてオレンジに変わり群青に溶けていくのを眺めながら感傷に浸っていると空気が動いた。
「こんな景色をみてらしたんですね」
掛けられた声とその人物に驚く。
身のうちに染み渡る彼女の声。
「アンジェリーク!」
「うれしい。またその名で呼んでくださるんですね」
振り返ると当の神鳥の宇宙第256代目の女王陛下その人が見える。
ルヴァが戸惑っているうちに女王は地の守護聖の隣まで進んできていた。
隣に並んだ今はもう至高の存在となってしまった少女にルヴァは躊躇う。
執務後だからかその身から女王を示す飾りはすべて取り払われ、純白のドレスだけになっていた。
試験中にいつも着ていた制服を脱いだアンジェリークは大人びて見えてルヴァの心が騒いだ。
「あ…あの、陛下」
ルヴァの職位呼びにアンジェリークは悲しげに眉をしかめたものの、すぐに笑顔を作り言った。
「私、ずっとルヴァ様と同じ世界をみてみたいと思っていたんです」
アンジェリークの紡いだ言葉がルヴァには意外だった。
女王候補であると同時にルヴァの良い生徒であった彼女は、初めこそ育成や民たち、ロザリアとの関係に悩んでいたものの、後半には最初の頃の相談が嘘のように順調で、ルヴァが知恵を貸すことは少なかった。
それでも自分の執務室を訪ねてきたり、休日に誘いを受けたのは彼女が自分を兄か師のように慕ってくれているのだろうと受け止め、穏やかな日々を重ねていった。
アンジェリークと逢った後に起こる小さな胸の疼きと彼女が見せる視線の意味に気付かないまま。
最後に彼女に質問された内容を思い出す。
『私、本当に女王になってもいいのでしょうか?』
その問いに応えたからか彼女はこうして女王としてルヴァを従えている。
「やっとルヴァ様と同じ世界を見ることができた気がします」
微笑んだアンジェリークにルヴァは尋ねた。
「どうしてそのようなことを……」
「ルヴァ様はズルイ」
「え……」
「ルヴァ様はいつも私を見てくれていたけれど、何をおもっているのかさっぱり分からないです」
「はぁ」
「だからずっとルヴァ様が見てきたもの見たかったんです。女王を目指す目標の一つになりました。ふふっ、あきれちゃいました?」
最後のオレンジがアンジェリークを染めた。
ルヴァは思わずアンジェリークの両腕を掴んでいた。
掴まれたアンジェリークがルヴァの胸に飛び込む。初めは戸惑っていたルヴァだったが、空が闇のベールを纏うとアンジェリークをしっかりと受け止めてた。
自分のものとは異なる髪の香りがルヴァの鼻腔を擽ると心の臓が掴まれたようになる。
血脈の弁が収縮するのを感じてルヴァはやっとこの現象が何かを自覚する。
俯いた少女の顔が自身の胸に押し付けられるのをルヴァは自分の胸の音が伝わらないか心配したが、遠慮がちに背中に回されたアンジェリークの白い腕に、そんなことはどうでもよくなった。
アンジェリークが顔を上げて宣言する。
「私、女王になったからってルヴァ様のこと諦めませんっ!」
「はっ?」
口をぽかんと開け、驚いているルヴァにアンジェリークはにっこりと微笑むと言った。
「これから長い時間があるんです! 必ず振り向かせてみせますから! だからっ…」
「アンジェ……それは無駄な努力ですよー」
ルヴァは諭すようにアンジェリークの髪を撫でると言った。
ルヴァの言葉にアンジェリークは目を見開く。
開いた目が伏せられると月の光に反射した雫が見えた。
「ああああ~、違うんです! 私は、そのっ、もうあなたに、あなたに心奪われています」
アンジェリークがルヴァの顔を窺うと、ルヴァは照れて笑う。
「私の世界は変わっちゃいました。アンジェリーク、これからも私の世界を変え続けていただけますか?」
言葉の意味を正確に理解したアンジェリークが頷くと、ルヴァはターバンの止め具を外す。
風に舞った白い布がテラスの床に落ちる頃には、一組の恋人たちが誕生していた。
fin.