「すみません、私が叩きつけたばかりに」
長い金の髪の少女が女王となってから、以前にも増して部屋に篭りがちになったクラヴィスにルヴァは心を痛めていた。
ルヴァはクラヴィスからも女王からも何も訊いていない為に本当の結果だけしか知らないが、彼に彼女に想いを告げるように叩きつけたのは自分だったから、クラヴィスが再び鬱屈するようになったのは自分のせいだと考えていた。
だからこうして二人きりになる機会があるとつい謝ってしまう。
「……」
「クラヴィス、貴方の痛みをどうすれば和らげることができるのか、ずっと考えてきました。ここにあの方への想いを、すべて忘れる薬があります」
小さなガラスの瓶に入った薬を差し出す。
とある惑星の植物図鑑を入手したおりに、その惑星独自の生態系でしか存在しない植物を知った。
その植物を取り寄せ、その根を煎じたものと別の惑星で取れる果実を干したものをブレンドしたところ、とある効果のある薬になった。
本当に偶然の成果だった。
最初にルヴァが呑んでみたところ特に効果がないように思われた。
ある日、親しくしていた研究所の青年が落ち込んでいたので、彼の専攻が植物学だということを知っていたルヴァは気を紛らわす雑談とついでにその薬をお茶として振舞った。
次の日に、その青年が元気になっていたため滋養強壮の効果でもあるのかと考えていたところ、青年から感謝の言葉を告げられた。 実は失恋し落ち込んでいたが、ルヴァとの雑談以後は彼女への恋しい気持ちがなくなり自分は何にこだわっていたのかと心穏やかに過ごせるようになったというのだ。
ルヴァは話の効能ではなく、薬の効能に思い当たる。
ただ使い道もなかったからそのときはそのまま残りの薬を戸棚の奥にしまったまま放っておいた。
クラヴィスの現状に対し、その効能が使えるのではないか思い出したのは昨日のことだ。
恋を忘れる薬。
それはタブーであったが未だに知識以外で恋を知らないルヴァには理解らなかった。
「……フッ。忘却が何の意味を持つというのか。ルヴァ、お前はその意味を考えたことがあるのか」
そういって黒き衣を翻し立ち去ろうとするクラヴィスをルヴァは呼び止める。
「ま、待ってください! クラヴィス!」
「ルヴァ、過ぎたことはもういいのだ……いくらお前でも煩わしいのはかなわん」
「クラヴィス…」
いくら考えてもルヴァには解らない。 痛みは痛みで抱えるほうがいいのか、忘却の彼方へ封じ込めたほうがいいのか、ルヴァはただ唇を噛むとそのまま思考の闇へ堕ちていった。
SweetPain
「館の者が通したのか」
「重要な用件があるといったので……彼らを責めないでください」
「まぁ構わぬ。…何の用だ?」
クラヴィスは突然私邸に訪ねてきたルヴァを許したが、ルヴァが手に持った包みから瓶を出すのをみると、クラヴィスはルヴァを睨み吐き捨てるように言った。
「忘却の意味を取り違えたか? ルヴァ」
「これはあの方を忘れる薬ではありません。ただのアルコールですよ」
「酒か…」
「カティスにいただいたもので結構良い品なんですよー……一緒にいただきませんか?」
ルヴァは用意してきたグラスにワインを注いでクラヴィスに渡すと自分の分も注ぎ始める。
クラヴィスは緋色の液体を流し込んだ。
「……」
「あれからずっと考えてたんですよー。書物を読んでいたら失った恋には酒と新しい恋が一番の処方箋だと書いてありましてね」
いつになく饒舌に喋るルヴァにクラヴィスは訝しげに思うが、それを問うことは出来なかった。
クラヴィスはアルコールが与えるのではない身体の変化に気付く。
「ルヴァ、これに何をいれた?」
クラヴィスの手からグラスが落ちる。
グラスはぱりんと音をたてて割れ、絨毯に紅い染みを作った。
ルヴァは音に顔を顰めたがすぐにクラヴィスのほうを向いて微笑む。
「あー…クラヴィス、私は貴方に新しい恋を与えることはできませんが、似たような効果で貴方を慰めることが出来るそうです。睡眠と休息の関係と同じなんでしょうねぇ。陛下と貴方に何があったのかわかりませんが……」
ルヴァは自由の利かないクラヴィスの顎を上向かせると口付ける。
抗う術を持たないまま、忍び寄るルヴァの舌が自身のそれを蹂躙するのをクラヴィスは感じた。
否、抗うことすら面倒だった。
「ただの誘淫剤ですよ」
そういって、クラヴィスの長い衣の隙間からルヴァの手が入り込んでくる。
それを他人事のように感じながら、身体の奥深くに点った微かな炎が次第に大きくなっていくのがクラヴィスを更に苛立たせた。
「んっぅ…」
重たい上物が捲り上げられ薄い下衣をすべて剥かれて、下半身が外気に晒されると身体が自然と震えた。
「ここは初めてでしょうか?」
ルヴァが軽くクラヴィスの後ろに指を這わすとクラヴィスの身体はぴくりと動く。
「ええっと…ここはちょっと反応が悪いですね」
すぐにほかの場所を弄るルヴァにクラヴィスは顔を歪めたものの、それに気付かず良い所を探そうと身体中を這い回るルヴァの指にクラヴィスは次第に煽られていく。
耳裏から首筋、内腿から脚の付け根。
最初は恐る恐るだった愛撫が、何かを探るような綿密なものに変わる。
その度に身体が更なる熱さを持つのをクラヴィスはどこか他人事のように思う。
次の瞬間、目を疑った。
ルヴァの唇が自分の下半身に近付くとそれに吸い付いた。
「…ぁ」
ルヴァがあまりにも神妙な顔をしてそれを咥えるものだからクラヴィスは嗤いそうになるが、状況を考えると嗤ってはいられない。
あまりにもおかしい状況である筈なのに、不自然な熱さはクラヴィスの思考までも溶かしていた。
そんな虚ろな状態で刺激を受けると普段は冷静なクラヴィスの性器だって反応する。
クラヴィスの昂ぶりを確認したルヴァはホッとした息を吐いた。
そのまま付け根から頂点まで数度舐めあげると、薄濁が溢れてくる。それを満足そうな顔で確認したルヴァが舌を離して言った。
「あー、クラヴィス。経験はありませんがちゃんと勉強してきましたので安心して任せてください」
そうにこにこと続けるルヴァにクラヴィスは安心できぬと思ったものの熱に翻弄され、言葉にすることができない。
舌が指に変わり、ゆるゆると動き出したルヴァの手にもどかしい様な思いを抱くが、何か自信をもったようなルヴァに強引に進められていく。
そうしているうちに、とうとう衣がすべて剥ぎ取られた。
今度は熱さが開放されるとそれが心地よい。
起立する昂ぶりを刺激されつつ、もう片方のルヴァの手が、その指が双丘を割り分け入ってくる。
他人に触られたことのない部分を同僚の男が触っている。
ルヴァがいつのまにか指にたっぷりと粘度のある液体を絡ませ、クラヴィスの窪まりに突き刺した。
「!」
初めての刺激を急に受けたものだから、薬が効いているというらしいのに身体に痛みを感じ、クラヴィスは仰け反った。
ルヴァが慌てて指を引き抜いた。
心配げにクラヴィスをみつめる様子に、クラヴィスは犬を思い出した。
「ん? もう気持ちよくないですかー? 有害性がなくて即効性が高い分抜けるのも早いと聞いていましたが、 かなり早いですねー拙いですね……痛かったらすみませんねー」
身体に痛みを感じたはずなのに、なぜか引き抜かれるときに名残惜しいと感じたことにクラヴィスは嫌悪を感じたが、ルヴァを見ると一生懸命クラヴィスの雄を刺激していた。
その様子にクラヴィスは脱力し、ルヴァの成すがままに身体を動かしていく。
ルヴァはやけにうれしそうにクラヴィスを掻いて行く。
「!!!」
今度はよく馴染ませるように皺を広げるように後口の周りから一本挿し入れられる。
前も刺激されているせいか、さきほどの刺激ゆえか痛みは感じなかった。
とまらないルヴァをみてクラヴィスはこの男が誘淫剤を飲んだのではないかと考えたものの、ルヴァの二本の指が身体の中をばらばらと蠢く頃には薬の効果を夢現ではなくリアルで感じていた。
それが指よりも遥かに質量を伴ったものに変わっても同じだった。
いつのまにかルヴァのペニスが身体に差し入れられて繋がっている。
ずぶずぶと音を立ててルヴァを飲み込む様は淫靡で男色の趣味のないクラヴィスにも興奮をもたらす。
男女の理は知っていたとはいえ、男同士の交わりなぞ考えたこともなかったクラヴィスにはなぜ自身がルヴァをくわえ込んでいるのか。ルヴァの暴走を止められなかったことを悔やもうと思ったものの身体の奥の熱のせいで思考がまとまらない。
「クッ…」
「こんなところに入れてみるのは初めてですが……凄いですね~」
熱い塊が自身に埋め込まれて挿き差しされ、クラヴィスはかすかな喘ぎを漏らす。
「アアッ」
「はぁぁっ、クラヴィス……す、すみませんが、こちらも辛いので動きますねー」
ルヴァののんきな声とは裏腹に動作の遅い地の守護聖にしては早い動作で腰を打ち付けられる。
脳髄を犯す水音は何か。
ぐちゅぐちゅと響く水音を聞いていたらまた急にどうでもよくなった。
ただ、ルヴァに忘れ去られているらしい哀れな己の分身を見て、触ってほしいと懇願するのは己に行われている所業を寛容することにならないか、いやもうそんなことはどうでも構わないと。
触って欲しいと強請ろうとして視線をルヴァに向けるとルヴァはクラヴィスの視線に気付いた。
「あああ~~~私だけすみません」
ルヴァが慌てながらクラヴィスの雄を掴むと優しく掻きだす。
オイルと体液をもみこんで皮を緩く伸ばされながら緩急をつけられると更に硬く張り詰めていく。
「最初からこちらではいけませんよねぇ……」
必死に手と腰を動かすルヴァにクラヴィスの頂点も近かった。
「ルヴァ…」
「クラヴィス!」
もう少しで上り詰める、いつのまにかクラヴィスも自ら腰を使いルヴァを頂点から根元まで咥え込んでいた。
ふと、クラヴィスはそれに気付いて自嘲する。
ルヴァから与えられる熱と痛みで、一時とはいえ、ずっと抱えてきた想いを忘れてしまったことを。
愚かな…
愚かだとは思うがそれを誰にも告げることはなくクラヴィスは薄く笑んだ。
行為の有効性を考えて、更にルヴァから与えられ続ける快感によって何も考えることができなくなる。
真に愚かなことだ…
クラヴィスはそのまま真っ白な世界へ堕ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「頭では理解してたんですが、本当にこんなことで貴方を慰められたのでしょうか?」
何もかもが終わった後で、ルヴァが呟いた言葉にクラヴィスは驚いた。
この男は…
クラヴィスは理解した。
ルヴァが純粋に自分を慰めようとしていたのだと。
ただ手段が常人には思い浮かばぬものであっただけだ。
知識と実践が伴わない友に呆れつつ、クラヴィスは答えた。
「構わぬ」
「クラヴィス…」
「だが、このようなことはもう勘弁してくれ…」
「はは…はぁ…そうですよねー…」
がっくりと肩を落とすルヴァを一瞥すると、クラヴィスは寝台へと倒れこむ。
普段使わない部分の肉や部位を使ったせいで起こる痛みに包まれながら、薄れゆく意識の中で優しい声を聴いた。
「ゆっくりお眠りなさい」
その日は疲れのせいかあの夢をみなかった。
優しくて残酷で幸せで切ない彼女の夢を――