顕現してから身を持って祈祷できることに喜びに打ち震えていたところ、ふと気がついた。
私には仲間というべき刀たちがいて特に同じ派の刀たちは生まれた時代も同じ頃、辿った運命は異なるとはいえ、逢えば不思議なものですぐに同じものだと分かった。
血が呼ぶというのだろうか。鋼の身に血という概念はないが、その理ことわりも超越し受肉し経験した今はそれをとても実感できる。
もっとも私は彼らとは少しだけ差異があるのだけど。
同派の特に三日月宗近という刀は私とそう時間をおかず鍛刀をされただけあって私と共にいることが多く、刀として重ねた年月故か鷹揚で大抵のことには動じず、朗らかで好ましい刀だった。
気がついたら隣にいる。
少し視線を落とすとさらさらと流れるような紫紺の糸。
豊かな睫に縁取られた瞳は月を映す。
身内への気を許した表情で甘えてくる仕草。
自他共に天下に聞こえるくらい美しいというけれど、顕現したその姿は私にとっては大層可愛らしく。
自分と同じ物に可愛らしいというのは不釣合いかもしれないけど、たまに出逢う参拝者の幼きものへ感じるような想いを三日月に抱いていた。
それを人は庇護欲というらしい。
それゆえ三日月に装束の仕度などを強請られればついつい面倒をみてしまう日々をすごしていた。
目線が合うと彼が笑う。
その笑顔をみると私の身がおかしくなるようになったのはいつからだろうか。
小さきものへ感ずるものではない想いが芽生えたのは。
まるで心の臓が跳ねるようで、両手でぎゅっと掴まれたように竦むと全身が何とも経験のしたことがない感情で支配される。
長篭手をつけてやる際に目に触れる白い肌を、直視できなくなったのはいつからだろうか。
演習後の汗で張り付いた着物を解いてやるときに昂ぶる身の変化を自覚したのは。
私はまた三日月のことを考えていたことに気づく。
御幣ごへいを持つ手を下ろし、神に向かって頭を垂れる。
自らが神になったとはいえ審神者の力を借りてこの程度の神力しかない付喪神、肉の身を得てからは直接大明神の声をきくこともなく、御神刀としての己を維持しようと加持祈祷に精を出す。
長き間に魂にさえ染み付いてしまった祝詞のりとを朗誦しようとすれば、私の名を呼ぶ彼の声が混じる。
いつの間にか彼のことばかりを考えていることに気づき愕然とする。
人の理ことわりで縛られないとはいえ、最低なことをしていると思う。
私は手早く帯を解くと反応し始めた雄の証たる肉を掴む。
さきほどまで御幣ごへいを持っていたこの手で。
身を得てから覚えた肉欲はたいそう甘美で、人の営みでは当然のことだというけれど、私は多大な背徳感を覚えながら、幹に刺激を与えていく。
『石切……石切丸』
眼まなこの裏で三日月が華が咲いたように笑む。
笑んだ顔が傷を受け苦痛に歪むものへ変わって。
戦の後の満足げな表情へ移ろえば。
「んふぅ…」
脳裏に浮かぶ天下五剣一美しい刀を、清浄を生み出す筈のこの手で汚す。
欲をぶつける先が同派の刀であるなんて。
神への神聖な祈りをも中断させるその力の源を。
人はなんと呼ぶんだろうか?
彼に触れることができる血肉を得ても同じ性を受けたゆえ、この想いが叶うことは恐らくないだろう。
「はっ…!」
想いと欲を吐き出し掌てのひらを汚した白濁を懐紙で拭い、袴を上げ帯を結んでいく。
「石切丸?」
障子の向こうから放たれた声に慌てて袴の乱れを直して答える。
「お、驚かさないでくれるかな。三日月、入っておいで」
私の返事を聞くと三日月が入ってきた。
「また祈祷か? 熱心なことだな」
いつものように私に近寄ってくる三日月に雄の臭いを気取られないかと心配であったが、三日月はいつもと変わらぬ様子で定位置へと収まった。
「祈りというのは願いと似たようなものだろう? 祈れば本当に叶うのか?」
不意に尋ねられた言葉に目を白黒させる。
普段、私が祈祷に励んでいても全く興味を覚えるわけでもなく終わるまで手持ち無沙汰に待っているだけであったのに、どういうことだろう?
「神に祈れば俺の願いもいつか届くだろうか」
ふと気になって尋ねる。
「何を願っているんだい?」
私の言葉に三日月は軽い溜息を吐いて苦笑して言った。
「好いたものと誓いを立てたい」
三日月に告げられた言葉を聞いた私の顔はどんなものだったんだろうか。
私には見えず分からなかった。