いくさの後の昂ぶる身体を沈めるには躯の熱を放つに限る
とは一体いつの世の持ち主がいっておったか……
もう幾年月流れて記憶も失われてしまったが、ただその言葉だけなぜか残っていた。
帰還後、久しく荒ぶる気持ちを抑えきれずにみしみしと音が鳴る縁側をいつもよりやや早足で自らに与えられた室に向かっていた。
今日は主の勧めで、たいした敵もおらぬところを未だ錬度の低い刀(もの)たちを連れて歩いていたのだが。
そこに現れた検非違使と一戦交え――。
結果としては、三日月が軽傷、短刀の二刀(ふたり)が中傷を負ったくらいで済んだが、久々に流れる己の血をみて気持ちが昂ぶってしまった。
すべて斬りおえた後も猛る感情が抑えきれずついぞ笑みを浮かべてしまう。
手入れする部屋を短刀たちへ譲り残る短刀たちを部屋に送った後で三日月を縛るものはもうない。
額から流れる血を拭うこともなく歩く。ふと庭を見やると右手に見える月は丸く煌々と辺りを照らし、その光もまた三日月の高揚感を溢れさせるのに一役買っていた。
「石切丸……おぬししかおらぬのか」
「おや、ご苦労様。太郎殿たちは遠征へでているよ。検非違使が出るとは災難だったね」
そこにいたのは神剣と呼ばれる一振り石切丸。
加持祈祷(いつもの趣味)や科せられた当番が終わったのか、茶を飲み寛いでいたようだ。
この本丸では顕現した順に4人ほどで一室与えられている。同日に鍛刀により顕現したこともあり三日月は石切丸と同室であった。
正直、面倒な刀(もの)が残っているなと思った。少し早めに生じた堅物の太郎太刀であれば、自らの柔和な顔と動作で篭絡し、部屋から追い払うこともできたが石切丸ではそう甘くいかぬ。
同じ派とされる石切丸はこれまた堅物に見えて、長く人の信仰の上にあった故か人と関わることが上手く、言い包めるには分が悪い。
三日月の様子を不審に思うことなく石切丸は近寄ってくる。
「ああ、手入れ部屋はいっぱいなんだね?」
「薬研と小夜がおる。ほかは送った。今日は疲れたであろうからもう寝たのではないか」
「じゃ君の穢れを祓おうか」
石切丸は手拭を茶の残り湯で湿らせると、三日月の額から落ちる血が拭っていく。
三日月は大人しく石切丸の手に身を委ねて清められていたが、石切丸との距離が近づきその香の匂いを感じるとビクッと身体を震わせた。
不浄の気は削げつつあるのに身体の内から沸く高揚を含んだ気――熱は一向に静まらぬ。
昂ぶる熱を沈めるにはたしか……人でいうと魔が差したというべきか。
いくさの後の昂ぶる身体を沈めるには躯の熱を放つに限る、と幾代も前の主がいっておったではないか、三日月はそれを思い出すと自分の世話をする石切丸をみやる。
こうして石切丸の為すがまま気負いなく世話を任せているのは三日月が他人に頓着しないこともあるが、石切丸とは旧知の仲だからだ。
人型を得てからもこのように世話をされるくらいには付き合いがある。
それでも当たり障りのない付き合いだけで今からやろうとすることはどうであろうか。
そもそも男子の形の自分が同じ形の石切丸と熱を放つことができるのかと記憶を呼び起こす。
かつては人と共に在ったが人の営みから外れて長くなる。
思い出して問題なく思うが実地は初めてだ。
昂ぶった気か、血の臭いか、それとも障子の隙間から漏れる眷属の光のせいか。
三日月は石切丸に誘いをかけていた。
「なぁ、石切よ」
「……三日月?」
「神剣とて今は生身の器、俺とかわらん」
不思議そうに首を傾げる石切丸に笑いかける。
いつもの茶を強請るときのように。
狩衣の上の装飾を取り外しつつ部屋の隅に投げる。
「俺は熱を放ちたい。やるぞ」
三日月の直接の誘いに息を飲む音がした。続いていつもの三日月の好きな穏やかな声がやや呆れたように紡がれる。
「これはまた無粋な誘い文句だね」
簡素な言葉ながら真意は伝わったようだ。
石切丸は動作が緩慢なだけで頭の回転が足りぬわけではない。
趣味が中断されたときのように怒る表情をみせず困ったような表情であるから分は悪くない。
そう考えると三日月はまた笑みを深くする。
「ははは。歌でもよんだほうがよいか?」
石切丸の女子(おなご)のような結びの帯の腰からその身体へ抱きつく。
暫しの沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは石切丸だった。
「高ぶっているようだね……仕方がない。鎮めようか」
誘いはかけたものの同じ平安期の刀の割には性に対する道徳性を重んじる型の石切丸が返した承諾の言葉に珍しいこともあるものだと顔に出さず驚けば、いつのまにか三日月の顎に石切丸の指がかかり上方に持ち上げられている。
人型では同じ身頃のせいかそのまま近くに石切丸の顔があった。
最初は唇同士が軽く触れる。
そういえば、肉の身を得てからの口吸いは初めてであったなと。
モノであった頃にもヒトに口付けられることは稀にあったが、それとはまったく違う。
吸い付いて離れたと思えばまた吸い付かれる。
下唇を舐めとられて食まれる。
熱を鎮める筈であったのにこれでは熱が上がる一方だと三日月は苦笑した。
脱いだ着物の上にいつのまにか転がされ組み敷かれていた。
口から首筋に向かっていた石切丸の口が動くのに背の毛が粟立つ。
戦場で感じるそれと同質のものを感じ戸惑う。
とりあえず主導を取り戻そうと身を捩れば石切丸の手でがっちり固定されており変えることはできなかった。
口吸いは初心な三日月からみても巧みなほどであったのに躊躇いがちに三日月の身体を這う石切丸の指を訝しく思う。
自らの装束の支度を石切丸に何度も手伝わせた覚えがある。
袴は脱がされることなく緩められた隙間から石切丸の手で愛撫されていく。
その触れは緩やかでもどかしいが促すこともできぬ。
次第に下へ降りる石切丸の手をただ受け入れるだけだったが。
臀部に触れた石切丸の手にある金属が冷たい。
金属が当たって痛いというと気が削がれるだろうかと三日月がぼんやりとしていると、いきなり身の中に指が入ってくる。
「ふうっ!……石切! いきなり挿入れるとは……どっちが無粋だ」
痛みには慣れているとはいえ、このように気を許した雰囲気であられもない場所に与えられる痛みは経験がなく余裕を保つことができない。
その痛みの間にまた別の熱が生まれていることも余裕をなくさせる一因だった。
「こういったことは初めてでね……ああ、君は初めてじゃないのか?」
「この身を得てからはまぁ試したことはないな」
「君に試したことがあれば吃驚だよ」
顕現した日が同じだったせいで錬度が高くなるまで内番も遠征も全部共にいたのだ。
三日月とて石切丸のいいたいことは理解った。
ふと思いつく。
「ふむ、互いに初心であれば俺がやるほうがいいか」
石切丸の双眸が細まった。
「ちょっと黙ってくれないかな?」
また口を吸われた。
少し驚いたものだから呆けると開いた口の先から石切丸の舌が入ってくる。
舌同士が絡まると身体の芯がまた熱くなる。
「前も触れ」
雄の部分が哀れな程に姿を変えていて早く熱を開放したいと脈打っている。
肉の身を得てから先に呼ばれた刀たちからの自己処理方法を聞いていたから開放するのは初めてではない。
初めてではないが、その分快感を知っている。
石切丸もあの時乙女のように頬を染めて説明する清光をみていた筈だが。
力を持つ三日月のまらを掴むとまだ慣れていないのかおずおずと触れてくる。
「石切、焦らすな」
「三日月……初心者に無茶言わないでくれるかな」
「俺が抱くぞ」
石切丸が困惑の表情で三日月を見た。
「三日月……」
「んっ?」
「君は私のことをどう思っている?」
突然変わった話の内容に少し首を傾げるものの三日月は石切丸の質問に普段思っていることを返す。
「おぬしと共にいると楽だ。こうしてまぐわうくらいには好きだな」
そうだ。楽だし好きだ。
いつの間にか荒ぶっていた血さえ落ち着いている。
未だ身体は熱を帯びているというのにあの得体の知れぬ高揚感はもうなかった。
「私のほうがね、もっと君が好きなんだよ」
そういって抱きしめてくる石切丸に包まれていると不思議なものでまるですべてが予定調和のことのように思えてくる。
「だから抱かせてくれないかな?」
三日月は答えの代わりに頷くと自ら石切丸の唇を奪った。