烈しい赤に心が躍った。
「これは、水の守護聖殿。こんな夜更けにどこにいくんだ?」
「オスカー…」
群青が空を染め上げて闇を包みきった後で、森へと向かう。
月の光を映し、鏡のように光を反射する泉の傍で出逢った。
珍しく機嫌よく話しかけてくる男に訝しげに視線を返す。
「酔っているのですか?」
「酔ってなんかいないさ」
酔っているのでなければ、この機嫌の良さは何だというのか、リュミエールにはさっぱりと分からない。
いや、この男を理解ろうとすることが無理なのかもしれない。
己らの性質もサクリアも相反することを考えて眉根を寄せる。
リュミエールの心情を読んだのか、オスカーが顔を歪めて笑った。
「麗しのリュミエール殿は、こんな時間にアレか? 夜這いか何かか?」
「……貴方と一緒にされるのは不愉快です」
むっとした様子で物言いたげにリュミエールが返すとオスカーが嗤う。
「まぁ一杯付き合えよ」
「一体どうしたのですか?」
リュミエールにはオスカーが自分を誘う理由が分からなかった。
「こんな月の夜には独りで呑むのは勿体無いだろ?」
どこに隠し持っていたのかバスケットにワインとグラス、つまみだろうバゲットとチーズらしきものが詰め込まれているものを突き出してくる男にリュミエールは小さく溜息を吐いた。
「これは……」
「カティスの酒だ」
「……いただきましょうか」
水の流れる音と衣擦れの音。
月光を浴びて嗤う赤色を纏った男の隣でワインを味わう自分を不思議に思う。
風が吹いた。
木々から舞い落ちた葉が水面に落ち、波紋の輪舞曲を奏でていく。
常であれば嫌味の一つ二つ紡いでいく赤毛の男は何もいわず、グラスを傾けている。
何故かしら胸がざわつく自分にリュミエールは戸惑いを隠せない。
目の前にいる男は相変わらずで。
穏やかで平面だったリュミエールの心にもいくつもの波紋が生まれてくる。
月が完全に満ち、オスカーを照らす。
烈しい赤に心が躍った。
この感情をリュミエールは知っていた。
それを認めるべきか心の奥底に仕舞い込むべきか、リュミエールは己の思考の海に沈む。
居たたまれない雰囲気のなか、顔を上げるとオスカーと目が合った。
「なぁ、リュミエール。たまにはいいもんだろう?」
そう笑い掛けてくる男にリュミエールの心は突然凪いだ。
リュミエールも珍しく含みのない顔で微笑む。
オスカーの顔が珍しいものをみたような表情に変わった。
「そうですね。オスカー。たまにはこんな夜もよいかもしれません」
オスカーは何もいわず首を縦に振る。
先ほど前と同じような二人の間に、確実に先ほどまでとは異なる時間が流れるのをリュミエールは感じた。