「みかづき、いしきりまるとなにかあったのですか?」
今剣が三日月の顔を覗き込むと、そう尋ねた。
褥へ移るまでの一刻。
三日月宗近は和やかな時間を同じ派の刀たちで過ごしていた。
膝の上には今剣。
顕現した頃はどこか余所余所しげだった二振りも今はもう慣れて、まるで人間の親子のように互いに寛げる間柄となっていた。
同じ刀工により作られたため、兄弟というような関係の筈が、かつての大磨き上げにより短刀となった今剣は稚児のような姿で顕現となったこともあり、その姿はまるで仲の良い親子のようで。子が父に尋ねるように忌憚なく聞いてくる今剣に三日月は思うまま答える。
「喧嘩などしとらんが」
「さいきんふたふりともへんです!」
今剣の言葉に三日月は首を捻るがとんと検討がつかない。
「本当に石切丸とは喧嘩なぞしとらんぞ? おぬしも一緒に夕餉も食べたし、風呂も入ったではないか」
この本丸ではなるべく早く慣れるようにと同じ刀派で部屋割りされていたこともあり、生活するにはあたって、同じ派の刀同士で共に行動することが多かった。
三条が剣で本丸に迎え入れられた刀は現在三日月、今剣、それに石切丸の三振りだけだった。
三日月にとって石切丸は数多の仲間のなかで、同じ三条で同じ時代に生じ、生じた時代の装束を模したものを戦衣装としている故に着替えをよく手伝ってもらう際に話すことも多く、他の刀よりは随分と気安い仲だと思っていた。
給与が入った折りには少し良い酒を花見ながら月見ながら二振りで楽しむこともあるくらいで。
少し鈍いが力強い太刀筋と穏やかでたまに人を食ったような返しをする気性も刀時分には持っていなかっただろう優しい声音など三日月には好ましいものだった。
石切丸は基本的に加持祈祷の邪魔をせねば気を損ねることもなく扱いやすい刃種ゆえ、これまで喧嘩というものはした覚えがない。
三日月には今剣の言うことに心当たりはなかった。
「ううぅ~、ほんとうにけんかしてないですかー?」
「ああ、しておらぬぞ」
納得のいかぬ顔をしていた今剣であったが、三日月の返答におずおずと三日月の腹へ頭を乗せるという。
「ふふっ、ぼくはみかづきもいしきりまるもだいすきなんですよ! だからなかよしでなくてはこまります」
三日月はそういってはにかむ今剣の頭を撫でて返す。
「俺も今剣や石切丸が好きだぞ。安心するといい」
「あんしんしたらねむくなってきました」
「ああ。今日はもう出陣もないだろう。眠れ」
人形で出会ってみれば今剣は童の形となっており、その影響か思考も動作も童のようになっていた。
こうまで影響を受けるとは難儀なものだと三日月はかつての今剣を思い出すが、これもまた定めとその思考を追い出す。
「ふぁ~い、はやくいわとおしとこぎつねまるもくるとよいですね」
そういうと今剣は三日月の膝の上に丸まり眠り出す。
三日月はそれを咎めることもなく、今剣の流れるようなさらさらとした髪を撫でた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
縁側で粟田口の童たちが走る様を眺めながら、三日月は昨日今剣より受けた質問のことを考えていた。
石切丸とは喧嘩などしていないが、そういえば最近は親しくなった獅子王や歌仙に燭台切や粟田口の世話好きな面々が三日月の着替えを手伝ってくれており、酒も石切丸と二振りではなく本丸の皆で酌み交わすことが多かった。
皆でいるときは一部のもの以外は刀の種別毎に話すことが多く、石切丸と緩やかな時間を共にしたのはいつだっただろうと首を捻った。
出陣こそ同じだが審神者の過保護のせいでぬるい時代にいくことが多く、これまた部隊の皆で過ごすものだから本当に前になる。
今度の給料がでれば誘ってみようかと考えていたところ、ちょうど外廊下の角から石切丸が来るのが見えた。
「石切や……」
話しかければ、ややあって返事がある。
「やあ、三日月」
ここに座れと隣を示せば石切丸はかなり戸惑った様子でぐずぐずしている。
常であればすぐに返事をするのにとんと黙るばかりで。
これは困ったな。
「なぜ返事をせん?」
「いや、私が君の隣に座ってもいいのかい?」
今までは自然にそこに居たのに急にそんなことを言われてもとんと訳がわからんと三日月は驚く。
「いったいどうしたのだ?」
石切丸のほうへ身を寄せて尋ねれば、固まる石切丸に三日月の頭の中を疑問符が過ぎる。
顔を朱色に染めて俯く石切丸はやはり常とは違う。
下を向いたり、こちらを見遣ったり。
大の男の形をしたものがそのような目遣いをしてもとんと可愛くないぞと三日月は胸のうちで笑った。
だが悪いものではない。
石切丸は暫く無言だったが……
聞こえたのは微かな声。
「君を好きになったみたいだ……」
などというから。三日月も自ら呼応するように返す。
「ん? 俺も好きだぞ?」
三日月の返事に石切丸は喜ぶどころか眉根を寄せ目を細めて唇を歪める。今にも泣きそうなその顔に三日月は困惑する。
なぜそんな風に顔を歪めるのか三日月には分からず、石切丸にそのような表情をさせたことに何故か胸が痛む。
手を胸に当てようと前にすると。
刹那、腕を取られて身を引き寄せられる。
石切丸の香の匂いを感じたかと思うと、両頬を取られ口付けられた。
なんぞこれは。
初めはただ口の端に唇を押し付けられているだけかと思いきや、三日月が抵抗しないこともあり段々場所がずれて、より深いものになる。
三日月は無体を働かれていることは分かったが、身の内から刀時分も含めて初めて湧いてくる何かに驚く。
酔っているときのように宙に浮いたなかを歩いているような。石切丸をみつめると今度は別の意味で胸が鳴いた。
はじめての自覚はそれだった。
「このような意味での好きだったのだけれど……どうして君はそんな平気な顔をしていられるのかな?」
口を吸われて驚きはしたものの嫌がる素振りすら見せず、薄ら赤くなっているだけの三日月に石切丸が自分の行為も棚にあげて尋ねると、三日月は笑った。
「平気な顔といわれても……驚いてはいるが。まぁ俺の好きも同じ意味だぞ。石切よ」
三日月がそう告げると、今度は深く石切丸に抱き締められて再び口を吸われる。
降ってくる石切丸の声と温もりに包まれながら、三日月は初めて恋というものをしった。