「陛下~! 陛下ぁああぁ~! もーあの子ったらどこにいったのかしら?」
(ごめんね、ロザリア)
アンジェリークは自分を探す補佐官を柱の影でやり過ごすと、目的地に向かって駆け出した。
「ルヴァ!」
「陛下!?」
いつもの日常、いつもの執務中、突然現れた女王にルヴァは驚く。
前代の女王とは違って御簾越しに話すようなことはなかったけれど、それでも彼女が平日のこのような時間に自分の執務室現れることなんてめったになかったものだから。
何事かあったのかと慌てて見つめると、彼女の表情に憂いはなくホッとする。
「で、なんで抜け出してきたんですかー?」
「逢いたくなって」
「へ?」
少しだけ、と抱きついてくる彼女を抱え、自分も腰を下ろす。
時折、首座の守護聖に注意されるとおり本当に自分は彼女に甘いと思う。
本来であれば彼女を諌めて女王の部屋へ送らなければならない筈だ。
幸いいつも早めに執務を終わらせて読書を楽しむ男は、あと少しで終わるノルマに読書の時間と少女と過ごす時間を量りにかけてかけて後者を選ぶ。
「で、アンジェ、どうしたんですか?」
二人きりのときしか呼ばない名前で呼ぶと彼女が嬉しそうに擦り寄ってくる。
しばらくそれを堪能しようとしたもののやはり時間と理由が気になって仕方がない。
アンジェリークがそんなルヴァに気付き、悪戯っぽく笑って紙を差し出す。
執務中に、各陳情書に混じってやけに幼い字で書かれた手紙が混じっていたらしい。
各検閲を偶然にも通り抜けたのだろう。
彼女が差し出した手紙を見てみるとそこには拙い文字で女王への願いが書かれていた。
『じょうおうさま、おねがいです。あめのせいでおりひめさまとひこぼしさまがあえません。あめをとめてください』
「ふふっ、かわいいでしょ?」
「無邪気ですねー」
ルヴァは手紙の元となった風習を思い出し、幼い願いに微笑ましく思う。
どうしてこの手紙で自分に逢いたくなるのか、さっぱり分からないけれど。
「偶然なんだけど、今日はこの子の星の暦で7月7日なの。だから……」
雨雲がでていたようだけど晴れにしちゃった、と笑うアンジェリークにルヴァは頭を抱えたくなった。
「アンジェリーク! 貴女そんな個人的な事情で天候を!?」
「一日だけよ」
「し、しかし……」
「私だったら一年に一度しか逢えないのに雨でキャンセルだなんて耐えられないもの」
「ただの伝説ですよ! 女王のサクリアをそんな軽々しくお使いになられてはなりません!」
時の流れからすると手紙を出した幼児も今では大人になっている筈だし、こんなに些細な内容で一々女王のサクリアを使用するのは流石に問題がある。
諌めた言葉は彼女のご機嫌を損ねたようで、頬をぷくりと膨らませるアンジェリークに。
「そんなことで拗ねないでください」
ルヴァはその頬を両手で挟むと唇へキスを落とす。
途端にご機嫌になったアンジェリークが言う。
「ねぇ、ルヴァ」
「はいー?」
「私は貴方と出逢えて、こうして同じ時間を過ごせることは奇跡だと思ってるわ」
「アンジェリーク…」
確かに彼女がもし女王になれずに故郷へ帰っていたのであれば、その後二度と会えることはなかっただろう。
自分が地の守護聖としてサクリアを開花させなければ彼女が生れ落ちる遥か昔に砂礫となっていただろう。
いくつも積み重なった奇跡の結果、出逢えて恋に落ちた。
ルヴァだってその奇跡には感謝していた。
「だから少なくても『奇跡』を起こせる立場になったんだし、ちょっとくらいいいかな~って」
「出逢えたことを奇跡と呼ぶのであれば、それは……」
二人の前に見覚えのあるシルエットが映る。
「機女と牽牛が年に一回しか逢えなくなったのはどこかの女王陛下のように仕事を放棄していっちゃいちゃしていたからですわっ!」
恐ろしいくらい美しく微笑む補佐官がいた。
それに気付いたアンジェリークは慌ててルヴァの後ろに回ろうとするものの、ルヴァにロザリアに向かって差し出される。
「ル、ルヴァ!?」
「私は貴女に年に一度しか逢えなくなるのは御免です」
「ご協力感謝しますわ。さー、アンジェ、帰ったらまだまだ書類溜まってるから今日は残業よ!」
「ルヴァのばかぁ!」
ロザリアに手を引かれて連れて行かれるアンジェリークの耳元にルヴァが囁く。
「また日の曜日に。お仕事がんばってくださいねー」
嬉しいような困ったような何とも奇妙な表情をした女王が自身の執務室へ戻っていった。
おわり。