歴史遡行軍が現れてどのくらい経ったのだろうか、それは突然の知らせだった。
時の政府が交代となり、歴史遡行軍を防ぐのではなく変えられた歴史を修正することで対応し、維持費のかかる刀剣男士制は廃止されることになった。
各本丸には残り一月での解体が申し渡された。
「おや、珍しい組み合わせだな」
庭先にて、目を擦っている秋田藤四郎の肩に手を置く骨喰藤四郎を見かけた三日月が声をかけた。
「あ、三日月様」
「どうした? 目に塵でも入ったか?」
「いえ、あと少しで本丸が壊されちゃうと訊いて……骨喰兄さんともこの姿で逢えるのは最後だと思ったら涙が……あはっ」
少し前に審神者を通じて政府の通知が刀剣男士へ通告された。
刀たちの処分は刀解であり、現世に存在するものはそこへ、もう遥か昔に伝説へとなってしまったものは天上へと還る筈であった。
こうして藤四郎のようにこの本丸で初めて相見えた兄弟たちも、かつてから親交のあったものたちも、本丸解体までの間、共に過ごしたり一振り瞑想していたり、思い思いに過ごしているようであった。
「少々寂しいだろうが……離れ離れになろうとも、おまえたち兄弟の絆は切れんだろう?」
「!そうですね」
「三日月……」
弟の頭を撫でていた骨喰が三日月に頭を下げると三日月が笑む。
骨喰の手を握っていた秋田が三日月に尋ねた。
「三日月様は寂しくないんですか?」
秋田の質問に骨喰は固まり、三日月は苦笑する。
三日月は秋田と目線が合うように膝を折るといった。
「ん、そうさな……俺は長く生きすぎてそのようなことは忘れてしまった」
「三日月様……」
「三日月、おまえはあいつと過ごさなくていいのか?」
「骨喰よ。気を遣ってくれるのか、やあ嬉しいな!……ああ、そう不思議な顔をせずとも良い。気にするな。
俺はこの本丸でお前たちとあえてよかったと思っているぞ」
○ ○ ○
「ここにいたのかい……」
「石切丸」
秋田と骨喰と別れて部屋で茶を飲む三日月へと石切丸が声をかける。
共に呼び出されてからはや幾年。
すべての行事を共に過ごし、共に戦場を駆け抜けた二振りだった。
同じ刀派の仲間で、数多の誉を二振りで競い合い、数多の傷を二振りで分かち合った。
仲間と表すにはより深い関係であったが、その関係ももうすぐ終わりだと三日月は思った。
石切丸は三日月へ静かに近づくと隣へと座る。
三日月は予備の杯を石切丸へ渡すとそこへ酒を注いだ。
共に杯を傾ける。
「ん……」
「もう酔ったのかい?」
石切丸が尋ねると三日月が笑む。
「いいや、これで最期の別れだと思うと名残惜しくてな」
三日月の回答に目を丸くした石切丸を見遣って笑う。
石切丸の顔が歪んだ。
「石切丸、おまえとは相まみえないほうが良かった」
「三日月……」
三日月は杯に残っていた酒を一気に流し込むと石切丸の胸元を掴む。
「相見えなければ、それならば今このような気持ちを抱え過ごすことにならなかったのに」
俯く三日月に石切丸は応える。
「三日月はそう思うんだね。それでも私は君と出会えて良かったと思うよ。――宗近」
三日月は掴んでいた石切丸の着物を離した。
「君とあえて本当に良かったと思っているよ」
重ねて言う石切丸に三日月は頭をあげると石切丸へ近づく。
「少し肩を貸してくれ」
石切丸は三日月が凭れやすいように肩を傾ける。
三日月は石切丸の肩へ頭を乗せた。
少し前までは必ず来る別れの予感に怯えていたと言うのに、石切丸から伝わる温度に心が凪いでいくのが不思議だと三日月は思った。
「三日月」
「……」
「たとえ離れ離れになっても、君や皆と過ごした日々は私にとって大切なものだよ」
「石切……」
「ずっと忘れないよ」
三日月は顔を石切丸の肩口へ埋めると何事か口に乗せる。
それを聞いた石切丸は破顔する。
そのまま、夜が更けるまで二振り共にいた。
本丸最期の日、誰が言い出したわけでもなく刀剣男士皆で集まり、審神者を囲んで談笑にふける。
三日月と石切丸も例外ではなく、刀剣男士として最期の日を皆で過ごした。
○ ○ ○
月日は流れて――
「ねえ、この三日月宗近ってこの間みた石切さんの刀に似てない? 東大阪の神社の!」
刀鑑賞には珍しく若い女が隣にいる父親に向かい、ある刀を指差しながらいう。
父親は解説のパネルをみると娘に返す。
「ああ! この刀はあの石切丸と同じ流派の刀匠が打ったものらしいなぁ。しかし、さすが天下五剣。美しい……あれ? これ変な風に光ってないか?」
「お父さん、どうしたん? うわぁ」
三日月宗近の刃紋に光が反射し、輝く。照らされている照明に比べて不自然に強く。
『そうか……石切丸はあちらで息災にやっているか』
今でも愛しい懐かしい日々を思い出しながら三日月宗近はそっと意識を閉じた。