三日月宗近という刀はおかしい。
「ねー、石切丸。これなんとかならないの?」
俺の頭を抱えて丸まっている三日月宗近……つまり三日月の懐に俺がいるわけだけど。
ぎゅうぎゅう少し苦しくて鬱陶しい。
その三日月を指差して目の前で茶を飲んでいる刀に尋ねた。
「しばらくしたら飽きると思うよ」
そういってなぜか目を細めて笑う石切丸へ俺は口を曲げて抗議する。
だって石切丸の台詞を聞いた三日月が更に俺を抱きしめてくるから。
く、苦しい。
一応俺だって大太刀だから暴れれば抜け出せるんけど、そこまでするにはこの刀との関係は悪くなかった。
俺は諦めて、もぞもぞと苦しくないほうへ身体を動かし三日月の膝に座る。
この前、主と今剣とこの目の前の二振りで茶屋にいってから三日月がおかしい。
こうして俺をやたらと構うのだ。
たしかにあのときは国俊やいつも一緒にいる短刀たちが遠征遠征で、大太刀仲間の太郎たちも出陣中だったし……いつもより三日月に構われても気にならなかった。
決して寂しいかったわけじゃないからね!
だけど!
「うー、孫と遊ぶなら今剣と遊べばいいじゃん? なんで俺なワケ?」
「今剣は岩融がいるだろう?」
三日月はそういって俺の髪を撫でる。
悪くはないけど。
ホントになんなんだ。この刀は!
「ワケがわかんないよ!」
三日月は俺を抱えたまま、その顎を摩り尋ねてくる。
「蛍丸よ。こうされるのは嫌か?」
嫌かといわれると鬱陶しいだけで嫌ではないんだ。
「うー。嫌じゃないけどさ」
それを聞くと三日月は嬉しそうに笑う。
これだからこの刀は憎めないんだよな~。
俺たちの話の間、ひたすらにこにこしてた石切丸が茶の道具を片しだした。
「さて、私は祈祷の準備があるからいくね」
石切丸がそういうと
「まて」
なぜか三日月が石切丸を呼び止めた。
おっ、いつも頷くだけなのに。珍しー。
「ん?」
三日月の静止に石切丸が首を傾げる。
珍しいから俺も一緒に傾げたい。でもそれを三日月の腕が阻んでる。
三日月が石切丸へ言う。
「いってきますのちゅうはないのか?」
なんか石切丸の方からボンッっていう音がした気がするけど!
三日月の発言に石切丸が顔を楓色に染めながら返す。
「三日月! 君は子どもの前で何を!」
ちょっと! 石切丸! 俺、大太刀なんだけど!
んー、というかこの二振りデキてたのか。
いつも一緒にいたけどそんな気配なかったじゃないか!
「大体、口吸いなんてしたことがないのに……質が悪いね、君は!」
あっ、三日月のジョークなのか。
ま、そうだよね。
「ふむ、主がいっておったぞ?」
「なにを……!?」
主が? 何をいったんだろ?
石切丸だけではなく俺も気になる~!
三日月が微笑んでいう。
「背(夫)が出かけるときにはこう強請るものだと」
「誰が誰の夫なんだっ! 勝手に決めないでくれるかな!」
赤くなったり蒼くなったり石切丸の顔色が忙しい。
御神刀だっていうのに石切丸は人に近い気がする。
んー、御神刀だからか?
三日月はなおも楽しそうに続ける。
「無論、おぬしが俺の背(夫)だぞ?」
「三日月!」
「はははっ、楽しい飯事だと思わんか?」
この二振りよく一緒にいるけどこんなことは初めてだ。
石切丸も三日月も大概は穏やかで害のないタイプなのに。
あんぐり口をあけて見ているうちに三日月がこっちへ話を振ってくる。
「なぁ、蛍よ。父へいってらっしゃいのちゅうはしないのか?」
ちち!? ちゅう!?
うぉ! 俺までいつのまにか子役で混ぜられてんの!
そんなことするワケないでしょ!
ふとこの間の主の言葉を思い出す。
あの時、親子がなんかいってたな。
……なんとなく分かった気がする。
ニマニマ余裕の笑みを浮かべている三日月を何とか言わせてやろうと。
俺は石切丸の袖を思いっ切り引っ張った。
三日月に注意を向け、油断していた石切丸は簡単に身体を傾ける。
その頬にちゅっと。
「いってらしゃい、父上」
へへへ。
白目を剥き蛍丸まで三日月に感化されたとブツブツいってる石切丸は放っておいて。
三日月をみると。
珍しく青褪めた顔の三日月をみて、そんな表情するなら煽らなければよかったのにと思った。
ブツブツいう石切丸と無言になった三日月と。
面倒な大人たちの相手はもうこりごりだと俺は自分の部屋へと帰ることにした。
この後で、石切丸と三日月の間に何があったのか――俺は知らない。