「おっ、三日月。どうしたんだ?」
「鶴か」
昼餉の準備をしている光忠を驚かそうとネタ探しをしていた鶴丸が外廊下で座り込んでいる三日月を見つけた。
優美な着物を纏うわりに粗野な仕草で近づいていく。
天気がいいから日向ぼっこか?本当にじいさんみたいだぜと思いつつ、鶴丸は楽しそうな予感にニヤリと笑った。
「追い出された」
そういって後ろの障子を指差す三日月に鶴丸は口笛を吹いた。
目の前の閉まった障子からは聞き覚えのある声が祝詞をあげている。
「旦那は加持祈祷中か?」
「ああ」
しゅんとしょげる一振りを見やる。
流れるような黒藍の髪に美しい黄金の房飾り。いつもは綺麗な弧の柳眉は今は八の字を描く。
鶴丸の目の前の刀はこう見えてこの本丸では最長老であると聞く。
永い時を得たきただけあって大抵のことには動じずどんと構えているのだが、共にいる一振りについてだけは別で、このように若い刀のような振る舞いをする。
「そうだな~。驚きの結果になってもよければ俺が相談に乗ってもいいぜ?」
「あい頼む」
珍しく即座に話に乗ってきた三日月に驚きながら鶴丸も三日月の隣へと座った。
話を聞いて見込み違いのつまらない事に巻き込まれたとすぐに頭を抱えることになったが。
三日月がいうには、午後の加持祈祷を始めた石切丸のその腰に抱きついたら外へと追い出されたという。
審神者(あるじ)にさえ祈祷途中に話しかけられると苛立ちを隠さずに対応する刀によくやったものだ。
最近スキンシップが足りないのだとしばらく前に覚えた言葉を使いながら三日月が不満を零す。
「なんだ。じいさんは石切丸に構って欲しいのか?」
確かに石切丸は鶴丸からみても、日中はやれ加持祈祷やら遠征、夜は夜で逸れ脇差の青江にからかわれていたり逆にからかっていたり、大太刀仲間の蛍丸の面倒を見ていたり、酔い潰れた次郎姐さんの介抱をしたり忙しそうだ。
もっとも三日月も粟田口のチビたちに囲まれて茶を飲んでいたり、狐や虎を愛でていたり、自由気儘に過ごしているのを見かける。
三日月と話す粟田口たちを羨ましげにみている今剣を岩融と共に三日月の方へ押し出したのは昨日のことだ。
そういや珍しく三条が集まっていたのに石切丸はいなかった。
鶴丸は首を傾げた。
石切丸がいないのもその一回くらいで大抵この二振りは共にいる。
審神者がこの二振りには気を使っているのだ。
後から顕現した鶴丸は話に聞いただけだが、審神者が人(刀)材不足に悩んでいた折に石切丸と三日月宗近が二振り同時に顕現し、状況を打破したという。その後も一軍で二振りとも活躍中だ。
気をよくした審神者が運命を論じ、部屋は相部屋、遠征も大抵同じ部隊で内番も同じ、他の刀へもあれらは二個一だからと命じるわけだから近侍の長谷部も心得たとばかりに二振一本の扱いで大抵が共に在る筈だった。
それに構われていないこともないと鶴丸は思う。
飾りの多い三日月の正装への着替えを石切丸が手伝っているのを見かけたのは今朝のことだ。
この二振りが朝餉にいつまで経っても来ないので食事当番の歌仙に頼まれ部屋へ呼びに来たのだが。
どうやら朝餉後すぐに遠征の予定が入っていたようで私服から着替えを行っている様子だった。
動きの遅い石切丸に手伝いさせるよりもよっぽど旧知の脇差や短刀たちに手伝ってもらったほうが効率的だ。
それなのにゆっくりと互いの狩衣を着せ合う様子に鶴丸は番(つがい)のようだと刀剣男子に思うには場違いの感想を持ったものだった。
その後、二振りを連れていけなかった罰としておかずを一品減らされたのが驚きだったが。
「ああ」
「これ以上構えってことか?」
「まったく足りんぞ」
言い切った三日月に鶴丸は思いついたとばかりに手を打ち鳴らす。
「俺に良い案があるんだが……のるか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「石切丸」
ようやく祈祷の終わった部屋へ三日月が入ると石切丸がちょうど道具を片し終えたところで、石切丸が振り返る。
「悪かった」
三日月の謝罪に石切丸は少し眉を上げる。
「君が謝るなんて珍しいね。明日の天気は雨かな? 明日の朝は天候祈願の祈祷にしようか」
祈祷が終わって機嫌の良い石切丸はそう軽口を告げたが、三日月の様子に眉を潜める。
「何があったんだ?」
気遣うように尋ねると三日月が応える。
「おぬしに嫌われるのは嫌だ」
「嫌われるって……こんなこといつものことだろう?」
嫌う筈がないじゃないかと石切丸が心底呆れた顔で返すと三日月は安心したように息を吐いた。
「嫌ってないのであれば構え」
「かまえ?」
鶴丸の考えた策は至って簡単なもので真実を伝えるのみ。
それが一番石切丸が驚くといっていた。
三日月は別に石切丸を驚かせる必要はないと思っているが他に策はない。
「スキンシップが足らんのだ」
「また君はそんな言葉を覚えてきて……」
「石切が足らん」
石切丸に向かい両手を広げる三日月に石切丸は深く息を吐くと抱き寄せる。
「もしかして朝の悪戯もそれかな?」
三日月が若草色の布の上で頷くと、さらに三日月を抱き締める石切丸の腕の力が強くなる。
「こちらは自重しているのだと何で気付かないのかな!?」
「く、苦しいぞ。石切」
「おや? 嫌なのかい?」
「いや……もっと欲しい」
嫌なわけがないと三日月が首を振ると一緒に金の房飾りも舞う。
石切丸はそれを指で遊びながら笑む。
三日月の眼の前には石切丸の欲望に染まった眼が見えた。
ああ、これが欲しかったと三日月の全身が喜色に染まる。
「私がどんなに君を好きか、分からせてあげないとね」
耳元で囁かれた言葉と吐息に三日月は背の毛がゾクリと逆立った気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっ、三日月。旦那と仲直りしたんじゃないのか?」
鶴丸はまたも外廊下にいる三日月を発見し声をかける。
もう日もとうに暮れて大分経つ。
夕餉では三日月も石切丸も見なかったのだから、てっきり急な出陣かと思ったがそうではないらしい。
今は大層疲れているようで柱に凭れ掛かっている三日月は視線だけを鶴丸に向けて言った。
「鶴よ、じじいは身がもちそうにない」
「はあ?」
「石切は機動は遅いが打撃と衝力はあるんだった。俺の腰がもたん」
雲に陰る月が再び顔を出すと鶴丸は驚いた。
これは夕餉にでられない筈だ。
三日月の首筋に溢れるほどの執着の跡が見える。この分だと全身に桜のように散っているのだろう。構われた、愛の印が。
「こいつは驚きの……いや、別に想定内のことだったな。じいさんが構って欲しいっていってたんだろ。でもまぁ愛されてていいんじゃないか?」
そう鶴丸がからかうと三日月は満更でもなさそうに頷く。
「うむ、物であった頃にはこのような悦びがあるとは思わなかったからなぁ……愛でられるのがこのような幸せなことだと知らなかったぞ」
気だるげに腰を擦りつつ微笑む三日月になんとも言えぬ色気と惚気を食らう。
こういうのをなんというんだったか?
「もげろ?」
月夜に鶴丸の気の抜けた一言だけが響いた――。