よく知ってる声がして、俺は取っ手を掴んだ手を止める。立ち聞きするつもりなんてなかったけど、白石部長から謙也さん探せて指令がくだっとったから。
「ケンヤのカノジョそんなにマグロなん?」
「おん……いつも俺ばかり動いてアイツは寝とるだけやわ」
「ケンヤ、スピードスターやから気を遣ってんのちゃうん? お前早そうやし!」
「なんやって! そんなことないちゅーねん! アイツは俺のテクニックにめろめろや」
「ほんまかいな」
謙也さんの『彼女』が謙也さんのテクニックにメロメロねぇ?
「財前? こんなとこでなにしとんの?」
遠山のアホがタイミング悪う声かけてくるから。
「え? 金ちゃん? 財前も?」
謙也さんの焦った声が聞こえて。
「な、なんや、財前。そ、そんなとこで立ち聞きとか趣味悪いで」
俺は焦った顔をしとる謙也さんを腕を掴むと謙也さんのツレたちにいう。
「すんません。白石部長からこの人連れて来い言われとるんで。借りていきますわ」
白石部長の名を出したら、謙也さんの友達たちは快く謙也さんを送り出してくれる。さすが白石部長や。
◇ ◇ ◇
「へぇ?『彼女』がマグロねぇ……」
「彼女なんて言っとらん!」
謙也さんを屋上に連れ込んで話をつける。
「『マグロ』な俺に不満あったんなら、いつでも別れますよ」
「別れへん! 大体ちょいと男同士の話で零しただけでお前のことなんて言っとらんし……」
「なんや謙也さん、付き合うてる女いたんスか? それか俺とちゃう他の彼氏?」
笑顔を浮かべて尋ねてやる。
「~~~~~」
「謙也さんからコクられたから付きおうとっただけやし、ほな、さいなら」
屋上から出ようと翻したらすっぽりと謙也さんの腕の中に包ませていた。
「アカン! 絶対に別れへん!」
「ちょ! ここ外や! やめや! 白石部長がアンタ探してたんでそっちにいけや!」
暴れて謙也さんの腕を解くと俺は自分のクラスへと戻った。
◇ ◇ ◇
「なんで俺に相談すんねん……」
放課後。困惑してるユウジ先輩の前で溜息を吐く。
今日は部活がない。白石部長が謙也さんに用事やったのもその件やと思う。
「やって、先輩ホモやないですか。今日初めてユウジ先輩おって良かったと思いましたわ」
「初めてって、おどれ二年間俺のこと何と思っとったんや!」
ブツブツ言いながらも話を聞いてくれるらしく、隣に座り込むユウジ先輩の方へ向く。
「しっかしなぁ、普通はそう言うんは小春にするんやないか?」
「え? なんで小春先輩? ユウジ先輩、まさかのタチなんッスか」
「タチっておまえな……イメージとしては俺がヤる方やろ?」
先輩の返事に俺は変な顔をしてたと思う。俺が思ってたんはビジュアルとか体格とかそんなんやなくて。大体、先輩らやとユウジ先輩のが小さいやろ。
「残りの人生捧げたるとか、惚れたもん負けや言うてたやないですか。ユウジ先輩、あの人に惚れてるんやないですか?」
ユウジ先輩は一瞬呆けた後、笑った。なんで笑うんや……勘のええ男は嫌いなんやけど。
「さよか! ちょっとおまえらのこと微妙やと思ってたけど、おまえもちゃんとケンヤに惚れてたんやなぁ。よかったなぁ、ケンヤ。正直、ケンヤの片想いか、財前おまえ流されやすいからケンヤに流されてんのかと思っとったわ。しゃーないからモノマネ王子が応援したる」
急にユウジ先輩が詰め寄ってくる。なんや、近い。キモい。
「ほれ、目ぇだけでそっちみてみ」と囁かれてその方向を見ると壁の後ろから見えるあの金髪のヒヨコ頭は俺の彼氏や。
ユウジ先輩が声を普通の音量に戻した。いや、ちょっと大きめか。ここからと壁の向こうまでははっきり聞こえるやろな。
「財前、そんなことで悩んでんなら俺が相談乗るで。テクニック不足ならいっぱい他の男に開発されてから『ケンヤ』に試せばええやろ」
同じくらいの身長やから顎クイとかせんでもいいのに、俺の顎を掴んだユウジ先輩が謙也さんに見えない角度でウインクしてくる。
あかん、笑いそうや。ユウジ先輩演技下手や……でも、これはくるなと思った。
「ちょっと待ったぁぁぁあ!!」
案の定、飛び出してきた謙也さんは急ぎ過ぎたのかスライディングで転けていた。あーあ、アホすぎる。俺は手も貸さず、彼氏にあの時の同じセリフをぶつける。
「なんや、謙也さん。立ち聞きとか趣味悪いっすわ」
「でたな。バカップルのツレが」
俺らのセリフに謙也さんは目を瞬かせてる。バカップルってなんや。アンタらの方やろ。あー、小春先輩はアホやけどバカじゃなかったわ。ユウジ先輩だけや。
ユウジ先輩がしゃがんで地面に伏せったままの謙也さんに話しかけた。
「ケンヤ、聞いたで。アホやなぁ。よう考えてみ? おまえがそんなセックス上手うないのに下手やったツレが上手うなっとったら、他のヤツに開発されてるちゅーことなんやで。そんなんでええん?」
ユウジ先輩の言葉に謙也さんはモゴモゴと口を動かしてるけど、いつもは大き過ぎるくらいの謙也さんの声は聞こえない。
「こういうのは俺のキャラちゃうねんけどしゃーないなぁ。なぁ、ケンヤ。やっぱ男同士やと受け入れる側のが負担かかるやん? そら、ケンヤは突っ込んどって気持ちええんかもしれんけどな。アレに優しくしたりや」
俺をアレ呼ばわりすんな。
あとな、と謙也さんの耳元でユウジ先輩がこちょこちょ言うと謙也さんの顔が真っ赤に染まった。ちょおまてや。ユウジ先輩、アンタ一体、何いうたんや。
「ケンヤ、ひとつ貸しやで」
ユウジ先輩が右手をひらひらさせて扉に手をかける。
「他人の痴話喧嘩きくほど俺暇ちゃうねん」
ユウジ先輩がいなくなったあと、俺は転がっている謙也さんを持ち上げて建物の影まで引き摺っていく。
「財前、すまん」
反省しとるみたいやし、まぁええわ。俺、謙也さんに甘すぎやないか?
「まぁ……しゃーないから練習してみてもええっすわ」
「え?」
「セックスのとき、俺が動けばええんですよね? わりと俺なんでもすぐできるんで。謙也さんが卒業する頃にはうまぁなって、もうめっちゃくちゃメロメロにしたるわ」
ほっといたら気持ちようしてもらえるし、謙也さんもそれで良さそうやったからやれへんかっただけで、できひんとはいうてへんからな。
謙也さんはなんか呆けた顔しとる。急に真顔になって。
「他の男と練習するんはなしやで!」
ホンマにアホやなぁ。俺は笑った。
「アンタでするんで問題ないっすわ」
次の瞬間、また謙也さんの腕の中にいた。ちょお、ここ外やって。
俺は抱きついてくる謙也さんをめりめり剥がすと告げた。
「続きは謙也さんの部屋でな?」
◇ ◇ ◇
「そういや、さっきユウジ先輩に何言われてたんスか?」
謙也さんの部屋で一発ヤりおわって、まったりしてるところで尋ねた。
「…………いわなあかん?」
謙也さんにしては歯切れが悪いちゅうか……ホンマ、ユウジ先輩なに言うたんや。
謙也さんの肩を指で突いて促す。
「お前が俺に大人しく抱かれとるの、俺にめちゃめちゃ惚れとるからやって、惚れたモン負けやっちゅー話やってホンマなん?」
!!!!!!! あのバンダナ、今度会うたらしばく。
「だけどな、財前。その理論やったら俺お前に抱かれなアカンかったなってちょい反省しててん。でも、お前のことめっちゃ抱きたかったからすまんな」
何言うてはるんや、この人は。アホすぎ。
「別にええっすわ」
惚れたモン負けなんやから間違っていないとか自分の口が言い出す前に顔から火吹きそうで、俺はそのまま謙也さんの枕に顔を押し付けた。