「痛むか?」
「いや……」
衣を脱ぐのを手伝うという三日月に珍しいと思いつつ身を任せていたら、小袖を剥いだところで、肩口に触れられた。
痕
「おや?」
機能的に作られた下着は身体にぴったり作られており、それが汗を吸って気色が悪い。
日々の行事を終わらせ後は夕餉と風呂と祈祷のみとなった石切丸としては早くこの下着も脱いでしまいたいのだけど。だけど、珍しく三日月がやる気を出して着替えを手伝うといいだしたので我慢することにした。
最近は二振り同じ部隊で出陣することもなく出発時刻が微妙に外れていたものだからお互いの支度も手の空いた打刀や太刀に依頼していた。
疾くと着替えて夜の祈祷に励むつもりだったのに。
とは思うが、石切丸の脱いだ鶯色の上衣を抱える三日月をみると何とも言い難い想いで溢れて……断る文句も出ず。
世話をされる方が好きな三日月も、この支度のときだけはなぜか張り切って手伝ってくる。
一度その理由を聞けば、昔の主がその背に対して行っていた行為だという。
いつもは少し憚られるような内容でも鷹揚に話す三日月がやけに顔色を朱に変えながら告げたので石切丸もはっきり覚えていた。
もっと夫婦(めおと)のような行為をしているのにな、となぜそこで照れるのか石切丸には分からなかったけれど。
三日月を見れば、遠征に出ていた三日月も着替えは未だ手付かずで。
己のが済めば手伝う必要がある。
帯紐を床に落として三日月の動向を待つ。
すると着衣の繋ぎ目の皮膚がいずるところになぜか三日月が頭を垂れた。
更々とした三日月の髪が触れ、少し妙な気分となる。
その髪を撫でて。
「どうしたんだ、っ!」
い?と問いかけようとして石切丸は驚きの余り固まった。
頭を垂れた三日月が石切丸の肩にある傷をその舌で舐めたからだ。
形の良い唇が触れ、そこからいずる舌が傷痕を辿っていく。
唖然としていると三日月が頭のみをあげ訊いてくる。
三日月のその上目遣いに秘め事を思い出して身が熱くなるが、夕餉まで時間がない。
いつもの台詞を唱えて心を落ち着ける。
石切丸の動揺も気づかずに三日月は濡れた唇から言葉を紡ぐ。
「痛むか?」
「いや……」
これはまだ己が主をもって三条の刀として使われたときについた古傷だ。
どうやら付喪神になる前についた傷は審神者による手入れで直せないらしい。
別に拘っておらず、審神者の説明にも何も思うところはなかったが。
「見目の良いものではないし」
と内番用の服に着替えようとする石切丸だったが、後ろから三日月が抱きついているため、着替えは進まない。
それでも進めているとようやく身がふわりと自由になった。
ようやく飽きたかと三日月を見れば。
「おぬしの傷を見ると、なぜか胸がおかしくなる」
三日月のその身に傷はないが戦は顕現する前から経験しており傷など珍しくもないはずだと訝しげに石切丸は続きを待った。
「ここがぎゅっと苦しいような、……おかしなものだ」
いつも笑っている刀が辛そうに胸を押さえるのをみて石切丸もなぜか同じ気持ちになった。
だが三日月のいうことばを理解はできても意味は分からない。
「武器の本分としては傷は誉れだろう」
ようやく返した言葉に三日月は拗ねた様に答える。
「それは皮肉か?」
傷一つない三日月宗近を思い出して慌てて否定する。
「いや」
「この想いをなんというんだろうな?」
今度主にでも聞いてみようと言いながら自らも着替えの準備を始めた三日月をみて石切丸が呟く。
「しかしなぜ今更……」
今まで何度も肌を重ねたことがあるのにと石切丸は考える。
肩口の古傷だけではなく背や腹に多少の傷がついているときにも共寝した覚えがある。
それを見透かしたように三日月がにこやかに笑うと言った。
「はっはっは、閨(あそこ)でおぬしの傷を見ても俺がつけた痕だとしか思わんだろう」
「!」
三日月がいつもの様子に戻ると石切丸はほっと一息吐いた。
「石切」
呼びかけられて帯から顔を上げる。
「武器としての誉れも悪くはない。悪くはないが、――俺の見ていぬところでは折れるな」
さあ、夕餉にいくぞと着替え途中のまま部屋から去っていった三日月に石切丸は溢れる想いを堪えきれず、その口に手を当てて途方にくれた。