「不二ー、今度の日曜日空いてる?」
帰りのホームルームが終わって部活に行こうと席を立ち上がったとき、声をかけられた。
「英二……空いてるけどどうしたの?」
土曜は用事があったけど、その用事もたいしたことがないもので、明くる日の日曜はオフだった。
同じクラスになってからというもの共通の話題が増えたせいか、こうしてよく英二には誘いを受けた。
「おっ! あのさー、映画のチケットがあるんだよーん。四枚」
ひらひらと宙に舞う今話題の最新作への誘い。
英二が選択するには珍しく冒険メインとはいえ、ラブロマンスだった。
「これいかね?」
「……四枚?」
二枚しかないみたいだけど?
まさか、どこかの女子たちとWデートのお誘いとか……そんなことはいわないだろうとは思ったけど、提案者が英二だし不安だった。
「俺と大石と不二で三。あと一人は手塚かなぁ?」
テニス部のメンバーをあげていく英二に安心する。
大石がもらってきたんだけど、と続ける英二に笑っていう。
「そのメンバーちょっと面白いね」
「そかな?」
英二の表情に少し影が入ったのを見逃す僕じゃなかったけど、これは僕が手出しする問題じゃないから。
英二は手塚が少し苦手だ。
静的な手塚と動的な英二。
プレイスタイルも性格も正反対。
僕としては二人とも猫科で同じ穴の狢だと思うんだけど。
まぁ両方ともアイツの飼い猫だしね。
本当に彼は二人を上手く操っていると思う。
飼い主の顔を思い浮かべて、玉子ってすごいと思った。
「で、いく?」
「そうだね、楽しみにしてるよ」
僕は頷くと部室へと向かった。
「やぁ、英二。不二。今日は手塚少し遅れるって。先に三年からウォームアップしておけと伝言だ」
部室の扉を開けた途端、飼い主が現れた。
「大石、今日もご機嫌だね」
「そうかな?」
僕の挨拶に戸惑いつつも毒気のない笑顔を向けて、次々やってくる一年や二年に指示を出していく。
英二や手塚だけじゃない。優しい副部長は皆から頼られ慕われてる。
彼についたあだ名を思い出して、命名したのは誰だか分からないけれど言い得て妙だと思った。
着替えてコートに出る。
一年は概ね真面目に、二年はやはり鬼部長(だれかさん)がいないせいか少し気の抜けた感じで準備をしている。
僕も少し身体を温めるため、英二と組んで準備体操をする。
英二、背中にそんな風に乗られると痛いよ……
そんな僕たちを大石が笑ってみている。
後ろで乾がノートに何か書き留めていた。
そのデータ無駄だと思うよ。
大石秀一郎。
決して嫌いではないけど、好きかといわれると回答に困ってしまう。
一緒にいて楽しい英二。
癒されるタカさん。
興味がそそられる手塚。
まぁ面白い乾。
大石はどれにも当てはまらなかった。
しいていうなら、お互いに空気なような存在かもしれない。
こうして彼のことを考えるのは今日の英二が妙な誘いをしてきたせいかな?
ウォームアップを終わらせた僕は頭を振ると意識を集中させるべくボールを握った。
***
約束の日。
僕も早く来たつもりだったけど大石が既に待ってた。
この男、何時からここにいるんだろう。
「おはよう! 早いな! 不二!」
朝からテンション高いな……
挨拶を返しつつ近づく。僕は映画館の玄関前広場にある縁石に座った。
朝の日差しは柔らかで心地いい。
でも暑くなりそうなそんな予感がする天気だった。
「それにしても……男四人で映画なんて色気ないよね」
「そうか? 友情を深めるのにはぴったりじゃないか」
そういって大石も僕の近くに腰を下ろす。
その数センチの距離に。
こうして踏み込んでくるのは苦手だ。
大石は気にしていないみたいだったけど、服の裾を直す振りをしてさり気なく離れる。
「そういえば不二と出かけるの学校や部活以外だと初めてじゃないか?」
よく気がつきました花丸といいたいところだったけど、一緒にタカさんの家にいったこと何度もあるじゃないか。
僕にとってはプラベートにあたるそれを行事と同じ扱いにするのはいただけないな。
そうは思ったけど、考え方の違いなんて人それぞれだから僕は反論しなかった。
そのままなんとなくお互い無言になってしまっている内に手塚がやってきた。
僕より遅いなんて珍しい。
そのことを尋ねると
「出掛けに少しな」
といって、眉間に刻まれた皺を更に深くする。
あーあ。その皺がキミを老けさせているなんて誰も指摘できないよね。
勿論、僕は手塚が怖いわけではなくそのほうが面白いから指摘しないけど。
手塚はそのまま大石と喋り出した。そのうちに手塚から皺が消えていく。
おやまぁ。
きっと幾人かにしか判らないだろう手塚の気を許した表情に僕は笑った。
やや遅刻気味に英二が走ってきて手塚の眉間の皺が再び刻まれたけど、映画が始まるよ、と大石の一声でそれも解消し僕たちは映画館へと入った。
「英二はオレンジジュース。手塚はコーヒー。不二もコーヒーでいいのか?」
皆でいくとレジが込むからといってまとめていく大石に。
世話好きもここまでくると立派だと思う。
爽やかにレジに向かう大石を見送る。
その背中を眺めつつ呟いた。
「大石って気を使うのに疲れないのかな?」
「んなワケねーじゃん! 大石だよん?」
英二の台詞に手塚も首を縦に振った。
キミたち、その根拠はなんなのさ……
「だってさぁ~ 将来のこと聞かれて素で他人の役に立つ仕事につきたいとか中坊なのにいっちゃうヤツだよ?」
ああ、この間の進路相談のことか……逆にこの年だから言えるのかもしれないよ?
大人になったらそんな真っ直ぐなこといってられなくなる可能性もある。
「"優等生"な答えでいいんじゃない?」
「絶対、素だって」
「……大石はいいヤツだ」
「キミたちって大石のことに関しては意見があうよね」
「えー! だってタカさんも乾もいってたよ」
「僕には何か演じているようにしかみえないけど」
「えんぎぃー!? 大石に限ってそれはナイナイ!」
手塚も頷いている。
珍しい……この二人の意見が一致するなんて。
「意外……キミたちって似てたんだ」
「ぶ」
「…………」
お互いが嫌そうにしているのが判って面白い。
特にすぐ分かる英二と違って手塚が感情をすぐそれと分かる顔で表すことは多くない。
その手塚がいつものポーカーフェイスを崩して嫌がっている。
「俺と手塚のこと似てるとかいうけど! 不二と大石も似てるじゃん」
「僕と……大石が?」
どんな論理だか。苦し紛れにいってるようにしか思えないけど。
だって僕と大石は似ていない。
性格も何もかも。
どちらかというと正反対じゃないかな。
テニスに対する思いすら、ね。
「んー! わかんないけど! 似てるよ!」
手塚は殆ど表情が変わらないけど、しげしげと僕の顔を見つめてくる。
多分、手塚のことだろうから僕と大石、外観的にどこが似ているのか考えているんだと思う。
外見は全く似ていないと思うよ。僕あんな個性的な髪型じゃないし。
「三人ともおまたせ! ……ん? どうかしたのか?」
戻ってきた大石は英二に目配せして何が起こったのか尋ねている。
答えない英二に首を傾げつつ、トレーを机に置き、手塚の隣に座った。
「ねぇ? 大石」
「どうした? 不二」
「この二人、大石のことが大好きなんだって」
「へ?」
英二と手塚を指していう。
急に何を……と目を白黒させる大石だったけどすぐに破顔して。
「ありがとう」
……天然って恐ろしいと思う。
こんな男と僕……ぜったいに似てないと思うよ……
照れて笑っている英二と微妙に固まった手塚の対比が面白かった。
一頻り、映画の感想なんかを言い合って、楽しい時間は過ぎていった。
最初は手塚を気にしていた英二も、慣れるにつれていつも通りはしゃぎ出す。
部活じゃないからと我慢している手塚が段々険しい顔になっていく。
英二はそれに気付かない。
手塚が大石に合図すると大石が頷いた。
途端に手塚の周りの空気が変わる。
それとは対照的な温度で英二の周りの空気が変わるのが分かった。
あーあ。
バカ大石。空気読むといいよ。
沈んだ英二に仕方がないので助け舟をだそうか。
「大石、聞いてもいいかな?」
「え? いいけど」
優しい玉子は僕の突然の質問に戸惑いつつ了承をくれる。
手塚は怪訝そうに、英二は目をまんまる大きくして僕を見ている。
「猫は好き?」
「そうだなぁ……うん、好きだよ」
「ふーん、そうなんだ」
想像通りの回答に僕は笑う。
自分のペットたちは自分で面倒みなよと僕は続けようとして。
大石が気付いたように手を打った。
聖母のような柔らかな笑みで。
「そういえば、不二って猫っぽいよな」
そういって爽やかに笑う大石に固まる猫二匹。
コイツは天然じゃない。
僕はそう確信した。