この2014年6月に刊行された作品は藤原氏と菅原道真に焦点を合わせた歴史ロマン大作であり、10数年前から練り上げられた壮大な構想のもとで執筆が始まったその序章の部分を発表したものであり、全体像はまだ明らかではないが、武士の台頭から源平合戦など日本古代国家の律令制が崩壊し、武家政権成立に至る過程を描くという著者の全体像の見通しがある。
この作品の特徴は作者の年来の持論を実作に適用し、日本の文学作品としては異例の全篇横組みで、欧米のペーパーバックスタイルを踏襲する。又日本歴史小説を読みにくいものにする元号を使わず西暦で統一し、世界歴史の中で物語を位置づける。更に図表を使って京都の町割りを説明し、難解な歴史用語や漢語に丁寧な解説を施し、天皇家や藤原氏などの有力公家の系図と共に巻末に一括する。文体は流麗洒脱であるとともに、ハードボイルド型の短い、畳みかける口語を多用し、現代の先端を行く読みやすさがある。作者の視野には常に世界水準があり、日本歴史、文化を世界に紹介する観点が随所に見られる。同時に作者の日本歴史、文学に対する膨大な知識と研鑽に裏打ちされ、新たな解釈によって歴史事件を浮き彫りにし、菅原道真という日本歴史上の神格化された存在の現実的な実像に迫る。そのひとつに菅原道真の家系が経営して来た紅梅塾という高級官僚登用試験の為の学習塾がある。平安朝初期の日本の国家運営に当たって先進文明国家中国の文物を理解し、採用して行くためには何よりも中国文明の知識が優先したし、先進的知識は漢語に拠ってしか齎されなかった。菅原家はこの知識を独占し、塾生に供与することに拠って経済的利益を得るとともに、政界への人脈を形成し、藤原家独占の政界に頭角を現した。
尚本書は書店に置かれていないので直接発行所に注文等お問い合わせください。
書名、作者、発行年月日、定価及び発行所など以下の通りです
藤牀之槐夢(とうしょうのかいむ)
作者 荘老(さこうおゆ)
2014年6月1日第1刷発行
定価2000円
発行所 有限会社アイルロコ
〒103-0014
東京都中央区日本橋蛎殻町1-11-3-1003
電話 03-3664-8991
作者は論者の東京大学文学部国語国文学専修課程時代の同級生であり、当時から三島由紀夫やトーマス・マンなどの作品を念頭に作家を志していたのであるが、時代状況が大きく移って行く中で本格的な文学作品発表の場に恵まれず、雌伏半世紀にして大江健三郎、村上春樹、松本清張、司馬遼太郎など戦後日本の人気作家を越える評価を後世に得る筆力をこの処女作で証明した。従来の歴史小説とは一味も二味も趣を一変した本作は洛陽の紙価を高め、江湖の文学愛好家の喝采を浴びるものと信じる。