昼下がりのコンビニエンスストアである。芳羽保は、幕の内弁当とペットボトルのお茶を持ってレジに並んでいる。自分の番が来て店員が弁当とお茶のボトルのバーコードに読み取り機を当て、ピッ、ピッと言わせながら聞いて来た。
「お弁当のほうは温めますか?」
芳羽は、“弁当は温めてほしいが、弁当のホウというものは温めなくてもいい”などと言いたいのだが、高校生か大学生のアルバイトらしい店員に向かってそんなことを言っても無駄だと承知しているから、「はい、温めてください」と無難に答えておく。
店員が弁当を電子レンジに入れに行ったので脇に寄って待つ。その店員が戻ってきて、次の客に応対し始める。実にきびきび働く。マニュアル通りなのだろうが、なかなかではないか。次の客は、カップ麺を1個持った若者で、店員が聞く。
「お箸のほうはお付けしますか」これに若者は「ダイジョウブでーす」と答える。そのときレンジがチンと鳴って温めが完了したことを告げた。弁当を取り出して戻ってきた店員が
「お弁当のほう、大変お熱くなっておりますので、気を付けてお持ちください」
芳羽は“いい年をした大人に向って、熱いから気をつけろとはずいぶん舐めてくれた物言いではないか。それにさっきから、ホウホウとうっとうしくて仕方がない。一体どこのホウ言だ”などと毒づきたいのだが、そこは大人の余裕、
「ありがとう」とにこやかに言って店を出る。
それから6時間ほどのち、芳羽は同僚と居酒屋にいる。日中の暑さもようやく収まり、一日の締めのビールを飲もうというわけである。同僚が店員に言う。
「とりあえずビール」
かつて“とりあえずという銘柄のビールはない”と山崎努だかが言うCMがあったが、ここは突っ込まないでおく。それに対して店員が、
「ビールのほうは何本お持ちしますか?」というのにも“ビールのほうではなくてビールが欲しいのだ”などと言わずに、
「二本お願いします」と穏やかにお願いして、おつまみを注文する。同僚が枝豆と鶏のから揚げ、芳羽はエイヒレを注文する。
しばらくしてビールと枝豆を運んできた店員が、
「から揚げのほう少々お待ちください。それとエイヒレのほうですが、申し訳ございません。本日は品切れとなっております」
“品切れなのはエイヒレのホウなのだから、エイヒレはあるんじゃないの?”と言いたいところだが、
「それじゃあ、イカの一夜干しを」と注文する。
枝豆をつまみにビールを飲んでいると、鶏のから揚げとイカの一夜干しが運ばれてくる。運んできたのは、先ほどとは違う女性の店員だ。
「鶏のから揚げとイカの一夜干しでございます」
“おお、久しぶりに聞くホウ言じゃない言葉であることよ。よく見れば、なかなかかしこそうな面差しの子ではないか。近所のN大の学生だろうか?”などと考えていると、同僚がその子に向かって、
「N大の学生さん?」
「そうです」
「あっそー。何学部?」
「ホウ学部です」