はいやエー はいやはいやで
今朝出した船はエー
どこの港へ サーマ入れたやら
(長ばやし)
牛深三度行きゃ 三度裸
鍋釜売っても 酒盛ゃしてこい
戻りにゃ本渡瀬戸 徒歩(かち)渡り
威勢のいい太鼓と賑やかな三味線の音で熱っぽく唄い踊るハイヤ祭りが、去る4月19日から前夜祭もいれて3日間開催された。
最終21日は、須口かし網組合漁船団による色とりどりの大漁旗や鯉のぼりを棚引かせての海上パレードもあり、前日の雨もあがって保存会・子供会グループなど27団体約1500人が千石船を先頭に、総踊りの行列をつくり、中心商店街を練り歩いた。
牛深ハイヤは、江戸中期より漁師、親方衆の大漁、または不漁の時の間直し、遠来の客のもてなし、宴として受け継がれてきたと言われている。昭和36年、踊り好きの主婦のメンバーが集まり、当時の市長の肝煎りもあって民俗芸能の伝承活動と観光振興のために牛深民謡保存会を設立。平成18年「牛深ハイヤ保存会」に変更して今年で52年を迎えた。昭和47年に第1回牛深ハイヤ祭りとして、当時の牛深市の一大イベントとして市民総参加の祭りとして発展。今年で42回目になる。
ところで、牛深ハイヤ節は天草の南端牛深で生まれ、南風(はえ)を利用した帆船が西海岸を伝って東シナ海・玄海灘・瀬戸内海、そして大阪からの北前船が日本海を北上し松前(北海道)、更に太平洋を南下して日本列島を一巡していったと言うのである。「佐渡おけさ」「津軽あいや節」「阿波踊り」まで到るルーツで、牛深が元ハイヤと言われている。民謡研究家の町田佳聲氏、その弟子である竹内勉氏の地道な探索の結論である。
はいやはんやは 何処にもあるが
牛深はいやが 元はいや 竹内勉