「それで、ウチデ君はどうしたいわけ?」
須賀富士夫は内出澄香に聞いた。ここは会社の小会議室。課長である須賀は、部下の内出との人事考課面談中なのである。須賀の勤務する会社では、人事考課は勤務態度や業績などの項目について、それぞれA、B、C、D、Eの五段階で評価することになっている。しかし、この評価に当たっては、一方的に評価されるという社員の不満を解消するために、評価する上司と評価される部下が個別に面談を行って、考課の透明性を高めることとされているのだ。
内出は今年入社したばかりで人事考課面談も初めてである。彼女は、須賀が課長を務める営業三課で営業事務を行っている。いわば営業社員の補助的な仕事なのであるが、それに不満があるらしく「もっとやりがいのある仕事がしたい」と須賀に訴えているのである。
「やっぱり~、仕事するからには~、誰かのためになっているっていうか~、世の中の誰かのためになっているんだなっていう実感が欲しいじゃないですか~。いまの私の仕事ってそれがないじゃないですか~。」
須賀にしてみれば、語尾を伸ばす話し方はあまり好きではないし、「じゃないですか」なんていきなり同意を求められても困るのであるが、
「だから、さっきも言ったように、内出君は具体的にどうしたいと思っているわけ?」
「さっきも言いましたけど~、やりがいのある仕事がしたいじゃないですか~、それって~、今の仕事にはないじゃないですか~」
同じことの繰り返しではどうにも話が進まないそれに、やたらと「じゃないですか」を連発するから、いい加減にうんざりしているのだが、そこは上司としての立場もあり、
「今の仕事だって、十分に意義のあることだと思うよ。営業事務は地味に見える仕事かもしれないけど、売り上げの入金までの管理とか、得意先の情報のメンテナンスとか、会社にとってはけっこう肝心な部分の仕事だと思わない?」
「それって、この会社の中だけのことじゃないですか~。もっと、世の中に必要とされる有意義な仕事ってあるじゃないですか~」
須賀自身は、世の中に必要とされていない仕事などないと考えているから、「それなら、いっそ会社など辞めて海外青年協力隊にでも入ったらどうだ」などと突っ込みたいのだが、新入社員相手に感情的になっても仕方がない。須賀は、「まあ、内出君は入社して間もないことだし、これからわが社でどんな仕事がしたいのかじっくり考えてみたらどうだろう」と、無難にまとめて面談を切り上げようとした。
「課長は~、今の仕事にやりがいとかあるんですか~」
「そりゃああるよ。だから内出君だって、これからじっくりと考えていけばいいんだよ。それで、人事考課のことだけど、・・・」と言いかけるのにかぶせて内出が言った。
「そうか~、それっていいじゃないですか」
須賀は言った。
「いや、考課はEじゃない」
さっきと同じ会議室である。須賀は、上司である関西出身の田中部長に、面談の結果を報告しているところである。須賀は、内出とのかみ合わない会話、やりがいとか、世の中の役に立つ仕事とか、今の若者は理解しがたいという愚痴をこぼしてしまった。田中部長は、
「まあ、新入社員やし、ええじゃないですか」
「いいえ、Aではありません。Cじゃないですか」