蛍と聞いて人はどんなことを思い浮かべるのだろう。
子供のころ、その光に胸をときめかせたことだろうか、
淡い初恋だろうか、亡き人のことだろうか、
それとも蛍の舞う空の、もっと先にある宇宙のことだろうか。
夕されば蛍よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき(紀友則「古今集」)
古来日本人は蛍の光に何を感じてきたのでしょう。
肉体を離脱した魂や、苦しい恋の思いであろうか。
声を持たない蛍は、光の明滅だけで求愛しているという。
また、熱を持たない光は静かに燃える心を連想させる。
ゆるやかに着てひとと逢う蛍の夜 桂信子
熱を持たないと言えば、蛍光灯を思い浮かべる。しかし、
全く熱を持たないわけではなく、白熱灯に比較すればという話。
点滅しながら点灯することも蛍たる所以なのでしょう。
今は消費電力や放熱がさらに少ないLEDが登場しているが、
蛍の発光の効率には及びもつかないという。
蛍の光は冷徹なデジタルの世界をも連想させる。
音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなりけり(源重之「後拾遺集」)
声はせで身をのみこがす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ(紫式部「源氏物語」)
昔は、腐った草が蛍に生まれ変わると信じられていた。
確かに、蛍には草や西瓜のような匂いがある。
蛍くさき人の手をかぐ夕明り 室生犀星
蛍の光に魂を連想すると言えば、野坂昭如の短編「火垂るの墓」を思い出す。
駅で死んだ清太が身に着けていた、妹・節子の骨の入ったドロップの缶を駅員が草むらに放り投げると、驚いた蛍が一斉に夜空に舞うのです。
蛍火の明滅滅の深かりき 細見綾子