別宮貞雄(べっくさだお)は1922年東京生まれ
初めは理論物理学を志し、旧制第一高等学校から東京帝国大学理学部物理学科を1946年に卒業。
次いで、同大学文学部に入学し美学を学ぶ。
その間作曲を池内友次郎に師事。
1951年から1954年までフランスに留学。
という経歴の持ち主。
『淡彩抄』は1948年作曲。内田るり子による初演。
大木惇夫の詩
Ⅰ 泡
シトロンの泡の消ゆるを
透かし見て、君さりげなし、
秋の日のこひの淡けさ
すずかけの落葉しきりに。
この曲は、恋の始まりかしら? シトロンを飲んでいるってことはおうちじゃないわね。
ミルクホールの時代かしら?カフェがあったのかしら?
そこで、この恋は始まりました。
青い炎のような、淡々とした恋が・・・
Ⅱ 蛍
きみがその薄きなさけも
夏くれば涼風となり
はた水となり
夜な夜なを蛍やながさむ
きみがその薄きなさけも
この曲のピアノパートは左は四分音符、右は裏拍を刻四分音符です。
フラットが6つの調号がまたまた、涼やかな感じ
じっと何もしゃべらずにその女の人に寄り添い、見つめている男性の視線を感じます。
Ⅲ 入黒子
惚れてみる君のうなじに
入黒子あおくかなしき
蛍とし見ゆる夜もあり
蒼蠅(さばえ)とし見ゆる夜もあり
かつ憎みかついつくしむ
入黒子げにもかなしき
本当は、『いれぼくろ』のほくろは 黒の下に土 という漢字です。
その字がパソコンで探せなかったので。
うなじに『いれぼくろ』なんて、色っぽいですね。
素人の女じゃないね。
そんな女(女と書いて人と読む)に惚れてしまったのね。
Ⅳ涼雨
月あかる夜を
雨は過ぎけり、
さやさやに
小竹(ささ)もゆれけり、
蛍火も
流れさりけり、
きみも行きけり。
月あかる夜を
雨は過ぎけり、
ぬれてわれのみ
野に残りけり。
何があったのだろう?この二人に。
夕立のような激しい雨の中に彼女は飛び出していったのよね。
彼女を追って外に飛び出したがすでに彼女はいずこへ、そして、残された男・・・
『涼雨』の涼は本当は『にすい』なのです。『さんずい』じゃないのです。
Ⅴ 別後
いづれのあたりに
濡れやしたまふ、
月夜の雨に
山梔子(くちなし)の
しろき花をかざして、
ああ、きみは、
うすき衣に
野の香をとめて
いづれのあたりに
濡れやしたまふ。
先ほどの別れのすぐ後の歌。
未練があふれている
ずっと、彼女の事を思っている
そんな感じです。
ピアノは下降形のアルペジオ、それが最初から最後までずっと続いております。
悲しい響きです。
Ⅵ 燈(ともしび)
蟵(かや)すけて
みる
草のゆれ、
ゆめ
うつつなる
朝靄(あさもや)に
燈(ともしび)
のこるすずしさよ
彼女は帰ってきたのね。彼女は彼の横にいる。蚊帳の中にいるふたり。
これはまさしく情事の歌です。子供は歌えません。
ピアノは左が16分の12拍子、右は8分の6拍子。2拍子系と3拍子系の合体です。
ピアノが主役のような曲です。
1つたりとも強い音はありませんが、淡々とした中にも蒼いめらめらとした情念を感じる曲です。
この曲を歌いたかったから淡彩抄を選びました。
Ⅶ 天の川
天の川しらむよごろは
蘆(あし)の葉の露もしとどに
我妹子(わぎもこ)は薄衣(うすぎ)かこちぬ、
なか空ゆ聲(こえ)の見ゆるは
はや秋の鳥わたるらし。
間奏曲のような、中締めのような曲。
二人で夜空を見上げているのが、一人なのかわからない。
ピアノの門田さんが「なんか、この曲集はある程度の年輩の男が昔の恋を思っている感じだなあ」
って言っていました。そうか、この、天の川は『今』なのかも。
去って行った恋、または相手は亡くなった奥さんかもしれない。
そう思ったら納得です。
Ⅷ 青蜜柑
湯あがりの肌のさむさよ
みかんの青さよ
甘酢ゆき香にむせて今はひとりよ
埋火(うもれび)も消えはてて夜の壁の影もひとりよ
ああ、やっぱり門田さんの説が正しい気がする。
奥さんを亡くした夫の感じ!!
『今はひとりよ』って、
Ⅸ 鷺(さぎ)
ふゆのみぎはの
ゆふあかり
はやきえぎえの
あしの間に
ひそみてあをし
鷺のかげ
あかるきかたやゆめみてか。
冬の縁側に一人で立って鷺を見ている。
鷺と自分を重ねあわしているのかもしれない。
単純な3拍子のとてもシンプルな歌、
なぜ、ここにこの曲が入っているのかわからなかったけど、昔の恋を偲ぶ、妻をしのぶ男性という状況だったら、納得がいく
Ⅹ 春近き日に
あゝ野晒しの冬の巣に
風にふかるる星さむき
柊(ひいらぎ)の葉の棘いたき
せつなきこひをするからに
雪割草の咲く見れば
はやきえぎえの霜見れば
涙ながれてとめあへず
きみよ目醒めてよりそえよ
目醒めかなしき朝ながら
わが世の春も(歌の歌詞は『わが世の春は』ってなっています)近からし
光の鳥はとびかひて
あんずの小枝ゆれやまず
あんずの小枝ゆれやまず
淡彩抄の最後の曲
春に希望をつなぐ。
本心かあきらめか?
2節目のところが悲しい。