ベルリオーズ(1803~1869)
『夏の夜』は彼の代表作ともいえる。この作品は彼が31歳の1834年から41年にかけてフランスロマン派の詩人、テオルフィル・ゴーティエの詩6篇にさっきょくしたもの。ただし6曲はすべて独立した内容のものである。
なお、この6曲の演奏順番も演奏者によって自由に変更されることも多い。
Ⅰ Villanelle ヴィラネル
ヴィラネルとは、2脚韻の3行詩の連続を4行詩で結ぶ詩形のこと。
ここではその形によって牧歌的な田園詩が歌われる。
2/4拍子、Allegretto
歌は3節ほぼ同系だが、伴奏は3節とも違った表情で歌と面白い対位を奏する。
ヴィラネル
春が来て、
寒さが消えてしまったら
僕たち、二人でスズランを摘みに森へ行こうね。ねえ、君。
実を摘んでまわる僕らの足許に
朝露が真珠のように光っているんだよ
ツグミの鳴き声を聞きに行こうよ
ツグミの鳴き声を聞きに行こうよ
春が来たんだ!ねえ、君。
春は幸せな恋人たちの季節
そして恋人たちの季節
そして小鳥も、羽に艶つけて
巣の入口で歌をさえずっている
さあ!ここへおいで、この苔のベンチに、
そして楽しく、僕らの恋を語ろうよ。
君の甘い声で話しておくれ。
君のあの甘い声で僕に言っておくれ
「いつまでも」と。
遠く、ずっと遠くの方まで行方をくらまして
隠れているウサギや、
泉の鏡に映る自分の曲がった角に
見とれている鹿を、追っ払ってしまおうよ。
そして、僕たちは、幸せにあふれ、ゆったりとした気分で
手提げかごの中で指を絡ませ合っている
さあ、帰ろうよ、森のイチゴを持って!
さあ、帰ろうよ、森のイチゴを持って!
Ⅱ Le Spectre de la Rose バラの精
最もオペラチックな表情と性格を持っている曲。
バラの精
お前の閉じた瞼をあけて、
処女の夢を追い出してしまいなさい!
私は、お前が昨日、舞踏会に行くとき
付けて行ったバラの精。
お前は今もまだ、露の銀の涙に
露の玉を着飾った私を、身に付けたまま。
そして、星のきらめくお祭りの夜に
お前は私を、一晩中、連れて歩いたね。
おお、私に死をもたらせたお前!
お前が追い出してしまわぬ限り、
私のバラ色の精は、毎夜毎夜
お前の枕もとにやってきて踊るでしょうよ。
でも、怖がることはない、私は別にミサもお祈りも求めていない
この軽やかな匂いこそ、私の魂。
そして私はやってくる、天国から、
欲望のままに振舞うのが私の運命、
そんな素敵な運命ならば、
もっとたくさんの運命とでも交換しようとは思わない。
なぜなら、私の墓はお前の胸の上にあるから、
私が憩うその白い大理石のような胸に
一人の詩人が、口づけして、こう書き残した
「ここに、すべての王をして嫉妬せしめん一輪のバラ、横たわりぬ」
Ⅲ Sur les Lagunes (Lamento) 入江のほとり)
この詩は後にフォーレが『漁夫の歌』La Chanson de Pechur として作曲している。
ベルリオーズは哀歌としての性格をまるで小さな鎮魂歌のように堂々と表現している。
入り江のほとり
私の美しい彼女は死んだ、
私は夜も昼も、泣き続けるだろう。
彼女は、墓の中まで、私の魂と
私たちの愛とを持って行ってしまったのだ。
私を一人残したまま、彼女は
天国へ帰っていくのだ。
彼女を導いていく天使は
私を一緒に連れて行ってはくれなかった。
私の運命の苦しさよ!
ああ、恋を失ったまま、ひとり海に船出しなければならないとは!
彼女の白い肉体は
棺の中にじっと横たわったまま。
私には、まるで世の中のものがみな
喪に服しているように思われる!
置き去りにされた鳩のように、
私は行ってしまった人を思って泣くばかり。
私の魂は、連れ添うものもなく、
かたわになってしまったと嘆き悲しむ。
ああ、何と辛い運命だろうか!
恋を失ったまま、ひとり船出をしなければならないとは!
私の上には、巨大な夜の闇が
屍衣のように広がっている。
私は恋歌を歌ってみるが、
それを聴いてくれるのは大空だけ。
ああ、彼女のなんと美しかったことだろう!
そして、私はどんなに深く愛していた事か!
私はもう決して、
彼女以外の女を愛することはないだろう。
ああ、何と辛い運命だろうか!
恋を失ったまま、ひとり船出をしなければならないとは!
ひとり船出をしなければならないとは!ああ!
Ⅳ Absence 君なくて
失恋の悲しみの歌。嬰ヘ長調。言葉の内容と共にテンポをかなり伸縮させながら演奏する。
君なくて
ああ!どうか、帰ってきておくれ、私の愛しい人よ!
太陽の光から遠ざかった花のように、
私の人生の花も、お前の真紅の微笑みから遠ざかったまま
しぼんでしまった。
私たちの心と心の間の、何と隔っていることだろう!
私たちの口づけの間隙とおなじほどに!
ああ、悲しき運命よ!孤独の辛さ!
欲望は満たされぬまま、つのるばかり!
ああ!どうか、帰ってきておくれ、私の愛しい人よ!
太陽の光から遠ざかった花のように、
私の人生の花も、お前の真紅の微笑みから遠ざかったまま
しぼんでしまった。
ここからお前のところまで、広い野や畑や
多くの町や村々が、
そして谷や山々が、間を隔てているのだ。
馬の歩みさえ疲れ果てるほど遥かに。
ああ!どうか、帰ってきておくれ、私の愛しい人よ!
太陽の光から遠ざかった花のように、
私の人生の花も、お前の真紅の微笑みから遠ざかったまま
しぼんでしまった。
Ⅴ Au Cimetiere (Clair du Lune) 墓場にて
動きの少ないつつましやかなメロディーと新鮮な和声がかえって深い感情を表すことに成功している。
墓場にて
紫松(いちい)の木の影が
悲しげな音を立てながら揺らめいている
あの真白い墓を知っているか?
その木の上には蒼ざめた一羽のハトが
沈みゆく夕日の中にただひとり、
悲しげに、歌を歌って。
あたりの大気は異常なほどに甘く
そしてなまめかしく抗い難く
あなたをいじめるのだが、それでも
いつもその音を聞かずにはいられない
それはまるで愛の天使が
天国で呼吸している空気みたいに。
あたかも魂が目をさまし
地下でその歌声に声を合わせて
泣いているかのよう。
そして、この世に一人残された者の不幸を
鳩の鳴き声をかりていとも優しく
嘆き悲しんでくれているのに違いない。
その歌のつばさにのって
思い出がゆっくりともどってくるのが
感じられる事だろう。
天使のような形をした一つの影が
ゆらめく光の中を通り過ぎてゆく、ほら、あそこに、
ゆらめく光の中を、真白いヴェールを被って。
半ば暮れかけた夜の美女たちが
かそけくも甘い匂いを
あなたのまわりに投げかけ
幻は物憂げに
あなたに手を差し伸べてつぶやくのだ
「お前は、またここへ帰って来るだろう」と!
おお、とんでもない!二度と決して
墓のそばになど行くものか。
夜が黒いマントを木手訪れる時
紫松の木の頂で
色蒼ざめた鳩が嘆きの歌を歌うのを
もう二度と聞きに行くことはないだろう!
Ⅵ L’ile inconnue 未知の島
見知らぬ異国への憧れを歌う歌。
未知の島
美しい乙女よ,行ってごらん
いったい、あなたはどこへ行きたいの?
帆は翼をはらみ
そよ風は吹き始めようとしている
象牙の櫂に
モヘア織り天幕
そして見事な黄金の舵。
我が船の荷物はオレンジひとつ、
船の帆には天使の翼
少年水夫には天使セラフィム。
美しい乙女よ,行ってごらん
いったい、あなたはどこへ行きたいの?
そこはいったいバルチック海なのか?
それとも太平洋?
あるいはジャワの島か?
はたまたノルウェーで
雪の花かアングソカの花を
摘もうというのか?
さあ、言ってごらん美しい乙女よ
どこへ行きたいのか言うがよい。
乙女は答える
どうか私を連れて行ってくださいな
いつも愛し合う事の出来る真実の岸辺へ!
娘よ、だが、その岸辺を知っているものは
一人もいないのだ
いったい、あなたはどこへ行きたいのかね?
もう、微風が吹き始めているよ。