ユークリッド原論にある黄金比

黄金比はユークリッド原論に「外中比」(日本語訳)として出てきます。

その定義は,第6巻、定義3(版によっては定義2)にあります。

ギリシャ語で

 ῎Ακρον καὶ μέσον λόγον εὐθεῖα τετμῆσθαι λέγεται,  ὅταν ᾖ ὡς ἡ ὅλη πρὸς τὸ μεῖζον τμῆμα, οὕτως τὸ μεῖζον  πρὸς τὸ ἔλαττὸν.

英語訳が

 A straight-line is said to have been cut in extreme and mean ratio when as the whole is to the greater segment so the greater segment is to the lesser.

日本語訳は

線分は,不等な部分に分けられ,全体が大きい部分に対するように,大きい部分が小さい部分に対するとき,外中比に分けたといわれる。

(中村幸四郎他,共立出版)

記号を使って表すと,「線分ABをACとCB(AC>CB)に分け,AB:AC=AC:CBとなるとき,外中比に分けるという」となります。

このとき,ACの長さを1とすると,ABの長さが黄金数 (1+√5)/2 となります。

計算してみましょう。AB=xとすると,

AB:AC=AC:CB より x:1=1:(x-1) ですから,比の性質(外項の積と内項の積が等しい)を使って 

2次方程式 x^2-x-1=0 が得られます。

解の公式で簡単に解けますが,Cindyscriptでこの方程式を解いてみましょう。

スクリプトは次のようにしてみましょう。(ここからスクリプトエディタにカット&ペーストでコピーできます)

sol=roots([-1,-1,1]);

println(guess(sol_1));

n次方程式は,roots() 関数で解くことができます。引数は,低次の項からの係数をリストにします。

戻り値は解のリストです。上の図で sol に解が入ります。

そのままでは小数なので,guess()でルート (sqrt) の入った式にします。

xは1より大きいので,solに入っている2つの数のうち,大きいほう sol_1 を取り出しました。

では,ユークリッド原論の中で,外中比(黄金比)が出てくる定理を見ていきましょう。

定理6-30

定義のある第6巻の中には,一つだけ次の定理があります。ただし,原文のままではなく,読みやすく書き換えています。

定理6-30

線分ABを外中比に分ける方法。

ABを1辺とする正方形ABCDを作る。

次に,辺ADを延長した辺DFを1辺とする長方形DFGHを,面積がABCDに等しく,かつ,正方形ABCDからはみ出た部分AFGEが正方形であるように図のように作ったとする。

このとき,ABと長方形の辺との交点EはABを外中比に分ける点である。

証明は簡単です。

正方形ABCDと長方形DFGHの面積は等しいので,共通部分のAEHDを引くと,正方形AFGEと長方形EBCHの面積は等しくなります。

したがって,AE・AE=EB・BC です。

これを比の形に書き換えると

AE:EB=BC:AE

となり,外中比の定義によって,EはABを外中比に分ける点となります。

次に登場するのは第13巻です。第13巻は,黄金比の巻といっていいかもしれません。

定理13-1

第13巻冒頭の定理です。第13巻には外中比に関する定理がいくつかあります。

もし線分が外中比に分けられるならば,大きい部分に全体の半分を加えたものの上の正方形は半分の上の正方形の5倍である。

記号を使って書き換えますと

線分ABが点Cにおいて外中比に分けられたとし,ABの延長のA側に,AD=AB/2 となる点Dをとる。

線分CDを1辺とする正方形の面積は,線分ADを1辺とする正方形の面積の5倍である。

原論では補助線を引いて幾何的に証明していますが,結構ややこしいです。現代風にやるなら,AB=Φ (Φは黄金数),AC=1 とおいてそれぞれの立方体の面積を計算すれば簡単にできます。このとき,Φは2次方程式  x^2-x-1=0 の解であることを利用します。すなわち,Φ^2=Φ+1 です。

定理13-2

もし線分の上の正方形がその線分の1つの部分の5倍であり,この部分の2倍が外中比に分けられるならば,その大きい部分は最初の線分の残りの半分である。

定理13-1 の逆ですね。

これも,ユークリッドのようにやるとややこしいですが,AD=1 として計算すれば簡単に証明できます。

定理13-3

もし線分が外中比に分けられるならば,小さい部分と,大きい部分の半分とを加えたものの上の正方形は大きい部分の半分の上の正方形の5倍である。

これも,記号を使って書くと次のようになります。やはり,幾何的な証明は面倒ですが,計算すれば簡単です。

ここで,上の図の作図方法を示しておきましょう。

Aを原点とし,Bをx軸上の適当な点におきます。

他の点は適当なところにとっておき,次のスクリプトで位置を決めます。

C.xy=[A.x+|A,B|*(sqrt(5)-1)/2,A.y];

D.xy=[C.x/2,0];

z=complex(C);

H.xy=[0,C.x/2];

G.xy=[D.x,C.x/2];

F.xy=[B.x,|B,D|];

E.xy=[D.x,|B,D|];

もともとはAC=1に対してABが黄金数になるのですが,ここでは,ABに対してCの位置を計算しています。

なお,上の方法は幾何の作図ではなく,複素数を用いていること,すなわち,複素数平面で描いていることを注意しておきましょう。

(もちろん,Cの位置を決めれば幾何の作図法で描くこともできます)

定理13-4

もし線分が外中比に分けられるならば,全体の上の正方形と小さい部分の上の正方形との和は大きい部分の上の正方形の3倍である。

これまでの定理と類似していますので,作図と計算は読者の課題としておきましょう。

定理13-5

もし線分が外中比に分けられ,それに大きい部分に等しい線分が加えられるならば,全体の線分は外中比に分けられ,もとの線分がその大きい部分である。

これも課題としましょう。計算で示せばよいでしょう。

定理13-6

もし有理線分が外中比に分けられるならば,二つの部分の双方は余線分と呼ばれる無理線分である。

これは,黄金数が無理数である,ということをいっているわけですが,用語の定義の説明からはじめなければなりませんので,ここでは証明はパスします。

定理13-8

もし等辺等角な五角形において二つの線分が隣り合う二つの角を張るならば、それらは相互に外中比に分けあい,それらの大きい部分は五角形の辺に等しい。

国語的に読むと意味がつかみにくいでしょうが,「等辺等角な五角形」とはつまり正五角形のことで,次の図の状況を示しています。

「隣り合う二つの角」は,たとえばAとB。「角を張る」のは対角線BEとAC。そしてFが外中比に分ける点で,FEはAEに等しい。

ということです。

証明は難しくないでしょう。いろんな二等辺三角形がありますので,それを示し,相似比を利用して BE:FE=FE:FB をいえばよいのです。これが外中比の定義です。

定理13-9

もし同一の円に内接する六角形の辺と十角形の辺とが加えられるならば,全体の線分は外中比に分けられ,その大きい部分は六角形の辺である。

ちょっとわかりにくいですが,ここで書かれている六角形,十角形とは,正六角形,正十角形のことです。そうでなければ意味がないですから。

「加えられるならば」のあたりもわかりにくいですが,要するに正六角形の辺と正十角形の辺を直線上につないだ状態を表します。

Cinderellaで作図すると次のようになります。

ここで,正十角形を幾何的に作図するのは大変なので,複素数を用いてBCがその1辺になるようにしています。

また,正六角形の1辺は円の半径と同じ長さなので,Cを中心にしてEを通る円を描いて,正六角形の辺をCDとしています。

Dはこの円と,直線BCの交点です。

このB,C,D に関して,CがBDを外中比に分ける,というわけです。

さて,この証明が非常に面白いのです。

証明のために,方眼と補助円を消し,背景を白にして点を小さくし,この証明で使う角を色分けしました。

まず,上の図で,色分けされた角と記号で書かれた角の関係がどうなるか考えてみてください。

・・・・・・・・・・・・・・・

まず,BCは正十角形の辺なので,弧BCは円周の10分の1です。したがって,水色の角は,紺色の角αの4倍になります。

∠AED=4α ・・・・ (1)

次に,水色の角と赤の角βの関係ですが,外角と内対角の関係で,水色の角は赤の角βの2倍になります。

∠AED=2β ・・・・ (2)

今度は緑の角θとβの関係です。CD=CEでしたからθは二等辺三角形の底角で,やはり外角と内対角の関係で β=2θ となります。

すると,(1),(2) から,4α=4θ となりますから,α=θ です。

したがって,△EBCと△DEBが二等辺三角形になる というわけです。(よろしいでしょうか)

そして,この2つの三角形は相似です。

これで,ED:DC=DC:CB がいえます。(EB=EC=CD です)

この2つの三角形(頂角が36°の二等辺三角形)は,正五角形の中にも出てきますし,高校数学の三角比の例題としても出てくるもので,黄金三角形と呼ばれています。他の節でも登場します。

※余談ですが,共立出版の「原論」(中村幸四郎他)に掲載の図はちょっとゆがんでいて,△EBCと△DEBが相似に見えません。まあ,図は多少ゆがんでいても論理を正しく追えればいいわけですが。

この点,Web上にある,ギリシャ語と英語の対訳になっている版は正確な図になっています。

  さて,第13巻では,このあと正十二面体が登場します。正十二面体に関する定理の証明の中で外中比が使われます。定理17,18です。

正十二面体に関しては,また別のところで考えることにしましょう。ひとまず,原論はここまで。

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