松下幸之助

1894~1989年(享年94歳)


松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)創業者。松下電器を一代で世界的な総合家電メーカーに成長させただけでなく、経営者や政治家など、リーダーの育成にもあたり、松下政経塾を創設。「繁栄によって平和と幸福を」の理念を普及させる機関、PHP研究所の創立者でもある。


松下幸之助翁が遺した名言やエピソードには多くのヒントがちりばめられています。「長所を見る力七:欠点を見る力三」。根底にあるのは、愛情を持って「見る」こと。とくに、良いところを見ることについて強く意識されていました。そのために必要なのは、目線を下げること。翁は目線低く、つねに相手の目線に立ち、存在承認と成長承認(※)をしていました。

「頼もしく思って人を使う」。翁は小学校を途中で辞めたために、周りの人が自分より優れて見える、という趣旨で遺しています。人の良いところが見えるから、人に任せる。任された人はそれを意気に感じ、一生懸命に取り組んだのです。任せる際には、手の届きそうなゴール「ストレッチ目標」と、コミットメントを上手に引き出します。すると自分で提案したような感覚「自己決定感」を持ち、モチベーションが高まり、できる、役立つという「自己効力感」を味わいます。カギは部下の現状を見極める力。手に届くゴールや修羅場になるハードルの塩梅を考慮してストレッチ目標を引き出し、自己効力感と成長感につなげるのです。

「下意上達」。風通しの悪い組織では、上に行けば行くほど、下から耳の痛い情報が集まりにくくなります。その結果、トップは判断を誤りやすくなります。翁は、上司が降りて部下と同じ目線になり、耳の痛い情報も含めて引き出すことを説いています。

リーダーシップのあり方に「バルコニーの自分から見る」という言葉があります。目は、前を見ることはできますが、自分は見えません。もうひとりの自分がバルコニーから自分を見る意識は、客観した視点であり、だれも言ってくれない自分の課題を明らかにします。自分をバルコニーから見つめる客観力と下意上達による生の声が正しい判断に導きます。「好奇心」。モチベーションの源泉には「好奇心」「責任感・使命感」「チャレンジ精神」の三つがあるとされます。翁は、非常に好奇心の強い方だったそうです。「自分は、いわゆる学はない。だから、どんな人の話でも自分にとって勉強になる」とどんなことにも貪欲に聞き耳をたてました。まず熱心に聞き、受け取り、君はすごいなと投げました。「(愛情を込めて)オヤジは聞いてくれる、受け取ってくれる」と部下は感じたといいます。

企業のコミュニケーションにはあいさつ、会議の回数などの量と、肯定や否定などの質があります。マネジャーは活動が見えやすい量に頼りがちですが、量が多く、一方的で否定的なミーティングは逆効果です。失敗を「なぜできない」と問い詰め、勇気を奮い起こした発言には「そんなことはわかっている」と否定。これでは、部下はチャレンジや発言を控えてしまいます。

質の高い「場」のポイントは、ここでならば何を話しても大丈夫だと安心して話せる「安全地帯」づくり。相手の言ったこと、ひいては相手の存在を受け止める場です。受け止め、NotWhy, ButHow。「なぜ」はほどほどにして、「どうしたら」という改善思考を促すことが大切です。

翁は、ある記者の「松下はどんな会社ですか」という問いに対し「松下電器は人を作る会社です。あわせて電気製品も作っています」と答えています。翁は、電気製品でみんなの生活が豊かになる“水道哲学”を通して、人の心を受け止め、良いところを引き出し、成長させ、人と事業を育成したのでした。※マズローの欲求段階説、四段階目・承認。存在承認は存在を認め、良いところを引き出すこと、成長承認は一生懸命に取り組んでいる姿や成長を認めること。

※ワールドジョイントクラブ誌、Vol.63、2011年5月25日号寄稿分