第10回日常における仕事の鉄則(完)


 数字にまつわる経営学をご紹介してきた本連載も、今回が最終回です。「1」は「知行合一(ちこうごういつ)」、「2」は「シナジー・協働は2乗倍」「2:8の法則(パレート)」、「3」は「三助:自助、互助、扶助」「三種の神器(さんしゅのじんぎ)」、このほか、「7つの習慣」「ルール72」「100時間プロ化法則」をご紹介します。

1.知行合一

 中国、明の王陽明の教えをまとめた陽明学の中心的な考え方の一つが、「知行合一」。「知は行のもとであり、行は知の発現であるとし、知と行とを同時一源のもの」とする説です。例えば「寒い」という知識(知)が寒さの体験(行)と不可分であるように、本当の「知」はすべて「行」を伴わなければならない。もしくは「行」を伴うことでしか「知」は成立しないということです。私はこれを言い換えて、「知っていることに意味があるのではなく、行ってこそ意味がある」と解釈しています。
 具体例として、私が実際に経験したことをお話しします。仕事上、高モチベーション職場に取材し「ベストプラクティス・レポート(BPR)」という冊子を作り、それを用いてマネジャー向けワークショップを行うのですが、「そんなことは知っている」というコメントをくださる方がいらっしゃいます。そんな時、私が相手に問いかけるのは「実践していますか」というものです。返ってくる答えは「実践まで…」あるいは「やってはみたがうまくいかなかった」というものが多いようです。
 これは、知識を知っているだけでは役に立たないことを示しています。大事なのは、実践・徹底し、役に立つことです。評論や言い訳をするエネルギーを実践に向けると違った世界が広がるのです。

2.シナジー・協働は2乗倍(1人業務は1乗倍、協働は2乗倍、協働創造は3乗倍)

 例えば、1辺の長さが1cmの正方形があるとします。1辺の長さが2倍になると、面積ははじめの正方形の4倍(2乗倍)になります。また、この1辺の長さが1cmの立方体の体積は1立方cmであるのに対し、一辺を2倍にした立方体では、その体積は8倍(3乗倍)になります。これを仕事術に応用すると面白いことが言えます。
 1人で働いた場合、3倍働けば、3倍の成果が出るとします。2人で別々に行えば3倍+3倍=6倍です。では、同じ仕事を2人で協働して行えばどうでしょう。1人では思いつかない視点、新たなアイデアを出せますし、気づかない誤りを指摘しリスクチェックしてくれます。また、一緒にやると仕事がはかどる効果もあるでしょう。つまり、単純に3倍+3倍=6倍ではなく、3倍×3倍=9倍となり得るのです。ポイントは、2人が異なった視点を持ち合わせているということ。異質同士のほうが選択肢の幅は広いからです。あとは、互いの意見を尊重できるかどうかにかかっています。

[図表1] シナジー・協働の例 

3.2:8の法則(パレートの法則)

 「2:8の法則」とは、全体の数値の8割は、全体を構成するうちの2割程度の要素が生み出しているという説です。いうなれば、大事な2割に注力すれば、8割の効果を生み出せることを意味します。例えば、次のような経験はないでしょうか。
・2割の商品が、売り上げや利益の8割を生み出す。
・2割の時間の仕事が、全成果の8割を生み出す。
・課税対象者の2割が、所得税の8割を担っている。

 これをビジネスに応用すると、8割の成果を導く2割を見極め、そこに注力することで、生産性が上がり、ワーク・ライフ・バランスが実現できる可能性があるといえます。日頃から仕事を観察してみてください。8割につながる2割が見えてくるはずです。

[図表2] パレート図

4.三助:自助、互助、扶助

 米沢藩第9代藩主、上杉家の財政、コミュニティー破綻を救った上杉鷹山公の教えの一つ「三助」。これは、生き残るためのリスク・マネジメントの名言の一つでしょう。

【自助】自分の責任で、自分自身が行うこと。
【互助】自分だけでは解決や行うことが困難なことについて、周囲や地域が協力して行うこと。
【扶助】個人や周囲、地域あるいは民間の力では解決できないことについて、公共(公的機関)が行うこと。

 まずは、自律し自らを助けるという「自助」についてです。サミュエル・スマイルズ『自助論』は、「天は自ら助くる者を助く」という独立自尊の精神を広めた古典的名著です。書中でアダム・スミスやニュートン、シェークスピア、ミケランジェロ、コロンブス、ガリレオ・ガリレイなど、さまざまな分野で活躍した有名、無名の人々のエピソードや言葉を引用しながら、「自助」の精神の重要性を訴えています。
 リスク・マネジメントの観点でも、自助の精神は重要です。日本では信じられないことかもしれませんが、私が米国に住んでいた際、盗難は日常茶飯事でした。ニューヨークのハーレム近くでは車上荒らしに3日連続で遭う、大学のロッカーでラケットを盗まれる、地下鉄内で鞄を捕られるなどさんざんな目に遭いました。そういう時によく言われたのが、「危ないエリアに入るな」「自分の身や持ち物は自分で守る」ということです。ニューヨークの5番街でも、一つ裏に入ると真っ暗で危ないエリア、住宅地でも危ないエリアがありますが、肌感覚と口コミしか当てにならず、自分で自分を守るしか術はありませんでした。おそらく、安全面での世界の常識は自助。泥棒に遭うと、同情されるどころか、あなたのリスク管理が悪いとさえ言われそうな勢いです。
 続いて助け合いの「互助」。地域での助け合いが良い例です。東日本大震災では、地域コミュニティーで食料や燃料を出し合い助け合った姿が多くの場所で見られました。海外からは、“自国ではこうはいかない”との感心の声が多数届けられたのも記憶に新しいところですが、地域という緩い共同体で互いの強みを活かし、弱みを補い合う姿はすばらしいものです。
 ところが、これとは正反対に、職場で足の引っ張り合いを(場合によっては非常時にも)しているところも多くあります。どうも、そのアンビバレントな姿に不思議さを感じざるを得ません。
 最後が「扶助」です。個人や地域、民間の手では解決できないことについて、国や自治体が支援することです。互助が及ばない分野での支援となります。
 企業においても、この三助の教えは生きてきます。生き残るためには、まず、自助の道を探ることが大事です。

5.三種の神器(さんしゅのじんぎ)

 天孫降臨の時に、天照大神から授けられたという鏡・剣・玉を指し、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物です。この三種の神器にちなみ、家電製品などで、優れた品質の物のうち三つを「三種の神器」と呼び、また、アニメや漫画などで「強力な武器」や「優れたアイテム」に対して「三種の神器」の呼称を用いることもあります。
 家電製品では、1950年代は、冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ、1960年代は、カラーテレビ、クーラー、自動車が一世を風靡しました。なお、2000年代の三種の神器は、デジタルカメラ、DVDレコーダー、薄型テレビ。キッチンでは、食器洗い乾燥機、IHクッキングヒーター、生ごみ処理機といわれます。

6.7つの習慣

 S.コヴィーの著作『7つの習慣 成功には原則があった!』の教えは、次の7つの習慣を身に付けることで幸せな生活を送ることができるというものです。広く受け入れられ44カ国語に翻訳され、全世界2000万部、日本でも累計130万部を売り上げベストセラーとなり、多くの研修にも取り上げられています。
(1)主体性を発揮する
 三助の自助と同義です。主体的な人間とは、自分の力で変えられる物事に努力を集中させる人。変えられるのは他人ではなく、自分です。変えられないことに力を注がず、変えられる今と未来の自分に注力し、自分が受け身にならず主体で環境に作用するということです。これが最も基本的な教えです。
(2)目的を持って始める
 最終的なイメージ、光景、パラダイムを持って今日を始めるということです。
(3)重要事項を優先する
 2:8のルール(前掲2参照)、および、時間管理(第3回:「時間管理4領域と15%ルール」参照)と同義です。時間管理の第1領域「重要かつ緊急」が最も優先度が高いのですが、併せて、第3領域「重要だが緊急ではない」に着手し、効果的に実行することで、危機を未然に防ぎ、かつ、成長の準備をしていることになります。長い目で見ると一番大切な2割に取り組んでいることになります。
(4)Win-Winを考える
 協働は、職場や家庭が競争ではなく協力状態にある場合に生まれます。解決策を考える際は、Win-Loseでなく、双方がハッピーとなれることを考えようということです。前述した「2.シナジー・協働は2乗倍」で触れた2乗倍と同義です。
(5)理解してから理解される
 平たく言えば、分かろうとすれば、相手も分かってくれるということです。逆に、壁を作れば壁を作られます。
 「最近の若い人がよく分からないのです。まったくかみ合いません」という言葉を聞きます。しかし、若い人の気持ちを理解したいのなら、相手の気持ちになること、まずは話を黙って聴いて受け入れる必要があります。途中で「違うな」と思い、聴くのをやめた段階で終了です。自分のメッセージを理解してもらうことは、考えをある意味押しつけています。分かってくれないのは当たり前です。まずは相手の心情や主張を理解し、共感できて初めて理解の土壌ができるものです。「カウンセリングの3原則」が、①積極的、適切な関心を示す、②共感を持って、相手の立場で聴く、③言行一致――の三つであることは第7回で説明しましたが、これと同義です。
(6)シナジー(相乗効果)を発揮する
 シナジーの本質は、それぞれ異なる方針を持つもの同士がお互いの相違点を認め、第三の解決策を探ることです。先の2乗の法則(2.シナジー・協働は2乗倍)にも通じるものがあります。
(7)刃を研ぐ
 これは、常に学び、チャレンジし、鍛え続ける、という意味です。学ぶことはつらいことではなく、楽しいことです。人間は生来、好奇心が備わっており、本能的に学ぶ欲求を備えています。しかし、「勉強」と認識した段階でつらく、暗いものになるものです。いつまでも楽しんで自分の能力を磨き続けることが大切なのです。



[図表3]7つの習慣 

7.ルール72

 年の利子率が与えられたとき、金融資産が複利計算で元の2倍に増えるのに何年かかるかをおおまかに示します。
 72÷利子率=2倍になる年数
 例えば、年金利が7%の複利で元金が増えるとすると、約10年で2倍になります。5%であれば14年、2%なら36年です。

8.100時間プロ化法則

 どんなことでも、100時間取り組めば、いっぱしのプロになるという経験則です。例えば、毎日1時間なら100日=約3カ月、3カ月ルールに通じます。3時間なら33日=約1カ月です。
 例えば、英語に取り組み、毎日1時間3カ月続けられたら、急に英語が聞き取れるということがあります。スポーツでも同じです。学習曲線は積み上げなので、1日にしてならず、ある閾値(いきち)を超えると一気に向上します。問題は、成功を信じて続けられるかどうかにかかっているのです。

 10回にわたりお読みいただき、大変ありがとうございました。