18章 「伝える」と「伝わる」の違い:リーダーシップとモチベーション

○「伝える」と「伝わる」の違い

 「伝えたいのに伝わらない」ということがあると思います。自分の言いたいことはこれだけあるのに、これしか伝わらなかった。自分が説明したかったことはこれなのに、伝わったのは半分以下、という感じです。

 その理由は、聴く人は、話す人の意図でなく、聴く人のニーズで聴いているからです。人間は正直ですから、聴きたいことだけ聴く。話したいことを推測しては聴かない。聴く側のニーズというのは「ストライクゾーン」という興味関心事です。沢山資料を作っても、自分の関心のあるところだけしか聞きません。

○「聴く側のニーズ」=「ストライクゾーンに入った内容」×「共感、納得感、腑に落ち感」

 「説明・資料」⇒「(ストライクゾーンは)聴く、読んでもらえる」⇒「理解してもらえる」⇒「憶えてもらえる」⇒「共感・納得してもらえる」

説明した内容のうち、ストライクゾーンに入った内容であれば、「聴く・読んでもらえる」。

 その中でも、メッセージが明快で、ストーリーが流れていれば「理解してもらえる」。

 印象が強ければ「憶えてもらえる」。

 そして、「一生懸命さ・思い・本気度」が、相手の心に響き「共感・納得してもらえる」のです。

 よく起こるのは、これだけ作ったのに、ストライクゾーンこれぐらいで、腑に落ちたのがこれ、1~2割ぐらいしか残っていない。

 相手のストライクゾーンをちゃんと見極めて、丁寧に話したり、心を込めて話すとしないと伝わらない。逆に、しゃべれば、喋るほど伝わらない、ということもあります。

○共感、納得感:「一生懸命さ・思い・本気度」が伝わる

 「共感や納得感」はどうすれば得られるのでしょうか。「一生懸命」「思い」「覚悟」「本気度」「信念」「共体験」等が関係します。

 NHK朝の連続ドラマで「ちりとてちん」という番組がありました。リーダーシップやモチベーション上で学ぶシーンが数々あります。その中で、落語の草若師匠は弟子の良いところをうまく引き出し、心に火をつけています。草若師匠は、主人公である若狭に言います。

 「おかしな人間が、一生懸命生きている姿は、ほんまにおもろい。おまえが、見てきたこと、聞いて来たこと、それがおもろいんや。ほんまにおもろいんや。おまえの宝もんや、大事にしいや。」

 不器用ですが一途、一生懸命さのゆえ、ドジもあり、涙もある姿自体が「本当におもしろい」、それを落語を通じて伝えなさい、と引き出します。その一生懸命さが見るものの心に共感を呼びます。

 また、弟子の草々の一途さ。草若師匠を深く尊敬し、不器用だからこそ一生懸命につかえる姿、ひたむきに師匠を「思う」姿、「本気」で落語を追及する姿が笑いと涙を誘い、感動を呼びます。加えて、深刻な場面での、すべりは笑い泣きを引き出します。心にしみる、深い思いの人間描写の連続です。落語「愛宕山」「地獄八景(ばっけい)」なの名作が場を飾ります。

○「思い」の大切さ

 手前の話で恐縮ですが、妻に感謝している出来事があります。昔から口下手で、うまく自己表現ができず、会社に入ってからも悩んでいました。「話し方教室にでも通ってみようかな」と妻に言いました。意外にも「話したいことを心を込めて、感じたままに伝えようとすればいいんじゃないかな」という返事でした。

 私はハッと「気付き」ました。プレゼンテーションや報告会で、表面的なかっこよさを重視し、内容の背景や思いを軽視していたことです。資料の美しさや分析手法の精緻さに意識が集まりがちだったのです。聞いていた人の気持ちはどうだったでしょうか。おそらく「テクニカル、機械的、表面的、心が無い」という感想だったのではないか、と冷や汗がにじみ出てきました。「心からこのメッセージを伝えたい、共有したい」と思っていなかったことです。「思い」が浅く、足りなかったのです。それからは「口先で話さず、思いで話す」ようにしました。一生懸命、日頃から深く、相手の気持ちで考え、「思う」ことを意識しました。

 「思い」という言葉について、大手広告主の広告部長の方々に取材をした経験があります。「思い」という言葉を頻繁に口にされていました。「私たちの思いがうまく伝わらない」「思いを共有して欲しい」「こちらの思いを、すり合わせの中で、具体化する手伝いをしてほしい」と。「ニーズ」ではなく「思い」、「心の中の最も大事にしていること」です。

 「思い」という言葉は、心、そして、温かみや深みがあり良い言葉です。「思う」はいつでも、どこでもできます。電車でも、お風呂でも、寝るときも、です。意識し続けると、「思い」を自然に話すことができるようになりました。ちょっとの「意識」の変化が、数ヵ月後には、大きな「意識」と「行動」の変化に実ったのです。