はじめに

 この文献は、筆者が三菱総合研究所在職中に社のホームページに連載した記事を整理したものです。30回(章)にわたり、リーダーシップとモチベーションに関わるコラムを書き、章立てとしています。

 第1章「人の心に火をつける」からスタートです。

1章人の心に火をつける

○ウィリアム・アーサー・ワードの言葉

 19世紀のイギリスの哲学者で牧師のウィリアム・アーサー・ワードの言葉に次があります。

  ・凡庸な教師はしゃべる

  ・良い教師は説明する

  ・優れた教師は示す

  ・偉大な教師は心に火をつける

とてもシンプルですが、示唆に富む言葉です。筆者はこの言葉で「心に火をつけられました」。

 「凡庸な教師はしゃべる」「良い教師は説明する」。職場で、「教え魔」と言われる人はいませんか。よく喋り、説明し、教えるタイプの人です。その特徴は一方通行です。聞く側の知りたい以上に教えます。相手のストライクゾーン(※)を配慮せず、兎に角喋るタイプです。少し煙たがられていませんか。

 ※筆者の造語で、人の興味・関心領域をいいます。

 「優れた教師は示す」。優れた教師は喋ったり、説明したりしません。背中で示したり、例示を示したり、物語で話をしたりして、心をくすぐる存在です。言葉の量は減っていきます。

 「偉大な教師は心に火をつける」。生徒や部下の言いたいこと、やりたいこと、長所をしっかりと見抜き、そこにボールを投げ、「心に火をつけ」ます。偉大な教師の例は、吉田松陰、松下幸之助翁などです。


○「心に火がついた」事例

 例えば、吉田松陰は伊藤博文(当時利助)の日頃の言動を良く観察し、「おまえには周旋の才がある」と言ったとされています。それが伊藤博文の心に火をつけのだと推察します。

 ノーベル賞益川博士。「小学校3年生の時、I先生という素晴らしい男の担任の先生に出会った。先生はどの生徒にも分け隔てなく接し、いいところを見つけては伸ばそうとする授業をしてくれた。・・・私が電気工作などを手際よくやるのをみて、「益川君には算数や理科の才能があるよ」とおだててくださった。おかげで、自分は算数や理科が得意なんだと思い込み始めた。・・・一種の錯覚かもしれないが、・・・理科系の科目にのめり込み続けることができた。」2009年11月4日日本経済新聞、「私の履歴書」より。

 また、2009年時点の累計発行部数が国内海外で1億4000万部を超える「スラムダンク」。主人公、桜木花道は、キャプテンの妹、赤木晴子に一目ぼれします。彼女目当てにバスケット部に入部し、練習・試合を通じて徐々にバスケットの面白さに目覚めていき、才能を開花させながら、全国制覇を目指していきます。赤木晴子を「好きだ」、という気持ちが心に火をつけました。少々の困難など全く気にならない。プロバスケットボール田伏選手は、子供の頃に見たマジックジョンソンが「心に火をつけ」ました。そのプレーを見て「すごい!」と。

 バスケットボールの例が出ましたのは、手前の話で恐縮ですが、娘が友人の勧めで地域のバスケットボールチームに体験参加し、「おもしろい」と「心に火がついた」からです。3度のご飯よりもバスケットを愛し、負けても負けても挫けません。その姿に感動さえ覚えたからです。 

 筆者にも経験があります。大学入学時、学部長は次のような趣旨の激励を授けてくださいました。

 「私は土佐の高知生まれである。土佐には、ジョン万次郎や坂本竜馬のような、海を又にかけて事を為す進取の先輩がいる。太平洋を眺め、その先に何があるかを思い巡らし、時宜にあたり積極的に事にあたり取り組み、困難を乗り越える気概があったからである。私も同じように子供の頃から太平洋の先に思いを巡らし、夢をいだきチャレンジしてきた。君たちも、是非、4年間大きな思い・志を持ちチャレンジし続けいって欲しい。」という趣旨の言葉でした。「ボーイズ・ビー・アンビシャス」でした。


○皆さんも

 皆さんも今までを振り返って見てください。そして、言葉は多くは要りません。自分がしてもらったように、部下やお子さんの「心に火をつけ、見守って」あげてください。