第5回 リスク・マネジメント

 

今回はリスク・マネジメントのナンバー則です。
「1」は一瞬でリスクを感じる「第一感:最初の2秒」、一つの大きな災害の背後には300の小さなサインがあるという「ハインリッヒの法則-1:29:300」です。「5」は全体を集約して表すという「5%:氷山の一角現象」と「5%:心のリスク」。ほかに「6σ(シックスシグマ):経営品質管理」「10の認知の歪み」「10分遅刻の損失>10分前到着の利得:プロスペクト理論」です。

■第一感:最初の2秒

みなさんも理由はわからないが一瞬で「これだ!」とか、説明できないが「何か変だ」と感じたことはないでしょうか。人間には理屈を超えてわかったり感じたりする瞬間・能力があります。『第一感-「最初の2秒」の「何となく」が正しい』(マルコム・グラッドウェル、沢田博・阿部尚美訳、光文社)では「第一感」(ひらめき)と命名しています。これは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の「五感」とは別の無意識の反応を指し、「データを集め、熟考を重ねた判断が間違いで、最初の瞬間的判断が正しいことはある」と言っています。

第一感は「輪切り力」という短時間に輪切りした断片で判断する力から来ます。「輪切り力」とは、「さまざまな状況や行動のパターンを、ごく断片的な観察から読み取り、瞬間的かつ無意識のうちに認識する能力」です。基本的なパターンを発見できれば、どんなに複雑な状況でも、すばやく「読み取る」力をわれわれは持っているというのです。例えば、心理学者J・M・ゴットマンは、夫婦のやりとりを長年観察・研究し、5分間も観察すれば91%の確率でカップルの結婚生活の行く末を予想できるようになったということです。人間は手持ちの情報からすばやく適切な判断を下せるようになったというのです。

また、脳には二つの側面があります。一つは、物事を熟考・分析し、分類する脳、もう一つは、先に判断し、後であれこれ検討する脳。後者の働きで、往々にして、人物を評価する際、第一印象の判断でも、時間を掛けて観察した判断でも、正確さに変わりはなかったという経験があると思います。

『暴力から逃れるための15章』(G・D・ベッカー、武者圭子訳、新潮社)でも、暴力からの防衛法は、直感、「虫の知らせ」であると説いています。暴力には共通の「危険信号」があり、誰でも無意識のうちに感じ取ることができますが、現代生活の影響で感受性が衰えています。本能的に危険を感じるのが「第一感」です。リスクを感じ、避けるには重要な感覚です。日本人観光客が海外で狙われるのは安全な日本に慣れ、第一感がにぶったせいかもしれません。時々は、日常とは違う体験をすること、リスクにアンテナを張ることで「第一感」を磨くことも大切かもしれません。

■ハインリッヒの法則:1:29:300

1件の大きな事故・災害の裏には、29件の軽微な事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)があるといわれます[図表1]。つまり、重大災害の防止のためには、事故や災害の発生が予測されたヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが必要です。

 

例えば、ある温浴施設で、ある人が浴場でスリップし、頭を浴槽の角にぶつけて死亡したという事故が起きたとします。その背景には、29件の死に至らない転倒事故があり、300件のスリップまたは、スリップしそうな例があったということです。ですから、スリップしそうだったという報告は、重大事故を予見させるサインであり、その段階で対策をとるべきなのです。転倒事故が起こってからでは手遅れです。

職場でもヒヤリ・ハットの事例があれば、見過ごさず、面倒がらずに対策を講じたほうがいいのです。「急がば回れ」です。

■5%:氷山の一角現象

例えば、顧客対応のコールセンターにクレームが5件あったとすると、その背後には95件の潜在的不満があるという説です。ノイズィー・マイノリティ(noisy minority 声高な少数派)5%とサイレント・マジョリティ(Silent Majority 物言わぬ多数派)95%ということです。

企業にとってクレームは嫌われがちですが、商品開発情報や改善情報の宝庫です。愛情の反対語は憎悪ではなく無関心です。クレームは不満の表れですが、それを告げるわけですから、関心があるわけです。無関心になれば、取り付く島はありません。クレームへの対応によっては、忠誠心の高いロイヤルカスタマーになりえます。

例えば、消費者との双方向のコミュニケーションで有名な花王の「エコーシステム」は、顧客からの問い合わせやクレーム情報をそのまま入力し、それを解析し商品開発につなげています。不況時でも堅調に売り上げを伸ばしている食品スーパーのオオゼキは、クレームを大事にし、「こんな商品があったらいい」「この商品はここが使いにくい」など積極的に顧客の声を集めています。1件のクレームの背後に、20件の埋もれた声があるのです。すなわち、1 件のクレームの改善が、結果的に20件の潜在的な改善要望にこたえることにつながるのです。

■5%:心のリスク

日本の社会でメンタルヘルス不調で悩んでいる人の比率が5%とされています。米国では1割とも言われます。興味深いのは、途上国では、メンタルヘルス不調の人が少ないということです。生きるのに精いっぱいで悩んでいる暇がないというのが原因のようです。

さて、企業の現場で話を聞くと、200人もいる大きな職場では社員に対する声掛けが大変という事情があります。これは、200人に対して均等に声掛けが必要というわけではなく、職場でケアすべきメンタル面で悩みを持ち、仕事が処理できない5%、約10人です。さらに、そうした社員の仕事にフォローをするために仕事が集中する5%の社員を合わせた全体の10%です[図表2]。

いわゆる、うつ病の主な原因は、認知心理学では、「10の認知の歪み」(後述参照)と「学習性無力症」とされます。アメリカの精神科医アーロン・T・ベックは、うつ病の原因を次のように述べています。

・われわれの感情はすべて「認知」、自分自身の思考によって生み出される
・うつ病は、絶え間なくネガティブな思考を続けた結果である
・情緒不安を引き起こすネガティブな思考の大半は、明らかに間違っているか、少なくとも事実をゆがめたものだが、疑いもなくそれを受け入れる

「学習性無力症」とは、ダメ出しを続けられ「やっても無駄」という無力感に陥ることをいいます。親の過干渉、職場でのパワハラなどで、チャレンジや努力を否定され続けると、人はやっても無駄と思い込むようになるのです。無力症は、否定され続けることが原因であれば、解決策は大事なのは受け入れ、小さな成功体験を認める度量です。

■10の認知の歪み

もう一つの原因は「10の認知の歪み」です。『いやな気分よ、さようなら』(デビッド・D.バーンズ、山岡 功一、夏苅 郁子、 小池 梨花、星和書房)によると、「不愉快な気分は、単に物事をネガティブに考え、それを真実と思い込んでいるということを示しているに過ぎない」と述べ、「認知の歪み」を以下の10の視点としてリストアップしています。

①オール・オア・ナッシング思考
なんでも白か黒と決めてしまう思考。グレーゾーンを作れない思考のことです。例えば、仕事上でささいなミスがあると、完璧でなかったことに気をして失敗と思い込む思考です。
②一般化のしすぎ
ある事象の一点だけを捉えて、すべてがそのような事象になっていると思い込むことです。「(ある人の思考や行動様式を見て)やっぱり、○○県の人はみなそういう傾向があるんだ」とか「ある人にデートを申し込んだら断られた。自分はどんな女性とも好かれないんだ」と思い込むといったことです。
③心のフィルター
一つの良くないことにこだわり、くよくよ考え、他の良いことも忘れてしまうこと。
④マイナス化思考
マイナスに解釈する思考。良い側面を見ずに、悪い側面だけを指摘する人の思考です。
⑤結論の飛躍
確かな理由もないのに悲観的で、自分は良くないんだという結論を出してしまう思考。体の具合が悪いと「私はガンかもしれない。死ぬかもしれない」と考えるなど。
⑥誇大視と過小評価
自分の短所や失敗を大げさに考え、逆に長所や成功したことをあまり評価しない。
⑦感情的決めつけ
自分の感情が、あたかも現実(事実)をリアルに反映している証拠であるかのように決めつけてしまうこと。
⑧すべき思考
何かやろうとする時に「~したい」ではなく、「~すべき」「~すべきでない」と考えること。
⑨レッテル貼り
ミスや失敗をした時に、「自分は負けだ」「だめだ」などと自分にネガティブな固定観念を持ってしまうこと。
⑩自己関連付け
何か良くないことが起こった時、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまうこと。

「認知の歪み」は物事をネガティブに考え、それを真実と思い込むことでメンタル面にダメージを与えるのです。現場の人事管理で大事なのは、表情が暗い人、つらそうにしている人を見極め、「ご苦労さま」「困っていることはない?」と声掛けし、悪く考えがちな傾向の人ほどポジティブに考えられるよう「認知の歪み」を修整することです。

■6σ(シックスシグマ):経営品質管理

6σ(シックスシグマ)は、ビジネスプロセスの品質・経営管理方法の一つで、アメリカのモトローラ社が始めたといわれています。σ(シグマ)は分布のバラつきである標準偏差を表す統計学用語です。製品のバラつきをなくし、標準偏差の6倍の性能(6σ:100万品のうち3~4品の不良率)まで不良製品率を低下させることを目標とする活動です。

この管理法は、製品の品質管理から、さらに経営の品質管理に至るまで幅広く活用され、本来の品質活動用語から転じ、企業の経営品質管理の指標として活用されるまでになったベンチマーキングの代表的な概念です。

■10分遅刻の損失>10分前到着の利得:プロスペクト理論

経済心理学という新しい分野の研究で、同じ金額では利益の喜びより、損失のショックのほうが大きいという説です。少額ではその差が少ないが、高額になるほど差が大きくなるというものです。

例えば、福引で1万円が当たった時と誤って1万円を落としたときの喜びとショックを比べると、どうでしょう。同じ程度かもしれません。しかし、FX取引で100万円を利益が出せたときと、100万円の損失を出した場合はどうでしょう。そういう経験のある人に聞くと、利益を得ているときはほくそ笑む程度ですが、損失のダメージのほうがはるかに大きいと口をそろえます。今までコツコツとためた100万円が瞬時に消えていくという時間・体験の喪失というショックがあるのかもしれません。

また、約束の時刻への遅刻と早く来た時ではどうでしょう。10分早く来ても大きな利得はありませんが、10分遅刻すると面接が受けられない、顧客の怒りを買うなどの大きな損失が待っています[図表3]。

このことから、人は、先手を打ったり利益を出している時は冷静なものの、後手に回ったり損失が膨らんだ時は、冷静さを失う、顧客の信頼を失うなどで、コンプライアンスを含め、思わぬ行動を引き出してしまいがちです。お気をつけください。