●マズローの二つの「基本欲求」とハーズバーグ「衛生要因」
マズローの説く基本欲求とは、①生理欲求、②安全欲求の二つ。例えば、戦時中の日本で言えば、ご飯を腹一杯食べたいというのが「生理欲求」、平和な世の中になってほしいと望むのが「安全欲求」。ほかにも雇用、賃金、作業環境なども安全欲求に入るとされています。
これらをハーズバーグは、「ないと苦痛だが、必要以上あっても元気にならない欲求」として「衛生要因」と呼んでいます。この衛生要因の特徴は「有限で有料」の資源であることです。
●マズローの三つの「上位欲求」とハーズバーグ「動機付け要因」
基本欲求に次いで現れるのが③所属欲求。例えば、会社に入ろう、友達や恋人を作ろう、サークルに入ろう、という他者との関わり合いを通じて組織に加わりたいという欲求です。
「所属」して大事なのは、関心を寄せ、良いところを認められたいという④承認欲求です。一流企業やいい大学に入ることが大事なのではなく、互いに関心を持ち、認め合うことでモチベーションが湧いてくるのです。
承認されると、飾らない自分らしさ、本当の自分が“やりたいこと、強み”を見いだし実現したい気持ちがわいてきます。これが⑤自己実現欲求です。
マズローの④承認欲求、⑤自己実現欲求を、ハーズバーグは、「あればあるほど元気になる欲求」として「動機付け要因」と呼びました。特徴は「無限で無料」であること。いくらでも認め、褒め、無限に動機付けできます。
●承認の3レベル
ところで、前述した他人に認められたいという「承認」には、①成長承認、②成果承認、③存在承認――の三つのレベルがあります。
①成長承認:成長、努力、工夫を認める
成長承認とは、成果にかかわらず、仕事を一生懸命に取り組み、頑張った工夫の跡、成長の跡を見いだし、認めることをいいます。日常では頑張った部下に対して、上司はあれこれ説明しなくとも「よく頑張った」「よく工夫した」と一言かけるだけで、部下は「自分のことをよく見てくれている」と感じます。
②成果承認:できた水準を認める
成果承認とは、できた結果・水準を認めることをいいます。人は無意識に自分や世間基準で他者を比較しがちです。日常でいえば、試験の結果が100点は認めるが、それ以外は認めないというものだったり、営業成績や報告書などの出来が期待水準になかなか届かないものは認められないなど、結果重視で、そこに至る努力や工夫は無視される傾向があります。成果承認中心の文化のある組織では、結果が伴わない限り、否定されがちとなり、「うつ」や「学習性無力症」が増えやすい傾向にあります。
③存在承認:関心を持つ
存在承認とは、その人に関心を持ち、存在を認めることをいいます。日常では、挨拶をしたり、その人の名前を呼ぶ、飲食を共にするなどの行為が存在承認となります。存在承認の逆は「無視」「シカト」という存在をないがしろにする行為で、いじめの常とう手段です。メンタルヘルス不調の際にとく聞く言葉に「居場所がない」というものがあります。存在を「無視」された状態は、最も心にダメージを与えます。
元来、人間は誰しも他者から認められたいと望んでいます。日常でもよく見れば「承認ポイント」はいくつでもあります。上司は部下に対して、仕事上の努力や工夫は見えにくいものですが、その人に関心を示し、相手の気持ちになってほめる・認める度量が必要です。それが部下のモチベーションを高めることになるのです。
●感情の黄金比3:1の法則
明るく、何事も前向きに捉える「ポジティブ感情」には、以下の二つがあるといわれます。
①思考や心の幅を広げる「拡張効果」
②人が持つ能力やエネルギーを多面的に育成する「形成効果」
ポジティブ対ネガティブの感情比率が3:1を超えると上昇スパイラルに入り、何かあっても立ち直りが早いというのが「感情の黄金比」です。多くの人は、その比率が2:1といわれますが、私の観察からすると、日本人の場合は1:2かもしれません。楽観よりも悲観が、自信より不安が、上回っているビジネスパーソンが少なくありません。ビジネスの世界でもポジティビティ比(ポジティブな感情をもった人の割合)の高い組織は成果を出せるといわれています。
参考資料:『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』(バーバラ・フレドリクソン (著)、 植木理恵 (監修)、 高橋由紀子 (翻訳) 日本実業出版社)
※column:フロー
心の肯定的側面研究を行うポジティブ心理学の中心テーマに「フロー状態」があります。高いモチベーションを伴い活動に没入し、楽しんでいる状態の時には高いパフォーマンスが発揮されます。スポーツ選手や創造的な仕事をした人たちが期待以上の力や成果を出した時、おおむね「フロー状態」になっているといわれています。
「フロー状態」では、自分を冷静に見、モチベーションが高く、穏やかな心の状態になっています。「自分の心の状態」を常に「ゆるがず、とらわれず、大きく」持つことで、「フローな気分」を生み出しやすくなり、「パフォーマンス」も高くなるというわけです。
逆は、気分が沈み、イライラして、仕事も手につかず、集中できずにはかどらないのは「ストレス状態」です。例えば、誰かに嫌みを言われた後などに、良いプレゼンテーション、スポーツで良いプレーができないのと同じです。
図表2 フロー状態、ストレス状態
「フロー状態」 =「大きく」×「安定」 =「子供の無邪気さ」×「大人の安定感」
「ストレス状態」=「小さく」×「不安定」=「子供のわがままさ」×「大人の頑固さ」
●行動の3要素:感情(納得)、思考(正論)、行動
モチベーションは行動の推進力です。人間行動を単純化すると「感情」「思考」「行動」3要素に分けられます。
人は「感じ」「考え」、そして「行動」します。思考から導かれるのは、左脳によってはじき出された筋道だった「正論」であり、感情が受け取るのは、必ずしも理屈どおりではない腑に落ちる「納得」解です。
●「正論」より「納得」解の推進力が強い
「納得できないが正論だ」と「正論ではないが納得できる」のどちらの推進力があるでしょうか。
「こうすべき」という正論より「こうしたい」という「納得」解のほうが、逆境や困難にもひるまず長続きし、原動力になります。ダ・ヴィンチやラファエロとともにルネサンス期の三大巨匠と呼ばれ、画家、彫刻家として創作に打ち込んだミケランジェロは、「こうしたい」と心に火がつくと、どんな困難もまったく動じず、それを乗り越える努力を惜しまなかったといいます。「心に火がついた時」を表す言葉には、[図表3]のようなものがあります。