偉人が残した言葉を道しるべに

これまでビジネスのヒントとして当連載で取り上げた歴史上の人物は 26 人に上ります。古くは三国志の英傑・劉備玄徳に始まり、近代においては福岡の特産品となった辛子明太子の生みの親である川原俊夫まで、彼らの生き様にはリーダーとしての要件が散りばめられていました。その活かし方として、私が最終回の本稿で提案したいのは、追い込まれたときや判断に迷ったとき、偉人たちが自分が置かれている状況に立ったらどう判断したか、と自問するという方法です。

例えば「上杉鷹山ならどのように人の心に火をつけるだろうか」「このような逆境でも西郷隆盛のように寛大で無私でいられるだろうか、動機は純であろうか」などのロールプレイが行動の指針につながっていくのです。あるいは残された言葉を道しるべにすることも有効です。現パナソニックの創業者、松下幸之助の言葉に「長所を見る力 7 欠点を見る力 3」とあるように、日本人は完璧主義者が多く、粗探しをするのは得意なのですが、長所を探すのは不得意。叱責はミスを減らしますがチャレンジや成長を引き出しにくいため、褒めて伸ばす環境をつくる。上杉鷹山の「してみせて 言って聞かせて させてみる」という言葉は背中で示すことを教えています。口先だけで背中で見せない評論家タイプ、リスクをとらず挑戦しない人に誰がついていくでしょうか。そうした点からも、偉人たちのブレない姿勢や大きな志を学ぶことは意義深いと考えられます。

他方で現代の経営者・リーダーを見てみると逆境に弱く、2011 年の東日本大震災のときを思い起こすと、危機管理にあたったリーダーたちのうろたえた様子に落胆した人も多いのではないでしょうか。有事の際こそ粗探しをするのではなく、大きく構え前を向いてほしいものです。逆境のリーダーとしては高田屋嘉兵衛や大黒屋光太夫らを見習い、胆を座らせトラブルに対応したいものです。そして戦後の政治を担った総理大臣・石橋湛山や官僚・白洲次郎のようにプリンシプル(信条)を持ち、大きな相手や高い壁にこそ強い、気骨ある姿勢を見せてほしいと思います。

三菱総合研究所の国際調査において日本の若者は欧米の若者と比べ、夢を持っていない割合が高いことがわかりました。その背景には日本は叱り競わせる「完璧・否定空間」、欧米はチャレンジを温かく支援する「肯定・挑戦空間」になっている点が挙げられます。現代のビジネスパーソンに見られがちな“言われたことしかやらない”という側面もこれに影響を受けているのでしょう。必要なのは自立心と自己責任感、創意工夫して壁を突破していく力。挫折しても立ち上がる、いまのリーダーにはそんな逆境への強さが求められています。

そこでこれまで紹介してきた偉人たちから経営者・リーダーとして心に留めておきたい 6 人をピックアップしました。技術面で覚えておきたい偉人は上杉鷹山、蓮如、そして坂本龍馬の 3 人。江戸時代の名君、上杉鷹山は相手の良いところを見抜いて引き伸ばす承認力に優れ、莫大な借金を抱えた米沢藩を建て直すため知行合一の精神で自ら木綿の着物を身につけ、食事も一汁一菜の質素な生活を送るなど、先頭に立ち実践し背中で引っ張る人でした。また浄土真宗中興の祖である蓮如はファシリテーションの達人。“講”という否定をせず意見を引き出す場をつくり、対話の大切さを訴えています。そして幕末を駆けた坂本龍馬。メラビアンの法則を踏まえたコミュニケーションのプロ。無駄を削いだシンプルな言葉でメッセージを伝え、志士たちの心を揺さぶりました。多弁な人が多い現代において貴重な技術だと言えるでしょう。

加えて高田屋嘉兵衛、大黒屋光太夫、西郷隆盛の 3 人からはその精神面を見習いたいもの。高田屋嘉兵衛と大黒屋光太夫はともにロシアで過ごした経験を持ちますが、「日本の誤解を解く」(嘉兵衛)「仲間を故郷に帰す」(光太夫)という強い覚悟のもとに困難を乗り越えました。そして利他主義を貫いた西郷隆盛。3 人に共通するのは、その覚悟の強さ、寛大さ、利他・無私の心です。ユーモアを持ち、困難でも笑ってやり過ごす肝の太さは、リーダーとして持っておきたい心構えです。


福岡が育む博多型リーダーシップという魅力

現代の経営者・リーダーに必要な素養に「誰かのために」という利他の志があります。その志があれば逆境に負けないモチベーションを生み出すことができます。それは社員のために、顧客のためにという強い気持ちと言い換えられます。私利私欲、利己のために動くリーダーからは魅力を感じることはありませんが、誰かのために生きる人の背中には美学があります。上杉鷹山は「君のために民があるのではなく、民のために君がある」という主権在民思想を持っていました。自分のために会社や部下があるわけではなく、会社や部下のために自分がいるということをいま一度胸に刻んでほしいと思います。

また、良い経営をしている会社は“家族”に似ています。経営者やリーダーが父母となり、社員を厳しくかつ温かく見守り、さまざまな仕事にチャレンジできる環境をつくり出しているからです。その点、個人的には福岡という街にはそうした風土があるように感じます。言うなれば博多型のリーダーシップ。気風が良く豪快かつ明るい。窮地に陥ってもどっしり構え、やるときはやるんだという知行合一のリーダーが多いのではと推察します。

時代や国をどれだけ経ても、人間の感情に大きな差はありません。人が動く理由は心と感情です。したがって三国志の時代であれ、現代であれ、リーダーとしての技術が新しく出てくることはありません。だからこそ「誰かのために」という利他の心と覚悟、知行合一のリーダーシップが人を動かすのです。